輝ける闇 の商品レビュー
たくましく、強く発展…
たくましく、強く発展するベトナム。しかし、ほんの数十年前にはこんな絶望があったのです。息が苦しくなるほどひりひりした感じがしました。
文庫OFF
何かが重くのしかかっ…
何かが重くのしかかってくる、生死すれすれのところでの体験をとてもリアルに伝えている作品。ベトナム戦争で記者としての体験をもとにした作品だが、小説中に登場するカフェやレストランなどは現存するものが多く、実は終戦から30年しか?経っていないことに気づかされる。一人でも多くの方に読んで...
何かが重くのしかかってくる、生死すれすれのところでの体験をとてもリアルに伝えている作品。ベトナム戦争で記者としての体験をもとにした作品だが、小説中に登場するカフェやレストランなどは現存するものが多く、実は終戦から30年しか?経っていないことに気づかされる。一人でも多くの方に読んでいただきたい作品です。
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本当は「池澤夏樹個人編集 日本文学全集 日野啓三/開高健」で「輝ける闇」を読んだ。しかしそちらのレビューは日野啓三だけでかなりの字数に。よって開高健の感想はこちらで書く。 たしかに“読ませる”。文章に力がある。日本文学の伝統として源氏物語を源流に谷崎や中上健次などの文章を縷々と...
本当は「池澤夏樹個人編集 日本文学全集 日野啓三/開高健」で「輝ける闇」を読んだ。しかしそちらのレビューは日野啓三だけでかなりの字数に。よって開高健の感想はこちらで書く。 たしかに“読ませる”。文章に力がある。日本文学の伝統として源氏物語を源流に谷崎や中上健次などの文章を縷々とつなぐのとは正反対の、きびきびした文体を主体とした構成は読んでいて心地よい。ラップとまでは言わないが、開高流のスタッカートの効いた文章と言おうか。それは開高健のプロフィールでわかるとおり、小説家であってコピーライターであって新聞社の特派員だからなのだろう。 そして特筆ものなのは、当地の軍人たちは外見上はいわば単色に塗りつぶされたかのようであり、その内面を描き分けるのは至難の業のはずなのに、彼らのキャラクターは子細に描かれているところ。おそらく彼の創作ノートには、彼らの外見上の特徴から性格や癖などまでがびっしりと書き込まれていたに違いない。開高健の写真を見ると眼鏡を頬に食い込ませた小太りのおっさんに見えるが(すみません)、釣りや旅行好きという外向的な面からは伺えない細やかな感性が内側に隠されているように思えた。 さらに言えば、ベトナムの日中の暑熱で吹き出る男たちの汗のように、開高健の独特なボキャブラリーがこの作品で湧き出ているのにも驚かされる。私が驚いたのは、開高の「浸透した」の使い方。ベトナム人女性の素娥と2人の場面で浸透したという動詞が使われているが、どういう意味かはそれぞれの読者が自分で見つけてほしい。三島由紀夫も語彙が多彩だが、開高健の語彙は三島のような雅語ではない。糸井重里の“おいしい生活”のような、ありふれた言葉を適所にはめ込んでいるという意味で、ここでもコピーライターのセンスが光る。 繰り返すがたしかに“読ませる”。しかし読み進めるうちに、何かおさまりの悪さが私の心中に沸き起こってきた。これは何だろう?と考えるうちに、私には佐野元春が思い浮かんだ。佐野元春の歌も“聞かせる”。彼が発する独特の歌詞は本当に光っているし、立ち居振舞いがロックンローラーとしてのオリジナリティにあふれているのは私が言うまでもない。 だが佐野元春の“Someday”とB.スプリングスティーンの“Hungry Heart”を続けて聞いた時、または“Young Bloods”とスタイルカウンシルの“Shout To The Top”を続けて聞いた時、佐野元春の歌を素直にオリジナルと評価することへの「おさまりの悪さ」がムズムズっと私の神経をくすぐる。佐野元春をネガティブに言っているのではない。彼のかっこよさへの評価は、B.スプリングスティーンやP.ウェラーのかっこよさも包含したうえで初めて成立するのではってこと。このニュアンス、わかってくれるかな? 私もそんなに外国小説を読み込んだほうではない。だが私の貧弱な知識のなかからでも、「輝ける闇」の文章からは、マークトゥエインやアーノルドヘミングウェイ、そしてヘンリーミラーやアンドレマルローが透けて見える。 トゥエインは開高も作中で何回も触れている。影響があるのは疑いないだろう。 ヘミングウェイが浮かぶのは、行動の描写、たとえば何気ない動作にこそ大切なものを宿らせるところ。 ミラーが浮かぶのは、日常の描写から性的な場面への切り替えのうまさについて。性愛をまるで呼吸などの日常のありふれた動作のように自然に流した描写は開高よりミラーが先にやっている。 また、登場人物の行動と心理がどんどん乖離していく不安定さ、つまり進軍すればするほど追い詰められているという、あの焦燥感を小説化したのもマルローが先だ。 だがもう一度言うが、私は佐野元春を日本のロックンロールの第一人者だと思うし大好きなのと同様に、開高健の作品も嫌いではない。そう思って私は佐野の曲で特に好きなDowntown Boyを聞く。開高が戦場の物語の中にトゥエインを入れたように佐野は歌詞にMarvin Gayeの名前をさりげなく入れ、また「Boyfriend,Girlfriend,大切なMy Friend…」と畳みかけて単語の音韻を独自の感性でつなぐ手法も、佐野と開高には共通している。
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出だしから最後の最後まで、極限まで引き伸ばされた弓のようなキリキリとした緊張感が漂う。 すなわち作者がベトナムで従軍していた際ずっと感じていた緊張だろう。 作者は「匂い」を描きたかったそうだが、全編を通じてベトナムの濃密なにおいが、日差しの眩しさまた夜の暗さが、作者の怒りが伝わ...
出だしから最後の最後まで、極限まで引き伸ばされた弓のようなキリキリとした緊張感が漂う。 すなわち作者がベトナムで従軍していた際ずっと感じていた緊張だろう。 作者は「匂い」を描きたかったそうだが、全編を通じてベトナムの濃密なにおいが、日差しの眩しさまた夜の暗さが、作者の怒りが伝わってくる。
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開高さんがベトナム戦争の従軍記者としてのベトナムでの生活それから九死に一生を得た戦闘の経験が下敷きになっている作品。小説というかルポルタージュというか生々しい筆致。研ぎ澄まされ泥々している言葉が叩きつけられています。第3者として語っている戦争文学と一線を引いていた作品だと思います...
開高さんがベトナム戦争の従軍記者としてのベトナムでの生活それから九死に一生を得た戦闘の経験が下敷きになっている作品。小説というかルポルタージュというか生々しい筆致。研ぎ澄まされ泥々している言葉が叩きつけられています。第3者として語っている戦争文学と一線を引いていた作品だと思います。
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開高健(1930~89年)氏は、大阪市生まれ、大阪市立大卒の小説家、ノンフィクション作家。『裸の王様』で芥川賞、『玉、砕ける』で川端康成賞、一連のルポルタージュ文学により菊池寛賞を受賞。 開高氏は、ベトナム戦争初期の1964年末~65年初に100日間、臨時特派員としてサイゴン(現...
開高健(1930~89年)氏は、大阪市生まれ、大阪市立大卒の小説家、ノンフィクション作家。『裸の王様』で芥川賞、『玉、砕ける』で川端康成賞、一連のルポルタージュ文学により菊池寛賞を受賞。 開高氏は、ベトナム戦争初期の1964年末~65年初に100日間、臨時特派員としてサイゴン(現ホーチミン)に赴き、「週刊朝日」に毎週ルポを送稿し、また、帰国後本人がまとめて『ベトナム戦記』(1965年)を出版したが、本書は、そのときの体験をもとに書かれた長編小説で、1968年に出版、1982年に文庫化された。毎日出版文化賞受賞。また、後の『夏の闇』、『花終わる闇(未完)』に先駆ける「闇三部作」の第一作である。 私はノンフィクション物が好きで、『ベトナム戦記』がその評価の一方で、様々な議論を呼んだことを知っており、『ベトナム戦記』は暫く前に読んだのだが、開高氏はそれらの批判も踏まえて本作品を書いたとも言われていることから、今般読んでみた。 因みに、批判というのは、吉本隆明氏が、開高氏は、戦後の(表面的には)平和で民主的な日本において、思想的に殺されてしまった人々に思いも至らず、ベトナムまで行って、ベトコン少年兵の公開銃殺を見なければ、「人間の死や平和と戦争の同在性の意味を確認できなかった」と指摘したことや、ジャングルでの作戦に参加して九死に一生を得た部分の記述について、ノンフィクション性へ疑問(要するに、記述に創作が含まれているのではないかという疑問)を呈する向きがあったこと、等である。 そして、本書を読んでみると、『戦記』にあった、サイゴンの街中でベトコン少年兵が公開銃殺されたことも、自らがジャングルでの作戦で九死に一生を得たこと(200人いた大隊のうち、生き残ったのは17人だったということも同じ)も出てくるし、文章一節丸ごと極めて類似している部分すらある。だが、一方で、主人公である日本の新聞記者の情婦で、本書の主要な登場人物である素娥については、『戦記』には登場しない(実際の開高氏には、似た存在がいたらしい)。そして、全体としては、本書は(当然ながら)主人公の心情の変化に主眼が置かれた内容となっている。 フィクション作品とノンフィクション作品(ルポは、ノンフィクションの中で「報道」の趣を重視した1ジャンルと言えようか)の違いは、形式的には、創作・虚構を含むか含まないかの一点にあるが、その狙いについては、明確な線引きをするのは難しいし、意味もないだろう。開高氏が、ベトナム戦争取材を題材に(結果として)ルポと小説の2作品を書いたことが成功だったのかはわからないが、読み手としては、小説的なルポとルポ的な小説を読み比べる面白さを味わえたことは喜びと言えるだろう。 (2025年1月了)
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ベトナム戦争というと介入したアメリカに対する激烈なゲリラ戦というイメージがあるが、そのアメリカ側の様子は、本書で終盤に至るまでの間はただひたすらに退屈。 しかしそういう倦怠感に満ちた日常さえもまた戦争の一部なのだと言わんばかりに、これまでとばかりに「匂い」を伝えて来るのもまた、...
ベトナム戦争というと介入したアメリカに対する激烈なゲリラ戦というイメージがあるが、そのアメリカ側の様子は、本書で終盤に至るまでの間はただひたすらに退屈。 しかしそういう倦怠感に満ちた日常さえもまた戦争の一部なのだと言わんばかりに、これまでとばかりに「匂い」を伝えて来るのもまた、自身が途中で語っているように(p.129)著者の信念なのだろう。 ただその退屈さ自体にもまた著者は、「待つのもイヤ、作戦はしょっちゅうあるわけではなくて、一週間も十日も待たなくちゃならない」(p.286)と嫌気がさすような発言もしているのがリアル。 そしてまた終盤になって突然茂みから銃声が響き、米兵が死んでいくのもまたリアルなのだろう。 長い静寂で緊張感がもたなくなり、そして急な戦場感にもついていけず、感覚がマヒして衰弱して森林の匂いにただ包まれていく様もまた、印象的。 だが、これは現地を経験しないと本当のところは理解できない感覚かもな、等とも思ったりする。
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人間の生死に表れる人間の剥き出しの部分。そこに、開高健は並々ならぬ知的欲求があり、矢印はやはり自分に向いている。戦時中の自分自身の体験が挿入されていた。そのことが、開高健にどれほどの影響を与えたのだろうと思う。 「徹底的に正真正銘のものに向けて私は体をたてたい。私は自身に形をあ...
人間の生死に表れる人間の剥き出しの部分。そこに、開高健は並々ならぬ知的欲求があり、矢印はやはり自分に向いている。戦時中の自分自身の体験が挿入されていた。そのことが、開高健にどれほどの影響を与えたのだろうと思う。 「徹底的に正真正銘のものに向けて私は体をたてたい。私は自身に形をあたえたい。私はたたかわない。殺さない。助けない。耕さない。運ばない。煽動しない。策略をたてない。誰の味方もしない。ただ見るだけだ。わなわなふるえ、眼を輝かせ、犬のように死ぬ。見ることはその物になることだ」
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『輝ける闇』とは、矛盾しているようだけれども。 “闇”とはいえ注意深く目を凝らし、見つめると浮かんでくるディテールがある。むしろ暗部のそれこそ真実の近くにあるのではなかろうか。一見、気づかないものだから、よくよく注意深くならなければいけない。言葉にすることは難しくて、抽象的な表現...
『輝ける闇』とは、矛盾しているようだけれども。 “闇”とはいえ注意深く目を凝らし、見つめると浮かんでくるディテールがある。むしろ暗部のそれこそ真実の近くにあるのではなかろうか。一見、気づかないものだから、よくよく注意深くならなければいけない。言葉にすることは難しくて、抽象的な表現で紆余曲折してしまう。読み手としても一条の導を見出せるかどうか、読むこととは、いつも試されているのと同じだと思う。 今作には翻弄されっぱなしでした。おもしろい、とかいう次元では、ありませんでした。読み手としての僕の至らなさを思い知るばかり。このまま読み切ることができるのか?と思いつつも最終盤の描写に圧倒されました。ありきたりだけれど、戦うために戦うことは人の世の本質のひとつかな。
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開高健初読。ベトナム戦争に取材のため従軍した日本人の目から見た戦場、戦時下における市民、兵士の実態を描いたもの。実際に作者は1964年から取材に出ており、小説という形は取っているものの見聞録なのだろう。極限状態における人間の本質を見ているようで気分のいい作品ではなく、とにかく重い...
開高健初読。ベトナム戦争に取材のため従軍した日本人の目から見た戦場、戦時下における市民、兵士の実態を描いたもの。実際に作者は1964年から取材に出ており、小説という形は取っているものの見聞録なのだろう。極限状態における人間の本質を見ているようで気分のいい作品ではなく、とにかく重い。野火や俘虜記を読んでいるときに似た感覚。必要な読書体験だが、あまり読み返したいとは思えない。
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