他人の顔 の商品レビュー
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※このレビューにはネタバレを含みます
安部公房でなければ恐らく手に取らない類の本。 鬱な内容なんだろうなと訝っていましたが、 思わぬベクトルに、良い意味でこっぴどく裏切られてしまいました。 不穏漂う空気、妄想、狂気、独自の仮面哲学でギッチギチな主人公。 けれど、なんだかんだ足掻きつつも理性に逆らう事ができず、 妻への想いも、行ったり来たりな思考も、陰鬱でマニアックなひたむきさも、 読めば読む程、何やらだんだん滑稽な事の様に思えてきてならず、 一旦その滑稽さにハマるともう何もかもが可笑しくって、たまらなくって。 勿論、そう易々と可笑しがってばかりもいられぬモチーフに、 度々ぼんやりと思考を巡らせてしまうのですけれど。 やっぱりこの感触と読み応えは長編ならではですね。 ラスト数ページが印象的でした。 流石。
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ずーっと主人公の内面の葛藤の独白、気分上がったり下がったり上がったり下がったりに付き合わされるんだけど、飽きずに読みきれたのは、その文章の濃厚さというか、独特の比喩を効果的に使った、心情の表現力というか。。顔を失った男の心情なんてわかるわけないのに、たまにものすごくわかるような気...
ずーっと主人公の内面の葛藤の独白、気分上がったり下がったり上がったり下がったりに付き合わされるんだけど、飽きずに読みきれたのは、その文章の濃厚さというか、独特の比喩を効果的に使った、心情の表現力というか。。顔を失った男の心情なんてわかるわけないのに、たまにものすごくわかるような気になってしまうのです。 終盤に出てくる、主人公が観た、戦争で顔を半分失った少女の映画のくだりがなんかやたら綺麗で怖くて頭から離れません。少女とおっさんの違いはなんだったのだろう。
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面白かった。話のテーマそのものが重くて生々しい上に、暗いし話は回りくどいし(それが構成上の演出でもあるのだが)、とにかく陰鬱でねちこい話で、主人公があまりに陰険で自己中心的なもので、読んでいて境遇の気の毒さよりも「なんだこいつ」感が勝ってしまったのだけど(しかし主人公がそういう精...
面白かった。話のテーマそのものが重くて生々しい上に、暗いし話は回りくどいし(それが構成上の演出でもあるのだが)、とにかく陰鬱でねちこい話で、主人公があまりに陰険で自己中心的なもので、読んでいて境遇の気の毒さよりも「なんだこいつ」感が勝ってしまったのだけど(しかし主人公がそういう精神状態に追い込まれたのは、やはり境遇に追い込まれた部分が大きかったのだから、あらためて考えるとわたしは感情移入力の低いというか、冷たい人間なのかもしれない……)、しかし面白かった。 中盤までずっと陰険な話だったのに、読み終えてみれば嫁のきらきらした眩しい印象がいちばん鮮明に残っているのはどういうわけだろう。そしてやっぱり美文。
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1964年作の長編小説。 生理的物体としての「顔」を事故によってケロイド状に破壊されてしまった男が、他人の顔を型にして作り上げた「仮面」を被ることによって、失った妻の愛を、ひいては妻の愛に反照されていた自己の存在証明を、回復しようとする物語。 形而上的な実存の眼差しの、形...
1964年作の長編小説。 生理的物体としての「顔」を事故によってケロイド状に破壊されてしまった男が、他人の顔を型にして作り上げた「仮面」を被ることによって、失った妻の愛を、ひいては妻の愛に反照されていた自己の存在証明を、回復しようとする物語。 形而上的な実存の眼差しの、形而下に於ける媒介となる「顔」。「顔」という形而下的存在を以て――他者の意識によって対象化された何者かとなることを通して――、眼差しの相互交換者としての存在証明が与えられ、世界という意味連関の一部であり且つ同時にその構成者としての資格が付与される。「顔」の喪失は、世界内に於いて与えられる自己存在の布置の喪失であり、則ち世界そのものからの疎外である。 "とつぜん、ぼくの顔に、ぽっかりと深い洞穴が口をあけた。・・・。なんでもいいから、ぼくは顔の穴をふさぐ栓がほしかった。" "見られることが、見る権利の代償だとでもいうのだろうか?" "それに道行く人々は、互いに他人であるはずだのに、まるで有機化合物のように、しっかり鎖をつくって、割り込む隙など何処にもない。検定済みの顔を持っているというだけのことが、そうも強い靱帯になりうるのか。" "自分がつくり出す顔ではなく、相手によって作られる顔・・・・・・自分で選んだ表情ではなく、相手によって選ばれた表情・・・・・・そう、それが本当なのかもしれない・・・・・・、人間だって、被造物でいいわけだ・・・・・・そして、その造物主は、表情という手紙に関するかぎり、差出人ではなくて、どうやら受取人の方らしいのである。" ところで、当該意味連関に於いて「顔」を持つということは、抽象的に「何者か」になるということである。眼差しによって、抽象化された、名指し可能となった、則ち断片化された、「何者か」になるということである。であればこそ、それは同時に、無数の眼差しの乱反射の中で、真に何者でも在り得ない。そういう存在様態に束縛されることになる。 「顔」を喪失することによって、男は却って「素顔」という虚構の観念に憑かれてしまった。世界には眼差しの暴力性によってその虚像が結ばれた「仮面」しか在り得ない。「素顔」と云う「仮面」ばかりである。我々は、剥げども剥げどもその下から無限に現れ続ける「仮面」を永久に剥がし続けると云う、それ自体ひとつの「仮面」を被るようにしか存在し得ない。それは、眼差しが「仮面」を映しあう合せ鏡の無限運動"鏡の沙漠"だ。眼差しの対象化という暴力によってその全体性を喪失することを代償に獲得した、常に決定されることのない存在証明。匿名性の証としての「名前」、「素顔」としての「仮面」。 "光というやつは、自身透明であっても、照らしだす対象物を、ことごとく不透明に変えてしまうものらしいのだ。" "ぼくがいなくても、少しもその輝きを変えない、自若とした居間の明り・・・・・・まるでおまえと、そっくりだ・・・・・・" "・・・、顔を失った罪、他人との通路を遮断した罪、他人の悲しみや喜びに対する理解を失った罪、他人の中の未知なものを発見する恐れと喜びを失った罪、他人の為に想像する義務を忘れた罪、ともに聴く音楽を失った罪、そうした現代の人関係そのものを現わす罪である以上、この世界が一つの監獄島を形成しているのかもしれないのだ。" この暴力性が、何よりもまず当の自己意識から自らに発している眼差しに内在しながら、なおそれを自己否定・自己超越しようとする自己関係的機制こそ、実存を孤独の地獄に突き落とす。 "まるで監獄の中だと思ったりした。監獄の中では、重苦しくせまてくる壁も、鉄格子も、すべて研ぎすまされた鏡になって、自分自身をうつしだすにちがいない。いかなる瞬間にも、自分から逃げ出せないというのが、幽閉の苦しみなのである。ぼくも、自分自身という袋の中に、厳重に閉じ込められて、さんざんもがきまわっていたものだ。" それでも、逆説的に、「仮面」ならざる"素顔"をその不可能性を承知の上でなお絶望的にも希求せずにはおれない人間もいる。 "本気で、他人に出会うことを願うのなら、誰もがまず、あの[発育のおくれた娘の未分化な]直観に戻っていこうと努める以外にはないのではあるまいか・・・・・・" 疑問を一つ、「顔」の喪失の「名前」喪失との本質的な違いは何だろうか。 □ 男の手記の最後を締め括る、惰性態の呼吸が止まらんばかりの言葉。 "だが、この先は、もう決して書かれたりすることはないだろう。書くという行為は、たぶん、何事も起こらなかった場合だけに必要なことなのである。" 鋭利に刻みつけられた、言語による裂傷。
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安部公房の文章がたまらなく好きなんですけど、 ストーリー云々なしに文章だけで言ったら、 この本が一番好みです。 とても読みやすく引き込まれる文章でありあがら、 ぐさぐさ刺さる感じが良いですね。 こういう文章書きたいな、 真似したいなと心底思いますが、 まぁ、実用的な文章でもな...
安部公房の文章がたまらなく好きなんですけど、 ストーリー云々なしに文章だけで言ったら、 この本が一番好みです。 とても読みやすく引き込まれる文章でありあがら、 ぐさぐさ刺さる感じが良いですね。 こういう文章書きたいな、 真似したいなと心底思いますが、 まぁ、実用的な文章でもないので、結局、使うこともく、 たまに読み返してはその文章力に悶えています。
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※このレビューにはネタバレを含みます
主人公の、妻に向けての手紙という形だけど、ずうっと言い訳くさくて、無駄に長いししつこいし、言ってることがコロコロ変わるのでイライラするしストレス溜まる。顔のせいではなく、そういうカスっぷりを描く技術があまりに高いのは事実。だから喜劇として捉えれば星3つってとこ。
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顔の持つ意味。 他者、とくに身近な人との関わり方。 きっと女性より男性が、 そしてプライドの高い男の方がより、 他者からどう見えるか、どう感じられるか、 それを強烈に意識しているのだろう。 しかし、相手の気持ちを、想いを汲み取ることはない、 汲み取ろうとすることもできない、 そ...
顔の持つ意味。 他者、とくに身近な人との関わり方。 きっと女性より男性が、 そしてプライドの高い男の方がより、 他者からどう見えるか、どう感じられるか、 それを強烈に意識しているのだろう。 しかし、相手の気持ちを、想いを汲み取ることはない、 汲み取ろうとすることもできない、 それが手記という形をとることで卑屈なまでの男の思いが、 嫌になるくらいに描かれてる。 顔を失うことが実際にどんな恐怖なのかは 想像するしかないけれど…。
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安部公房の本は、『砂の女』、火星人のやつ(タイトル忘れた)、『カンガルー・ノート』に引き続いて確か4冊目。個人的にこの人の本は噛み砕くのに手こずるのだけど、比較的読みやすかった印象。ケロイド瘢痕によって、人前に顔を曝すことが出来なくなった男が仮面作りに励んでめっちゃ自意識に囚われ...
安部公房の本は、『砂の女』、火星人のやつ(タイトル忘れた)、『カンガルー・ノート』に引き続いて確か4冊目。個人的にこの人の本は噛み砕くのに手こずるのだけど、比較的読みやすかった印象。ケロイド瘢痕によって、人前に顔を曝すことが出来なくなった男が仮面作りに励んでめっちゃ自意識に囚われる話。妻に、暴露ていることがわかられつつも、演技をしているんだと思われ、また自身にもその演技に乗っかることを求められてるんだと勘違いされ、勝手に幸せを感じられるも、違うと分かった時に罵られる感じ…ああ~男ってバカァ~女って怖ぁ~もっと優しくしてや~って思って面白い。
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一時期、安部公房にはまっていた時期がありまして、 この作品では、科学は万能ではないことを読後に感じました。 また、顔の持つ意味についてもいろいろ考えさせられました。 作品は、顔に怪我を負った主人公が精巧な仮面を作り、別人として 妻に接近するという「本当かよ!」的な展開をみ...
一時期、安部公房にはまっていた時期がありまして、 この作品では、科学は万能ではないことを読後に感じました。 また、顔の持つ意味についてもいろいろ考えさせられました。 作品は、顔に怪我を負った主人公が精巧な仮面を作り、別人として 妻に接近するという「本当かよ!」的な展開をみせていきます。
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顔を失う苦悩はとても想像できないけど,それがリアル過ぎるくらいリアルに描かれてる。 「顔」 について考えさせられた,というか作中で男が色々考えてるからひたすらそれを追ってる感じだった。情報量多くて読むの大変だったけど読んでよかった。
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