他人の顔 の商品レビュー
実験中の不幸な事故によって、顔全体 蛭の巣のようなケロイドに覆われてしまった主人公。 顔を常に包帯でぐるぐる巻きにし、不気味な包帯男とならざるを得なくなった彼は、それまであまり重要視していなかった「顔」について思い巡らすように。 欲情を妻に拒絶された彼はますます「顔」の必要性...
実験中の不幸な事故によって、顔全体 蛭の巣のようなケロイドに覆われてしまった主人公。 顔を常に包帯でぐるぐる巻きにし、不気味な包帯男とならざるを得なくなった彼は、それまであまり重要視していなかった「顔」について思い巡らすように。 欲情を妻に拒絶された彼はますます「顔」の必要性を感じ、ついにある計画を思いつく。 他人の「顔」を作成し、他人として妻を誘惑してやろうと…。 計画は予想以上にうまくいき、他人として接近した夫にやすやすと身体をゆるす妻。他人の自分に激しく嫉妬し、妻の不貞に怒りながら、欲情し逢瀬を重ねる彼。 ケロイドの自分は拒絶されたのに、他人の「顔」を被った自分は受け入れられる…自ら進めた計画ながら、彼の自我は苦しむようになり… 妻に全てを告白し、他人の「顔」を捨てる決意をするのだが… いつも夫というものは、妻など簡単に操縦できると思っていて、その実 妻の手のひらで踊らされているのかもしれない。妻は何でもお見通しで、夫の芝居に付き合ってあげているのだ…。
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安部公房の思考実験小説の金字塔でもあり、ノート等記録型の長編小説の代表でもある作品。 安部公房の思考実験というと、日本では「箱男」の評価がやたら高いが(安部公房には海外にも小説のニーズが有る)、あれで挫折した人は、こちらを読んでみると良い。 もしも自分が他人の顔になれる仮面を...
安部公房の思考実験小説の金字塔でもあり、ノート等記録型の長編小説の代表でもある作品。 安部公房の思考実験というと、日本では「箱男」の評価がやたら高いが(安部公房には海外にも小説のニーズが有る)、あれで挫折した人は、こちらを読んでみると良い。 もしも自分が他人の顔になれる仮面を手に入れたら、一体どう振る舞い、どういう欲求を生じるのか。液体窒素で顔がただれてしまい、常に包帯が必要となった主人公が、画期的な人工表皮技術から、他人の仮面を作る。 割りと読みにくいタイプの、ノートの手記を記すタイプの安部公房だが、「箱男」よりも断然読みやすいのは、視点が常に主人公に固定されており、文章も本当にメモ的なものが挿入されたりしないこと。また、世界観も現実離れしたものが少ないことから、「密会」のような引っ掛かりも少ない。 一方で、文章はやはり安部公房なので、やたらと比喩を使いまくることと、仮面の作り方を科学的に非常に詳細に書いているので、苦手な人は苦手かもしれない。 ただその比喩にしても「(ヨーヨー売り場には)子供らがダニのように群がっていた」なんていう、口語では使うが、作家が文章として使ったら編集者が血相を変えて飛んできそうな、直接的でわかりやすい比喩も多いのだ。 物語全体も、大きな暗喩として読むことも出来るし、それが妻にばれていたとしてもそれはそれで良いのだ。別にそういう読み方をしなくても良いだろう。変に教訓を得ようとすると、一転してつまらない作品に変わってしまうのだから。
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物語の筋は難しくないしシンプルなのだけど、織り込まれる思想や理屈がなかなか難しく、時間を置いて繰り返し読みたいタイプの小説。そうすることでようやく少しずつ理解が深まるような…。 実験中の事故で顔一面に蛭のようなケロイドが残り、自分の顔を喪失してしまった男。 失われた妻の愛を取り...
物語の筋は難しくないしシンプルなのだけど、織り込まれる思想や理屈がなかなか難しく、時間を置いて繰り返し読みたいタイプの小説。そうすることでようやく少しずつ理解が深まるような…。 実験中の事故で顔一面に蛭のようなケロイドが残り、自分の顔を喪失してしまった男。 失われた妻の愛を取り戻すために、他人の顔をプラスチック製の仮面に仕立て、それを着けてある計画に乗り出す。 “顔”というものの重要性を普段は意識しないけれど、人を判別するために顔は最大の要素になる。ということは、身体のあらゆる部位のなかで、いちばんのアイデンティティーの塊が顔だ、とも言える。 その顔を失ってしまった主人公の男の、もうひとつの顔を得るための行動はとても奇異だし、その後の行為に至るまでの思想もとても極端だ。 でも、アイデンティティーを喪失した人間の心理は、その本人にしか解らない。奇異なやり方で自分を取り戻すために躍起になっても、おかしくはないのかもしれない。 事故で顔を失うという物語上の設定はメタファーとも言えて、顔がある普通の人間にも、顔のことで苦しむ心理は一部共通しているのかもしれない。 顔があっても気に入らず整形を繰り返す人もいるし、分厚い化粧で素顔を隠す人もいる。 だけど中身は果たしてどうなのか。整形や化粧という“仮面”を着けることで人格にも影響は及ぶだろうけど、本質的な部分はなにも変わらないかもしれない。 実際的なものだけではなく、嘘とかおべっかとか、そういう仮面も人間は便利に使うし、それ無くしては人と人が触れあう社会のなかで生きていくのも難しい。 本物の顔の他に、誰しもが仮面を必要とする。 誰にもばれないような“他人の顔”の仮面を得た場合、それを着けて周りの人の態度が変わったとしたら、その顔に嫉妬したり優越感を得たりするのだろうか。 興味はあるけれど、恐ろしすぎて試したくはない、と思った。
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登場人物3人。極端に閉鎖された世界で完結する内省的な小説です。 陰気な世界観にはまります。 久々の安部公房でした。 結局男って自分勝手でワガママな生き物です。
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安部公房の小説の始まりはいつも唐突感がある。しかし終盤になり、その世界観が妙に現実味を帯びてシニカルに思えるから不思議だ。 本作は科学実検で「顔」を失った者の話だが、彼の問は「素顔」と「仮面」との哲学的なものながら、思考回路は妄想的であり策略的な非常に俗世そのものである。例えは...
安部公房の小説の始まりはいつも唐突感がある。しかし終盤になり、その世界観が妙に現実味を帯びてシニカルに思えるから不思議だ。 本作は科学実検で「顔」を失った者の話だが、彼の問は「素顔」と「仮面」との哲学的なものながら、思考回路は妄想的であり策略的な非常に俗世そのものである。例えは悪いが「透明人間になったら女風呂を覗くかどうか」のような低俗で嫉妬に富んだものである。それを高度な心理描写に昇華しているのは筆者の構成力と言葉選びの妙だろう。 ラストもなかなかの緊張感と意外性がある。50年以上前の本とは思えない先鋭性と先進性を兼ね備えた作品である。
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りゅうさんに借りる。 なんか、よかった。まったくうまく言葉にはできないんだけど、いまの自分とはまってた。もちろん、劇の方が全然おもしろくて読みやすいんだけど。顔って、化粧って。男ってこうだよな。とかとか。 からっぽの自分と、なんとなく合わせているつもりになっているけど見透かされて...
りゅうさんに借りる。 なんか、よかった。まったくうまく言葉にはできないんだけど、いまの自分とはまってた。もちろん、劇の方が全然おもしろくて読みやすいんだけど。顔って、化粧って。男ってこうだよな。とかとか。 からっぽの自分と、なんとなく合わせているつもりになっているけど見透かされてるであろう自分と、主人公が重なりすぎて。 それさえも笑って一緒にいてくれてる人を、主人公みたく気付かずに傷つけているんだろうなって。思った。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
瘢痕ケロイドにより顔を失い、「他人の顔」をかたどった仮面を装着して生活することを試みる男が主人公。この特異な人物設定にもまず惹かれるが、しかし本作においてより重要な位置を占めるのは、作中で主人公に「おまえ」と呼びかけられる人物、つまりは主人公の「妻」である。しかし、こう書いたものの、この人物がほんとうに存在するかどうかはわからない。直接的なセリフはほとんど登場せず、物語のラストで手紙をしたためてありったけの感情を吐露するあたりが唯一の人間性を感じさせる場所であるからである。個人的には、この妻とされる人物は、主人公が顔面へのコンプレックスを募らせるあまりに創り出してしまった架空の存在であり、仮面をかぶった主人公から見た「本来の自分」に位置するような人物なのではないかとも思う。じっさい、「解説」ではあの大江健三郎が、「手紙は(中略)仮面の男自身が書いたものではないか、とさえ疑われる」と記している。手紙などを含め、妻の存在こそが「仮面」であり「他人の顔」そのものなのではないか。そう考えたほうが自然に思える。そして、このような他人を創り出しさえしてしまう仮面の役割は、現代人が抱えている両面性、多面性のようなものをみごとに象徴している。われわれはすべて、仮面をかぶっていると同時に演じられており、また他人も同様に、仮面をかぶっていると同時に、仮面によって日日形成されているのである。
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それほど長い作品でもないのに、 思いのほか読破するのに時間がかかってしまいました^^; 実験で顔一面火傷を負ってしまい、 見るも無残なケロイド跡が残ってしまった主人公。 日毎に離れていく妻の愛情を繋ぎとめるため、 他人の顔の仮面をかぶり、妻を誘惑しようと試みるお話。 色々病ん...
それほど長い作品でもないのに、 思いのほか読破するのに時間がかかってしまいました^^; 実験で顔一面火傷を負ってしまい、 見るも無残なケロイド跡が残ってしまった主人公。 日毎に離れていく妻の愛情を繋ぎとめるため、 他人の顔の仮面をかぶり、妻を誘惑しようと試みるお話。 色々病んでいて、読み進めるのが億劫になります(笑) 妻への歪んだ愛情。顔がなくなると心までなくなってしまうのか。 主人公が粘着質で、言い訳めいた言葉を何度も繰り返すのが、 正直気持ち悪かったです。 でも不思議と嫌いになれない小説。
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人間の存在の不安定さを描く安部公房の長編小説。液体空気実験の爆発で顔を失った男が、妻の愛を取り戻すため別人の仮面を作って妻を誘惑する手記。顔が象徴する人間性について深く掘り下げた名作です。みんな短編が好きっていうけど、僕は長編も好きですわ。
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『恐怖が恐怖を支え、足をなくして地面に降りられなくなった小鳥のように、ぼくはただ飛びつづけなければならなかったのである。(p281)』 抽象的な事物で比喩できる才能はやはり達者と言うべき。
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