しろばんば の商品レビュー
自然に恵まれた環境の…
自然に恵まれた環境の中で育った作者の少年時代の自伝です。
文庫OFF
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※このレビューにはネタバレを含みます
著者の故郷である伊豆の山あいの村を舞台に、主人公の洪作が幼い頃から小学校を卒業する頃までの時間を描いた自伝的な作品である。洪作は親元を離れ、祖父の妾であった“おぬい婆さん”と土蔵で暮らしており、村の自然や季節の移ろい、人々の気配や生活のリズムが、少年の視線の高さで静かに立ち上がっていく。物語は大きな事件に頼ることなく、洪作が世界をどのように感じ、どのように受け止めていくかという内面の変化を中心に進んでいく。
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後半は少し面白くなるが、良くも悪くも平和な小説というのが感想。鋭さや刺激がない。 同じく少年の成長をテーマにした小説では、藤沢周平の「蝉しぐれ」のほうがはるかに面白い。 井上靖をまた読むことは多分ない気がする。
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牧歌的とはまさにこの事。主人公がすぐ泣いて変な行動するのにちょっとイラッとしたけど生きるってこういうことか、と思った。
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児童書版では前半までしかおさめられておらず、ぬい婆との関係など、気になりすぎて購入。 ぬい婆とのなんてことない「生活」。 例えば、嵐の夜に握り飯をこさえて、見回りを待つ、みたいなこと。遅いだのなんだの文句を言うけど。 他人を見回る地縁の「他人事じゃない感覚」や「握り飯ひとつた...
児童書版では前半までしかおさめられておらず、ぬい婆との関係など、気になりすぎて購入。 ぬい婆とのなんてことない「生活」。 例えば、嵐の夜に握り飯をこさえて、見回りを待つ、みたいなこと。遅いだのなんだの文句を言うけど。 他人を見回る地縁の「他人事じゃない感覚」や「握り飯ひとつたべなされ、と振る舞う様子」に何か温もりを感じる。 村の誰が里帰りするだの、その人は出世しただの落ちぶれただのも他人事じゃない。 主人公とぬい婆が、都会に行くにも帰るにも、筒抜けで、好奇心まんまんで見送り、迎えが来る。それすら他人事ではない。 後半に、主人公がぬい婆にお土産にした羊羹を、ぬい婆が小さく切って、近所に配る。実母は「もうろくして恥ずかしい」と配った家に弁明しにいく。(その丁寧さもすごい) 主人公の羊羹は、ぬい婆にとっては自慢の宝物で、自慢したくてたまらない。自分は少ししか食べなくてもその、誇らしさを知らせたくて、共有したい。 どんどんぬい婆は、年老いていくのだけど、そうした一つ一つになんか愛を感じる。 蕎麦がきを作る場面で、泣いてしまった。 生活の様子をみずみずしい視点で重ね合わせていく小説なのだけど。 そこに確かに人の情と温かさを感じる。
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静岡県の伊豆半島を舞台として、1人の小学生が様々な出来事(死別、恋愛、喧嘩、迷子などなど)を通じて精神的に成長していく、井上靖の自叙的な長編小説。 小学校の課題図書か何かになっており、かねてから気になって調べていた所、電子で誤購入してしまった。 しかしながら読み始めてみると、お...
静岡県の伊豆半島を舞台として、1人の小学生が様々な出来事(死別、恋愛、喧嘩、迷子などなど)を通じて精神的に成長していく、井上靖の自叙的な長編小説。 小学校の課題図書か何かになっており、かねてから気になって調べていた所、電子で誤購入してしまった。 しかしながら読み始めてみると、おおよそ児童向けとは思えない複雑な心情描写が散りばめられていて、小学校6年間を本当にもう一度体験したような気持ちになった。 自分の小学校時代を綴るとしてもここまでの解像度で話を書くのは到底無理なので、井上靖の文才にはただただ感心するばかりだった。
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当然ながら大人が書き記したものなので、純粋な子供の視点はあり得ない。でも時代がなせる業なのか、何とも言えないほのぼの感というか人間生活が大きな事件もなく淡淡と、それでいて明確に頭に思い浮かべることができる。 間違いなくこの作家の力量によるもの。教科書で一部が取り上げられていた記憶...
当然ながら大人が書き記したものなので、純粋な子供の視点はあり得ない。でも時代がなせる業なのか、何とも言えないほのぼの感というか人間生活が大きな事件もなく淡淡と、それでいて明確に頭に思い浮かべることができる。 間違いなくこの作家の力量によるもの。教科書で一部が取り上げられていた記憶もあるし、一度読んだような気もするけれども、改めて読んでみて、現在の作家には書くことのできない時間の流れが本作にはあるなぁと。
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井上靖の自伝三部作の第1作目にあたる。 主人公が、小学生から中学生に上がるまでのことが綴られている。本編が、前篇、後篇に分かれているのは、もともと「しろばんば」「続しろばんば」として出版されたのを合本したことによる。 また、作者の「あすなろ物語」の一部と重複している部分があ...
井上靖の自伝三部作の第1作目にあたる。 主人公が、小学生から中学生に上がるまでのことが綴られている。本編が、前篇、後篇に分かれているのは、もともと「しろばんば」「続しろばんば」として出版されたのを合本したことによる。 また、作者の「あすなろ物語」の一部と重複している部分がある。 少年期を描いた小説は、数はあれど、「しろばんは」はその中でも傑出した作品であろう。少年期の日々、年上の女性への憧れ、家族との葛藤、身近な人々の生と死、社会への矛盾の気づき、性へのめざめなどこの手の小説の中で描かれるテーマがほとんどが盛り込まれているような気がする。 本当に上手いなあと唸ってしまう。特に女性の描き方は、本当にいい。ひと昔の映画に出てくる女優のようだ。 時代背景としては、大正時代になるのかな。まだ、日本が戦争に突入することのない、大正デモクラシーとよばれるように比較的平和な時代である。子どもたちも大人たちも進取の気風を感じていたように感じる。 そんな中、今と大きく違うのは、周りの人たち、特に親族との濃厚な関係。確かに、50年前ぐらいまでは、田舎の方に行けば、まだまだこのような濃厚な親族関係は残っていたのだろうが・・・。 この本は、高校生ぐらいの時に初めて読んで、それから何十年振りかに読み返した。(たまたま本棚にあるのを見つけて読み返したところ辞められなくなってしまった。)やっぱり面白いし、文章が上手い。どんどんと小説の世界に引き込まれてしまう。600ページほどある長編なのだが、そんなことは感じずに読了。 読んで見るべき小説の一つと言ってもよさそうである。
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ひまわりめろんさんの座右の書『しろばんば』である 恐らく二千七百回くらい読んでいると思われる スケールの大きい嘘である 座右と言うが座左とは言わない 座って右にあるということは、対面する者から見ると向かって左ということになる つまり左大臣の位置ということだ 左大臣と右大臣では左...
ひまわりめろんさんの座右の書『しろばんば』である 恐らく二千七百回くらい読んでいると思われる スケールの大きい嘘である 座右と言うが座左とは言わない 座って右にあるということは、対面する者から見ると向かって左ということになる つまり左大臣の位置ということだ 左大臣と右大臣では左大臣の方が偉いので、もし座左の書というものがあったとしても座右の書の方が偉いということになる この話はいらなかった さて『しろばんば』である 井上靖さんの自伝的小説である そして『しろばんば』は旅立ちの物語である もっと言うならば男の旅立ちである 自分を守ってくれる故郷で、外の広い世界を垣間見ながら、少しづつ成長してきた洪作少年が、いよいよ外の世界に闘いを挑むために、湯ヶ島から旅立つのである 不安と期待が綯い交ぜになるラストで洪作少年と共に旅立つのである 座ってる場合じゃない
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「自伝三部作」の第一弾。著者をモデルとした伊上洪作の小学校時代をえがいた作品です。 洪作は、両親のもとを離れて、曽祖父の妾だったおぬい婆さんのもとに預けられています。おぬい婆さんは、洪作の母である七重や、彼女の実家の「上の家」の人々に疎んじられており、彼女の愛情は洪作ひとりに注...
「自伝三部作」の第一弾。著者をモデルとした伊上洪作の小学校時代をえがいた作品です。 洪作は、両親のもとを離れて、曽祖父の妾だったおぬい婆さんのもとに預けられています。おぬい婆さんは、洪作の母である七重や、彼女の実家の「上の家」の人々に疎んじられており、彼女の愛情は洪作ひとりに注がれます。そのおぬい婆さんも、洪作が六年生のときにこの世を去ります。洪作は中学校への進学を間近にひかえており、彼の少年時代の終わりが訪れるところまでの成長が、洪作自身の視点からたどられています。 叔母のさき子の結婚と病死、親戚の「かみき」のわがままいっぱいにそだった姉妹に出会ったときの驚き、一つ年上の御料局のあき子という少女との交流などのエピソードとともに、富士山が見える湯ヶ島の山村での生活についての描写も、生き生きとしていておもしろく読みました。
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