憲法とは何か の商品レビュー
憲法についておよそ薄っぺらい知識しか持ちえてなかったことがよくわかった。憲法が国家とほぼ同意語であるということ、それゆえ法の支配などという言葉ではひとくくりにできない価値と意味性がある。日本のように近代いわばフラフラしている国家には現在の日本国憲法のような硬質な憲法が必要だったし...
憲法についておよそ薄っぺらい知識しか持ちえてなかったことがよくわかった。憲法が国家とほぼ同意語であるということ、それゆえ法の支配などという言葉ではひとくくりにできない価値と意味性がある。日本のように近代いわばフラフラしている国家には現在の日本国憲法のような硬質な憲法が必要だったし、今現在そしてこの先も必要であることがよくわかる。最終章で国家と国境の成立について議論されているのだが、権威主義とそれに対抗するようなアナーキズムその双方が思考としてはとんでもなく脆弱だということがよくわかる。二度三度読まないと完全には理解できないと思われる。
Posted by
立憲主義は多様な価値観の公平な共存を図ることを目的として公私を区別するもの、という整理から、権力を制限する必然性や、多様性を否定して同一性を求めるファシズムや共産主義との相違、憲法の基本秩序としての国とその対立である戦争、憲法典改正の自己目的化への警鐘などが語られてわかりやすい。
Posted by
戦後憲法学の世代区分には諸説あるが、ざっくりと20年刻みで言えば、戦前から活躍した宮沢俊義、清宮四郎を第一世代とすれば、戦後世に出た芦部信喜、樋口陽一、佐藤幸治らが第二世代、戦後生まれでポスト冷戦期の90年代以降第一線に登場した長谷部恭男、松井茂記、やや遅れて石川健治あたり迄が第...
戦後憲法学の世代区分には諸説あるが、ざっくりと20年刻みで言えば、戦前から活躍した宮沢俊義、清宮四郎を第一世代とすれば、戦後世に出た芦部信喜、樋口陽一、佐藤幸治らが第二世代、戦後生まれでポスト冷戦期の90年代以降第一線に登場した長谷部恭男、松井茂記、やや遅れて石川健治あたり迄が第三世代、宍戸常寿や曽我部真弘など、現在の中堅どころがこれに続く。長谷部らの第三世代は彼らの生まれの年を冠してより狭く「55年組」と言われたりもするが、この世代はかつて「新人類」という言葉があったように、上の世代との間に明らかな断絶がある。 そのリーダー格たる長谷部の憲法学は一言で言えば「クール」という言葉が似つかわしい。最先端の哲学的知見を縦横に駆使する洗練されたスタイルは「カッコいい」し、戦後的価値観やイデオロギーから自由で、良くも悪くも「醒めて」いる。これが若い世代にとっては新鮮で魅力的なのだが、年長者にはチャラくて胡散臭いと映る。本書もそうした長谷部の特質がよく表れている。 本書より少し前(2000年)に上梓された『比較不能な価値の迷路』(2018年に増補復刊)という代表作の書名にも表れているが、長谷部は価値の一元的な基礎付けを断念しており、広義には価値相対主義者である。だが長谷部はイデオロギー批判の観点から法や国家を相対化するケルゼン流の価値相対主義とは明確に距離を置く。そして比較不能な価値の共存という理念をリベラルデモクラシーの中核に据えこれにコミットする。その意味で長谷部の立場は価値多元主義と言った方がいい。 そのために長谷部が取った戦略は、憲法の対象をあまり広げず、憲法や憲法学の名で「大きな物語」を語らないことだ。その上で憲法の解釈・運用を専門知に支えられた自律的な営みと看做す。だから、どちらかと言えば護憲的スタンスにありながら、長谷部の改憲論議への視線はどこまでも醒めている。テクストとしての憲法条文がどうであれ、それを料理するのは専門家であって、それさえ守られていれば少なくとも大きな間違いはないと言わんばかりだ。一面から言えば度し難いエリート主義とも、政治に対するあからさまな侮蔑とも言えなくはない。それを岩波新書でさらりと言ってのける大胆不敵さを傲慢とみるか痛快とみるか。
Posted by
まず、本書は資格試験等に使われる憲法の入門書としての性格を持ち合わせていないことに注意を要する。 どちらかと言えば周辺の哲学や理論から、憲法の輪郭を探っていく類いの書であると感じた。 また、本書はそのような周辺知識が前提知識はなくとも内容に入っていけるよう、砕けた文章も多く...
まず、本書は資格試験等に使われる憲法の入門書としての性格を持ち合わせていないことに注意を要する。 どちらかと言えば周辺の哲学や理論から、憲法の輪郭を探っていく類いの書であると感じた。 また、本書はそのような周辺知識が前提知識はなくとも内容に入っていけるよう、砕けた文章も多く見受けられる。気になった箇所があれば、各章ごとに「文献解題」が設置されており、出典と共に、著者の文献解説が掲載されているので、憲法を研究する方の使用にも耐え得る内容なのではなかろうかと思う。 内容も、興味深いものが多く、ちょっとした法雑学的な気持ちで読みすすめていけるのも嬉しい。 ページ数はやや少なめではあるが、内容は充実しており、引き込まれる文章が光る一冊である。
Posted by
「資本主義の次に来る世界」と並行して読んでいて良かった。前提への疑義や問いを持ちながら現状を規定し得る法の実体について考えられた。
Posted by
高名な憲法学者が憲法の役割や立憲主義における立ち位置などを初学者にも分かりやすく解説した本である。初版は2006年とだいぶ古いがその当時より、憲法改正の機運が徐々に高まっていたのを記憶している。 本書の主な主張は憲法の硬性性を訴え、無闇な憲法改正の危険性を指摘しているという所だ...
高名な憲法学者が憲法の役割や立憲主義における立ち位置などを初学者にも分かりやすく解説した本である。初版は2006年とだいぶ古いがその当時より、憲法改正の機運が徐々に高まっていたのを記憶している。 本書の主な主張は憲法の硬性性を訴え、無闇な憲法改正の危険性を指摘しているという所だろうか?本書では法学者らしく精緻で論理的な議論が展開されていて、読者にも著者の主張の正当性を確認することができるだろう。 しかし物事は表裏一体である。浅学ながら偉そうなことを言うと私は法学の特徴はその対象の解釈がある程度自由にできるということにあると思う。例えば集団的自衛権を日本国憲法から容認することからも私の主張に援用することが出来ると思う。 そのある程度、自由な世界を規律づけるのは一体何であろうかと言うと、司法であったり大学の権威であると思う。本書においても自らの主張を肉づけるために高名な学者の説を引用している。確かに説得力を感じるし私も支持するものであるが前述の通り理論的な反論も可能であると感じた。 ここで僭越ながら私の憲法改正に対して持論を述べたいと思う。専門の方からしたら噴飯物だろうが素人ならではの考えもあるかと思う。 憲法改正は特に保守派が主張しリベラルは護憲的立場から反対を表明している。しかし、私はリベラル派も積極的に憲法改正の議論に立つ方がいいのではないかと思う。 その根拠が、日本国憲法のそもそもの正当性である。厳密なことはしんどいので間違っているのが前提だが、日本国憲法の前の憲法である大日本国憲法は天皇主権が謳われており、それが基本的原理であった。その憲法から国民主権を基本的原理とする日本国憲法への改正というのは本来ならば出来ないらしい。 そのため日本国憲法の正当性を付与する通説として八月革命説が導かれた。八月革命説の詳細については芦部信喜の憲法を参照して頂きたいが、要するにポツダム宣言の受諾によって一種の法的な革命が起こり政治体制が根本的に変化したとみなす説である。 この通説は法学者の間では受け入れられてるのだろうが一般的な革命という用語からイメージするものと、実際の事象とは違うのではと素人は思ってしまうのではないだろうか。革命とは非支配階級が支配階級の体制を転覆するイメージがあり、そのような定義であろう。実際には、その当時の国民は竹槍をもって本土決戦に備えていて反体制派が何かやり遂げたという歴史的事実は無いし、そもそもポツダム宣言を受諾したのは昭和天皇の聖断からである。 以上から八月革命説を支持しない私にとっては日本国憲法というのはそもそも法規範として弱いものであると思うし、改正派にも攻撃を与える余地があると思うのである。 戦後、日本国憲法は押付け憲法であるとして、保守派が改正の取り組みをしたり大日本国憲法への復権運動も展開された。それは復古的でもあるが同盟国のアメリカにとっても都合がいいものであろう。一方、憲法学者を始めとする護憲派は守勢に回らざるを得ない状況が続いていた。このままいくとこの弱い憲法が死文化してしまうか、危機を煽り改正派にとって都合のいい憲法が生まれる可能性もある。 そこで発想を転換して護憲派は積極的に憲法改正の議論に加わることによって、反戦、人権を重視する日本国憲法の理念を守ることができるかもしれない。 改憲議論を盛んにすることはむしろ護憲派にとってもメリットがあるだろう。 例えば我々一般市民に、立憲主義とは何か、人権とはなにか、日本国憲法にこめられた反戦のメッセージ?を再考することが出来るだろう。 憲法改正に向けての議論は盛んになり極端な議論も散見されるだろうが私はあまり悲観していない。それは私が大学時代に憲法学の講義を受けた経験による。彼ら彼女らは、厳しい訓練を受け、厳格な論理性を育んだプロであり、説得力のある提言を市民に提供してくれるだろう。 また日本国憲法の基本的理念は国民主権でありそれは改正不可能であるが憲法9条も成立経緯を踏まえると極めて改正困難であると私は思う。それはマッカーサーが憲法改正に要求したマッカーサー三原則に戦争放棄が示されておりこの基本原則を変えることは日本国憲法の主旨に反していると言えるからだ。 ここまでの議論は稚拙であり反論の余地はあろう。しかし私は日本国憲法をあえて過去の遺産とすることでその憲法の正当性を与えることになり国民主権、戦争放棄の理念がより強固になるのだろうと思う。
Posted by
憲法とは、同質の価値観が維持されていた中世の宗教世界が崩れた近代において、多様な価値観・世界観を抱く人々の公平な共存を図るための枠組みであり、国家の構成原理である。 憲法は国家の構成原理であり、近代における多くの戦争は異なる憲法を攻撃目標とする敵対であるという点、国家の憲法と憲...
憲法とは、同質の価値観が維持されていた中世の宗教世界が崩れた近代において、多様な価値観・世界観を抱く人々の公平な共存を図るための枠組みであり、国家の構成原理である。 憲法は国家の構成原理であり、近代における多くの戦争は異なる憲法を攻撃目標とする敵対であるという点、国家の憲法と憲法典が違うという点は新しい視点だった。 長谷部先生の本は初めて読んだのだが、結構保守的な立場から書いてあるように感じた。 憲法典を変えても憲法が変わるわけではないし、変更の必要がある場合でも、解釈や一般法の制定で対処できるといった改憲についての議論は納得できる部分もあるが、九条については明らかに無理のある解釈をしていると感じるし、解釈の幅が広すぎると憲法典が有名無実化してしまうおそれがあると感じる。 また、憲法典についても同じことが言えるかは難しいところだが、国際化・多様化が進む現代においては、同質性を前提とした曖昧なローコンテクストコミュニケーションは通用せず、明記が必要な部分は明記していくべきなのではないかと思う。 憲法典を変えることを自己目的としてはいけないという点については大賛成なので、憲法つまり国のあり方について、国民の間で議論がされるような土壌を作られていくといいなと思った。
Posted by
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
面白い。本書が書かれたのは2006年。恐らく、第一次安倍政権の誕生前に、憲法改正論議に対する筆者の意見を提示する目的で書かれたものだろう。 そもそも憲法とは、立憲主義から導かれるものである。立憲主義の起源は大航海時代や宗教戦争を経たヨーロッパにある。多様な価値観を尊重しながら人々が公平に共存するための枠組みである。その特徴は、公私を区別することにある。一方に個人の価値観に沿って生きる自由を保障する「私」を、そして他方にこうした多様性にもかかわらず人々の共通の利益を実現する「公」を置く。 筆者は、オックスフォード大学の法哲学者ハートの議論を用いて、憲法典の改正を説明する。本来、法は一次レベルにあたる。そして、何が妥当な法かを判断する規範として、二次レベルに憲法を置く。いわば、憲法は「選択の幅を制限」し、国家が目指すべき社会の在り方の指針を掲げる「慣行的規範」なのである。さらに進んだ三次レベルとして、その慣行的規範を意図的に変更するための規範が必要になる。これが、憲法改正手続きに関する条文である。だが、この条文を変えて憲法がどう変わるのかということは、専門家集団の判断によって直接決まる。
Posted by
http://blog.livedoor.jp/yamasitayu/archives/51708969.html
Posted by
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
憲法改正論議を理解する参考文献として読んだ。 憲法学者の重鎮ということで、この著者の本をとりあえず読まねばという義務感で選書。 全然期待してなかったけど、表題どおり、憲法とは何か を知るために良い教科書的な本で、読んで良かった。 「憲法とは」基本的なことを知ってから改正論議をしないとダメだとわかった。ダイジェストでこの内容を国民みんなに知らせないで改正の是非を投票させるのは、ものすごく問題があると思う。 憲法典とは原理を示すもので、そこに書いてあることは法令で定めないと実行されない。改正して書き込んだことが必ず実行されるものではない。 例:アメリカ南北戦争後、黒人の人権を認めることを憲法に書き込んだ。しかし、実際は公民権運動後に法令ができるまでしっかり実行されなかった。 また、憲法典に書いてあることは、現実に即しておかしいのであれば、実行されていないのが普通である。 例:イギリス議会はオーストラリアの憲法を無効にできる。→実際はどう考えてもできない 日本国憲法も多大なエネルギーを使って変えることのメリットは多くないだろう。憲法に書き込んでも法令を作らないと実行できない。逆に、書き込まなくても法令を作ればできることは、憲法改正してまで書き込む必要がない。 この著者をこき下ろす内容を含む本を先日読んだのだが、憲法9条を改正しなくても軍備に支障はないという点では、その著者とこの本の意見は同じということのようだ。 「解釈改憲」という用語があって、私はこれを「ズルをする」というか、ホンネと建前が違っていて歪なこと、などと思っていたが、解釈で憲法が変わるのは当然のことなのだと理解した。 ○本書の内容について ・まず、憲法が絶対王制の権力に制限を加えるために作られたことなど、歴史的な話。 ・現代の政治の形(民主主義・共産主義・ファシズム)は憲法の違いであり、それが国のあり方の違いである。 ・現代の政治のあり方の違いを簡単に解説。大統領制の弊害など。 ・憲法と法令の違い 憲法はおおまかな原理にすぎず、実行は法令による。 ・執筆当時2005年における憲法改正問題について。憲法改正に多大なエネルギーを消費しなくても、必要な法令を作れば良い。憲法は解釈で変わる。解釈は社会の変化で変わる。 ・裁判所は判決によって解釈の変化を定着させていくものだが、日本の最高裁は政治に対して弱腰? 前半は多分にロマンチックというか文学的な著者の嗜好が盛り込まれていて読みにくかった。さすが岩波の赤、教養本なのである。 しかし、基本的なことを押さえるには必要な本だった。
Posted by
