須賀敦子全集(第1巻) の商品レビュー
やっと読み終わった。一体何ヶ月かかったことだろう。印象的でありながら、人物名を覚えるのが苦手なもので、途中で、メモを取らずにいたことを後悔した。 須賀敦子さんの本は『トリエステの坂道』を読んだ事があった。あまり前知識がないまま、あの中で読んだ風景が未だに頭の中に残っている。 この...
やっと読み終わった。一体何ヶ月かかったことだろう。印象的でありながら、人物名を覚えるのが苦手なもので、途中で、メモを取らずにいたことを後悔した。 須賀敦子さんの本は『トリエステの坂道』を読んだ事があった。あまり前知識がないまま、あの中で読んだ風景が未だに頭の中に残っている。 この本はあれよりももっと早い時期に、というか、彼女が文筆家として名をなした、『ミラノ霧の風景』と『コルシア書店の仲間たち』が収録されている一冊。そして短い人物エッセイ『旅のあいまに』。 印象的だったのは、朧げな記憶を朧げなままに書いてあったことだ。こういう書き方が出来るのだという…。 最後、少し雑に読んでしまった気もして、機会があればもう一度いつか手に取ってみたい気もするけど、そんな日は来るのかな⁇
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全集だと経済的には助かるが、一つのエッセイとしての終わりが曖昧なままに読めてしまうので、全部地続きになってしまうんだなぁ。それはそれでいいのだし、きっと編集的にも意味のあるまとまりなのだろう。ミラノ霧の風景、コルシア書店の仲間たち、旅のあいまに、の3つから感じたのは、死が霧のよう...
全集だと経済的には助かるが、一つのエッセイとしての終わりが曖昧なままに読めてしまうので、全部地続きになってしまうんだなぁ。それはそれでいいのだし、きっと編集的にも意味のあるまとまりなのだろう。ミラノ霧の風景、コルシア書店の仲間たち、旅のあいまに、の3つから感じたのは、死が霧のように霞んでみえるということ。どこか、物悲しいような、影がある。死という霧の向こう側から眺めているような、そんな気分になる。楽しいだけではなく、青春の甘酸っぱさというほどのからっとしたものではない。死という霧は決して、嫌なものではなく、心に静かに沁みてくる。上品、いや品性の中で大袈裟に悲しむでもなく、まるっきりの客観的な、冷静さがあるわけでもない。物悲しさ、追憶が霧のように纏っている。そんな文章がとても心地よい。戦後ヨーロッパという、想像するのも難しい空気感。日本のそれとは明らかに違う。所々に出てくるナチスの影響。その中で日本人として、暮らしていた著者。感情的でない文章だからこそ、より感情的に読んでしまう。日本語もとても優しく、柔らかくて読みやすかった。
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再読。 須賀敦子といえばイタリア。そのイタリアに絡む作者自身の経験などを語っているエッセイなんだけれど、当時としては珍しい海外経験をひけらかすわけでも、夫を早くに亡くした苦労を押しつけがましく語っているわけでもなく、ぽっと温かな火が灯るように心に思い出された出来事を、優しく見つめ...
再読。 須賀敦子といえばイタリア。そのイタリアに絡む作者自身の経験などを語っているエッセイなんだけれど、当時としては珍しい海外経験をひけらかすわけでも、夫を早くに亡くした苦労を押しつけがましく語っているわけでもなく、ぽっと温かな火が灯るように心に思い出された出来事を、優しく見つめ返しながら綴っているようなエッセイだった。須賀敦子の「経験」といったらそれまでだけど、そこにとどまらない何かがあるエッセイだと思う。何がこんなに多くの人を須賀敦子の文章に惹きつけるのか。それを考えながら読んでみたいと思って再び手に取ったけれど、すぐに意識は須賀敦子のイタリアへ飛んで行ってしまって、結局わかったことは、やはり須賀敦子の文章が好きだということ。まぁそれでいいか、研究者でも評論家でもないし。 ここに収められているのは以下。 ・ミラノ 霧の風景 ・コルシア書店の仲間たち ・旅のあいまに ガッティ、カミッロ、ルチア、ミケーレ、ニコレッタなどなど、たくさんの友人知人との交流が語られており、須賀敦子が、当時としてはおそらく珍しいであろう日本人としてだけではなく、ひとりの人間として、多くの人に信頼されていたことがわかるようだった。そして色んな境遇の知人友人を受け入れる須賀とペッピーノの懐の深さ・・・。この、人と人の繋がりは、時代によるものなのか、夫妻の人柄によるのか、どっちもが作用しているように感じた。それにしても、知人友人を語る須賀の言葉の中に、それぞれの背景がしっかりと書かれていることに驚く。好奇心か、探求心か、はたまた本当にその個人が好きで知りえた事なのか、歴史的、地理的な事実を織り込んで語られる須賀の友人たちはいつしかしっかりとした「ひとりの人」となって胸に迫ってくる。 誰がどう見てもあの時代にヨーロッパへ行けるなんて、生まれからして境遇に恵まれていることは間違いないのだけれど、それを自らのチャンスにしていった須賀敦子の強さに驚嘆する。淡々と書かれているから見落としがちだけれど、フランスに馴染めなくてイタリアに次の道を見出す強さ、イタリアの知識人相手に自分の意見を言ったり、認めてもらえたり、仕事をもらえたりする強さ・・・今の時代でもままならないであろうことをやってのけた須賀敦子の、そうか、その強さに惹かれるのかもしれない。 彼女が飛びぬけて優秀だったことも間違いないと思うけれど、自分が選んだ自分の好きな道に邁進し、それだけでなくちゃんと稼ぐ力も身につけ、男性に頼るわけでもなく女性としてしっかりとひとりで立っていた、そのことに強い憧れと一種の気後れを感じる読書だった。 それにしても、今まで、ぼんやりとしたイメージでしかなかった「コルシア・デイ・セルヴィ書店」がどういうものだったのか、再読してやっと少し、分かった気がした。
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ただただ、須賀敦子という人に、圧倒される。 すごい好奇心、行動力、人間観察力と文章力。 1日でいいから、彼女になりかわって世の中を眺めたら、どんなふうに見えるだろう、と思わず考えてしまう。 個人的に好きだったのは、若年から老年、またはその移り変わりを切り取った、さまざまな女性た...
ただただ、須賀敦子という人に、圧倒される。 すごい好奇心、行動力、人間観察力と文章力。 1日でいいから、彼女になりかわって世の中を眺めたら、どんなふうに見えるだろう、と思わず考えてしまう。 個人的に好きだったのは、若年から老年、またはその移り変わりを切り取った、さまざまな女性たちのエピソード。 特に80歳近くになろうというときに、日本に須賀敦子に会いに訪れた古いイタリアの友人、マリア・ボットーニが、道中の京都旅については何も印象を語らず、日本という「みせもの」ではなく「ふだん着の私という人間に会いに来てくれた」とつづられる話(「マリア・ボットーニの長い旅」『ミラノ 霧の風景』所収)。 時間を経ても、文中の人物が魅力的なのは、それだけ人の本質を捉えた描写がされているから、なんだろうなあ。 「人生は、どうしても妥協するわけにいかない本質的に大切なものがすこしと、いいよ、いいよ、そんなことはどっちでも、で済むようなことがどっさり、とでなりたっていて、それを理性でひとつひとつ見きわめながら、 どちらかをえらんでいくものだ」 (「Z—。」『旅のあいまに』所収) という一文が胸にささりました。
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遠い国の、遠い時代の、知らない人たちの出来事に、 こんなにも引き込まれるとは、涙するとは思わなかった。情景描写が優れていることもあるが、彼女の文章には常に「死」が影の部分としてある。 親しかった友人の死、恩師の死、そして夫の死。 須賀敦子自身ももうずっと前に亡くなっているが、 数...
遠い国の、遠い時代の、知らない人たちの出来事に、 こんなにも引き込まれるとは、涙するとは思わなかった。情景描写が優れていることもあるが、彼女の文章には常に「死」が影の部分としてある。 親しかった友人の死、恩師の死、そして夫の死。 須賀敦子自身ももうずっと前に亡くなっているが、 数々の別れを経験した後に書かれたものだから、 そこには通奏低音のように、逃れられない悲しみが横たわっている。 ゆっくりゆっくりと全巻読んでいきたい。
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20代後半から40代、イタリアで過ごした日々のエッセイ。言葉にあたかみ、芳醇な表現で脱帽であり、読んでて安心で楽しい。過ぎた日、もう死んでしまった人たちへのオマージュ。この表現力、語彙は翻訳からの鍛錬か。 昭和5年生まれの、聖心女子大を出たバイタリティーある文学者、すごいの一...
20代後半から40代、イタリアで過ごした日々のエッセイ。言葉にあたかみ、芳醇な表現で脱帽であり、読んでて安心で楽しい。過ぎた日、もう死んでしまった人たちへのオマージュ。この表現力、語彙は翻訳からの鍛錬か。 昭和5年生まれの、聖心女子大を出たバイタリティーある文学者、すごいの一言。
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文学ラジオ空飛び猫たち 第11回「ミラノ 霧の風景」須賀敦子著 ~記憶の中の人々~ ダイチ とても文学的なエッセイだと思いました。時間と記憶を扱っているのですが、時間が経つと出来事や人や街であったりの印象が変わるのがとてもうまいです。そのような文学的な要素を持ちつつ現実感のあ...
文学ラジオ空飛び猫たち 第11回「ミラノ 霧の風景」須賀敦子著 ~記憶の中の人々~ ダイチ とても文学的なエッセイだと思いました。時間と記憶を扱っているのですが、時間が経つと出来事や人や街であったりの印象が変わるのがとてもうまいです。そのような文学的な要素を持ちつつ現実感のあるエッセイを書けるのはすごいと思いました。他にも「すごい」と思ったことはたくさんあって、イタリアにいたおよそ13年間でこれだけのものを書けることや、人生において関わった人たちを深く描写できるのが本当にすごいと思いました。絶対に自分ではできない。関わった人とのこの距離感はもはや現代では成し得ないことだし、今後どんどん失われていくことだと思いました。 ずっと自分の記憶に残る人が誰にもいると思います。そういう人たちを言葉にしているのがこの作品だと思います。きっと関わってきた人によって人物形成はされていくので、そういうことが好きな人には絶対はまると思います。 ミエ 小説のように読めるエッセイ。でもフィクションではなくて、ここに書かれているのは須賀敦子さんの人生にあったことです。登場する人物はみな無名ですが、だけどかけがないのない存在だと思えてきます。人生の中で関わった人をこれだけ丁寧に書けるのは須賀敦子さんの優しさがあってこそなので、自分も人をしっかり見れる人間になりたいと思いました。 文章にこだわりがある人は読んでほしいです。こんなに美しい日本語の文章はなかなか読めないと思います。それに旅が好きな人やイタリアに憧れる人にも須賀敦子さんが描くイタリアの小さな町や暮らしに惹かれると思います。 ラジオはこちらから↓ https://anchor.fm/lajv6cf1ikg/episodes/11-eieg6d
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1章ずつじっくり読んだ。どの話も終わり方が印象的で、まるで風船の紐が手からスルリと離れていったような感覚をおぼえた。
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全集なのでそれぞれが単行本として僕たちの前に登場した衝撃に似た印象を、ゆっくりとなぞりかえすような読書なのですが、所収されている『ミラノ 霧の風景』や、『コルシア書店の仲間たち』の「清冽」な印象が、まざまざと蘇ってきて、どこかの棚にあるはずの単行本を探し始めるという、意味の分か...
全集なのでそれぞれが単行本として僕たちの前に登場した衝撃に似た印象を、ゆっくりとなぞりかえすような読書なのですが、所収されている『ミラノ 霧の風景』や、『コルシア書店の仲間たち』の「清冽」な印象が、まざまざと蘇ってきて、どこかの棚にあるはずの単行本を探し始めるという、意味の分からない行動に駆り立てられるのは、一体どういうことなんでしょう。 「100days100bookcovers」チャレンジのお友達が思い出させてくれた不思議な読書体験でした。お友達の記事はこちらのブログへどうぞ。 https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/202007200000/
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短いエッセイを集めたものなので、眠る前に少しずつ読んでいった。 基本は1話だけ。でももう1つ読みたい、この話は短いし、などと言い訳してつい夜更かししたことも。箱詰めのチョコレートを1粒ずつ大事に食べるのとよく似ていた。もう1つだけ、ほかより小さいのだから、と摘んでしまう。 読み終...
短いエッセイを集めたものなので、眠る前に少しずつ読んでいった。 基本は1話だけ。でももう1つ読みたい、この話は短いし、などと言い訳してつい夜更かししたことも。箱詰めのチョコレートを1粒ずつ大事に食べるのとよく似ていた。もう1つだけ、ほかより小さいのだから、と摘んでしまう。 読み終わるたび、残りが1つ減ってしまったと寂しくなるところも、チョコレートの箱のようだった。どこまでも落ちついて静謐な文章はカカオの多い上質なビターチョコレートのようで、眠る前にちょうどよかった。 読んでいて愉しいのだけど、独特の読後感も癖になっている。いつもエッセイの最後は蝋燭の火が消えるみたいにふつっと終わり、静かな余韻がゆっくりいつまでも残っていて、それを感じているのがとても良い。こういう読書体験のできる本にはなかなか出会えないと思う。
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