池袋・母子 餓死日記 の商品レビュー
1996年4月27日、池袋のアパートで77歳の母親が41歳の息子とともに死体で発見された。死因は餓死。その母親が書いていた日記を豊島区が公開した。 日々の買い物の内容、金額のほか、全編にわたって身体の不調とお金がなくなることへの不安が綴られていて、読んでいて苦しくなる。 父親は...
1996年4月27日、池袋のアパートで77歳の母親が41歳の息子とともに死体で発見された。死因は餓死。その母親が書いていた日記を豊島区が公開した。 日々の買い物の内容、金額のほか、全編にわたって身体の不調とお金がなくなることへの不安が綴られていて、読んでいて苦しくなる。 父親は病気の末、三年前に亡くなり、自らも体調が優れない母親は、病気の息子の面倒を見るだけで収入源がない。 しかも、生まれつきの因縁のようなものを信じていて(日記では「邪魔」と書いている)、夢や霊感、数字合わせなどは、つねに悪い予感として捉える。なにをするにも神様(?)に感謝し、謝り、二人の死を願う様子には背筋が寒くなる。(「邪魔」が原因で相手にされないだろうと生活保護も受けようとしない。) 「私共は、今後、どんな生活をするのだろうか、毎日、毎日、不安でその事ばかりを、心配しているが、来年はもうお金がないので、ここにはおられない、どこに行き、どうしたらよいのか、だれか相談出来る人もいないし、今年いっぱいで、その後は、どうしたらよいのだろうか、子供は、病んで、相手にならないし、私一人で、よい考えも、うかばない、二人共(フロウ者の生活)をするのだろうか、どうしたらよいのだろうか、お願いしても、きかれないだろうし、不安で、不安で、たまらない。」(p.51) 「今年は又、特別、何倍もの邪魔がひどくて、特に、この頃は、あらゆる面で、ハラ、ハラ、心配と、不安と、恐ろしさと、苦しみと、次、つぎと、日増に、ひどく成って、何かすると、かえって、悪くなり、心配が増えるし、仕無ければ仕無いで、不安がひろがるし、どうも、こうも、どうしたら、良いのやら、一つ何かすると、一つ又、心配が増えるし、たのみ事しても、結果が悪いし、」(p.96) 「何十年と、ただ苦しむ人で先が分かるとか、最後の最後まで、分からぬ様にしてあるなど言われていたのを信じてきたが、七六年間、苦しむために、生まれて来た様で、ギモンが、わいてきた。」(p.115) 「第一、私は、何者でせうか、いろ、いろと、教えられた事は、七十七才の今日まで、今の所、何一つ分かりもしませんし、現実に現われて、おりません。」(p.192) 「何か、一つでも、二つでも、分からせて頂くと、安心出来ますけれども、最後の最後とは、何時に、なるのでせうか、心配と、不安の毎日で、たまりません、一日も早く、何とかして下さい、お願いいたします。」(p.193) 「昨年十二月二十九日(金)、夜、フトンにやすんでしばらくして、最後は、必ず降参するという文句を感じていたのを、実行される時がついに、とうとう来たのだろうか、私しの受けた感じが、間違いなければ、喜ばしい事だけど、あまりにも、何十年と、苦しみが、ひどかった丈に、形に、現われて、私も、子供も、身体がすっきりとして、外の不安も取れていかなければ、ただ安易に当にたより、たのみ、漠然(とりとめのないさま、不明なさま)としたままでは、これから先が本当に、心配で、生きて行けない。早く、死なせて下さい、毎日が苦しみ通しで、つらくて、たまりません。」(p.207) 「なぜ、私共は、こんなにひどい苦しみを、何十年と、しなければ出来ないのでせうか、小さい時から、いろ、いろと教えられ、又、人の口を、借られて色んな事を、聞かさせて、来ましたのは、皆、邪魔の、しわざだったのでせうか、」(p.233) 「私は、今朝、夢の中で(歯が、全部ぬけた夢)を見ているが、これは身内に死人がある知らせと、聞いているので、子供が、先に、死ぬのではないかと、心配である。一緒に、死なせて頂きたい、後に残った者が、不幸だから。」(p.235)
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読んでいる間中、ずっと暗い気持ちから抜け出せなかった。 こうした一次資料を、事件から四半世紀が経とうとしている今、あえて読み直す必要を強く感じる。 中高年の引きこもりを、高齢の親たちが支えるといった現実が、けっして他人ごとではない今。 分析して、真相が知りたいと思うのだけれど、個...
読んでいる間中、ずっと暗い気持ちから抜け出せなかった。 こうした一次資料を、事件から四半世紀が経とうとしている今、あえて読み直す必要を強く感じる。 中高年の引きこもりを、高齢の親たちが支えるといった現実が、けっして他人ごとではない今。 分析して、真相が知りたいと思うのだけれど、個人情報などの観点から、いろいろと難しいのだろうなぁ。
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私も☆マークでの評価は控えます。いくらでも逃げ道はあっただろうに…でもあえてその選択をしなかった、したくなかったのか。哀切きわまりない。
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星マークで評価はできない。 「夕方、窓を開けて、外の草花をながめていた所。(只、一筋の心在るのみ)と、言う、文句がうかんで来た。」という一文が、章の冒頭ごとにリフレインされる。 病気が治らず苦しい。髪を洗えないのでタールのような垢が真っ黒にこびりついている。新聞が届くのが遅い...
星マークで評価はできない。 「夕方、窓を開けて、外の草花をながめていた所。(只、一筋の心在るのみ)と、言う、文句がうかんで来た。」という一文が、章の冒頭ごとにリフレインされる。 病気が治らず苦しい。髪を洗えないのでタールのような垢が真っ黒にこびりついている。新聞が届くのが遅いとクレームを入れた。お供物にオレンジとお菓子、あり合わせのものでお許しください。なんとか家賃を払わせていただいて有難うございました。一日も早く死にたい。今月もなんとか過ごさせていただき有難うございました。。。 いつ死ぬともわからず、文字通りその日その日を生きている老婆の日記は、愚痴ったり嘆いたり感謝したりと支離滅裂のようにも見える。しかしあらゆるものを剥ぎ取られた人間の裸の心とはこういうものかと納得するところもある。将来への展望があって初めて、一貫性というものは成立するに違いない。人生の希望を全て失ってしまった人間の「只、一筋の心」、それだけの記録。 こういう感想が正しいのか分からない(...給食を粗末にしなかったからといって、アフリカの貧しい村の子供が救われるわけではないように。)が、自分が不自由無く生きていることにこれほど感謝した事はない。慎ましくありたい。
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1996年、池袋で餓死した77歳の女性が遺した日記。 5年前に主人が病死、41歳の息子が居たようだが「子供は、うまれた時から邪魔を受け、二十年以上の病人生活で」とあるとおり、働くことはおろか、外出さえままならなかったらしい。 二人の暮らしていたアパートの家賃は約八万程度、もらって...
1996年、池袋で餓死した77歳の女性が遺した日記。 5年前に主人が病死、41歳の息子が居たようだが「子供は、うまれた時から邪魔を受け、二十年以上の病人生活で」とあるとおり、働くことはおろか、外出さえままならなかったらしい。 二人の暮らしていたアパートの家賃は約八万程度、もらっていた国民年金は二ヶ月で八万五千円、明らかに支出が収入を上回っている。 それにも関わらず、女性は引越や生活保護に頼る、といったことは考えなかったようだ。 これは、調べる手立てが無かった、とか、生活保護に頼るには誇りが許さなかったというより、本日記を読めば分かるが、この女性は精神に何らかの病を抱えていたのだろうと推測される。 だとすれば「役所に助けを求めたにも関わらず、生活保護の支給を拒否された」という問題とは別に、こうした精神的な疾患を抱える方への支援という問題を考えねばならない。 本書は1996年の出版であるが、これは高齢化、孤独化の進む現在において、未だに解決されていない問題として、我々に残された課題であるように思う。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
平成6年に池袋で起こった餓死事件の当事者の日記。 病身の息子と母の世帯で、母が綴った日記。全編貧しくて明日のご飯の心配をしているさまが綴られている。 緩急も何もないが、客観的にみてちょっと工夫が出来たのではないかなと思わせるところもある。新聞…食べ物に困っても取るべきものなのでしょうか? 最後の日付は食べ物がなくなったという記述で終わっている。衝撃的。 あと池袋に西口にゆかり深い人はでてくる場所がおぼろげにわかるのではないでしょうか。
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タイトルをみれば一目瞭然だけれど、よんでもひたすら滅入るだけで、たのしいきもちにはなりようのない本だ。なのにときおり、おもいだしたようにぱらぱらとページをめくってしまうのは、そこにしるされているのがまぎれもなく悲鳴だからだろう。「公人の友社」という、きいたこともないような出版社名...
タイトルをみれば一目瞭然だけれど、よんでもひたすら滅入るだけで、たのしいきもちにはなりようのない本だ。なのにときおり、おもいだしたようにぱらぱらとページをめくってしまうのは、そこにしるされているのがまぎれもなく悲鳴だからだろう。「公人の友社」という、きいたこともないような出版社名「刊行にあたって」と題された意図がわかりにくい前書き。そして「餓死の背景をあきらかにするという社会的意義のため」「豊島区情報公開条例」をもとに区が公表を決意した、とされる刊行の経緯。世に出るまでの背景がとにかくなぞだらけのこの本には、ある老婆が自分のためだけにしたためた純粋なおぼえ書きが掲載されている。1993年のクリスマス・イブに書きはじめられたそれは、おもに買い物と家賃や公共料金の支払い、簡単な日常の記録で、これが1996年 3月11日までつづく。メモとしては膨大な量だ。1冊ごとに通し番号がうたれたキャンパスノートに、それは律儀にも毎日つづられていたという。装丁はノートのページを写したもので、タイトルバックには彼女の肉筆も印刷されている。その筆跡はまるで引っ掻き傷のようだ。 常に不安がまといつく困窮した生活、やがて確実にやってくる飢餓へのおそれ。あかるい未来など望むべくもない日々のなか、老婆がくりかえすのはただひとつ「息子と一緒に死なせてください」というねがいのみ。ありていにいうならばそれは絶望だ。そして、その果てには、追いつめられた者の奇妙な世界がひろがっている。それはわたしもあなたも、おそらくみたことのない風景だ。神なのかあるいは他界した夫か、だれにむけられているのか判然としない謝罪や感謝の言葉。6や4という数字がつく日にはよくないことがおこるといって図式化される、6が3つで無惨とか、4と14と24で散々(本人以外には理屈のわからない計算式を経た結果)とかの数秘術的なこじつけ。そして、神秘的な意味合いをもつかのごとく記述された単なる偶然(としかおもえない出来事)の数々。記録が途切れてから一ヶ月とおよそ二週間後の4月27日、豊島区池袋のJR駅にほど近い住宅密集地の古ぼけたアパートで、 77歳の母親と41歳の息子の遺体は発見された。母親は台所によこたわり、お腹のうえで手を組んだ姿、息子は布団の中で絶命していたそうだ。 死因は母子ともに栄養欠乏症。死体は半ミイラ化していたらしい。死亡推定日時は4月4日。彼らは生活保護の申請をしておらず、母親の老齢年金だけで暮らしていた。額は10万円とか4万3千円とか諸説ある。ちなみに家賃は8万5千円。母子が駅から約15分のその場所へ、引っ越してきたのは11年前。当時は夫も一緒だったが、事件の4年前に彼はぜんそくで死んでしまう。以来、母子はふたりきりで日常を送っていたようだ。近所付き合いは少なく、夫や息子の存在は周囲に知られていなかった。息子は病気でほぼ寝たきり、家に籠っているほかないので当然といえば当然だ。国民健康保険はきちんと納めていたものの、病院に行った形跡はない。そういう状況ではなかったのだろう。公的補助に一切頼ろうとしなかった理由はわからないけれど、老婆なりの信念があったのかもしれない。
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偶然見つけた一冊。 衝撃的なタイトル。 内容は、タイトルどおり。 平成8年春に餓死で発見された池袋の母子の「母」の覚え書き。 本当に、唯の覚え書き。であるゆえ、まったく読み手を意識していない。面白くないし。。。 ただ、この日記は現実に存在した事実である。 体が不自由な母、寝...
偶然見つけた一冊。 衝撃的なタイトル。 内容は、タイトルどおり。 平成8年春に餓死で発見された池袋の母子の「母」の覚え書き。 本当に、唯の覚え書き。であるゆえ、まったく読み手を意識していない。面白くないし。。。 ただ、この日記は現実に存在した事実である。 体が不自由な母、寝たきりの子。 精神的にも追い詰められ、肉体的にも限界をむかえたこの二人に自分が行政だったら何が出来たか。 近所に住む人だったら何が出来たか。 友人なら何が出来たか。 これらすべての考えが無力化され、その意味すらかき消されてしまう。 そんな気持ちになる本。
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延々と母親の日記です どんどん食べるものが無くなっていく様子は読んでいてとても悲しくなります 何故母子は国に助けを求めなかったんですかね?
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辛い。どーして都会の真ん中で母子は餓死しなくちゃいけなかったのだろうか。色々な問題点と解決策がこの本を読むことで明らかになればいいけど。自分はなんか。。無意味で非建設的であると知っていても、やっぱり感情的になってしまった。 息子が先に事切れた後、彼の後を追うようにゆっくりと衰...
辛い。どーして都会の真ん中で母子は餓死しなくちゃいけなかったのだろうか。色々な問題点と解決策がこの本を読むことで明らかになればいいけど。自分はなんか。。無意味で非建設的であると知っていても、やっぱり感情的になってしまった。 息子が先に事切れた後、彼の後を追うようにゆっくりと衰えてゆく老女を想像するだけで、胸が痛む。この餓死直前までの覚書、軽く受け止めることは出来ません。
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