孤島 の商品レビュー
『アルジェリア、シャラ通りの小さな書店』からの流れで数十年ぶりに再読。 10代の頃に水を飲むようにごくごくと読み干していたときには気づかなかったが、有名なカミュの序文も含め、これはつまりパリから遠く離れ、南仏にもイタリアにもなり得ない辺境の地アルジェリアにおいて、ようやく「地中...
『アルジェリア、シャラ通りの小さな書店』からの流れで数十年ぶりに再読。 10代の頃に水を飲むようにごくごくと読み干していたときには気づかなかったが、有名なカミュの序文も含め、これはつまりパリから遠く離れ、南仏にもイタリアにもなり得ない辺境の地アルジェリアにおいて、ようやく「地中海沿岸」という立ち位置を得た彼らにとってのrepresentation(嬉しい言語化)だったのだとわかった。 序文にもあるようにジッドが『地の糧』で、そしてグルニエが本書で、南アフリカがどんなに美しくouiと言うにふさわしい地であるか、寒い灰色の生真面目なパリ(とその向こうのイギリス)に比べて、(イタリアほどの植生はなく糸杉を持ち込みさえしていたが)いかに海と太陽と女たちが生きているかを「フランス語で」書いてくれてありがとう、の序文だったのだとよくわかった。 本書の邦題は「孤島」であるが、フランス語のタイトルは「島々」。カミュの熱烈な序文に引きずられ、これまでその島々がすべて地中海の島の話だと思って読んできたが、ケルゲレン諸島は南極に近くペンギンやアザラシがいる島だし、ボッロメオ島はイタリアの湖に浮かぶ島だそうだ。これまでどれだけ雰囲気で読んできたかがよくわかった。
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たとえば、 生まれた海岸はちがっていても、おなじように太陽の光りを愛し、肉体のすばらしさを愛する人間がやってきて、とても真似のできない言葉で、つぎのようにいってくれなくてはならなかった。 ~この世界の外見は、なるほど美しい。 だが、それらはやがて消え去るべきものだ。 だから、いま...
たとえば、 生まれた海岸はちがっていても、おなじように太陽の光りを愛し、肉体のすばらしさを愛する人間がやってきて、とても真似のできない言葉で、つぎのようにいってくれなくてはならなかった。 ~この世界の外見は、なるほど美しい。 だが、それらはやがて消え去るべきものだ。 だから、いまのうちに、ひたむきにそれらを愛さなくてはならない、と。~ 孤島(筑摩叢書)ジャン・グルニエ 序文:アルベール・カミュ ずっと若いころ、自分を見失い道に迷って途方に暮れていたころに、横浜伊勢佐木町の有隣堂本店でふと手にした本がこれで、カミュが序文として寄せているある一節に、ずっと先のほうで一筋の光りが射し込んでくるような、「啓示」感というのかそんな感覚にとらわれて思わず購入した一冊。著者の本文はどちらかというとそっちのけで、カミュのこの序文を繰り返し、いまだに読んでいます。
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カミュの師として知られる哲学者の散文、めいているけれど、八つの散文の主題は「島」に置かれ、「島」は孤立の場所であり、孤立の人間であり、述べる「私」は架空の人物だと記される。勿論「私」はいつだって「私」であって「私」ではないので、私の輪郭すら曖昧にしながら読んでいることができるのは...
カミュの師として知られる哲学者の散文、めいているけれど、八つの散文の主題は「島」に置かれ、「島」は孤立の場所であり、孤立の人間であり、述べる「私」は架空の人物だと記される。勿論「私」はいつだって「私」であって「私」ではないので、私の輪郭すら曖昧にしながら読んでいることができるのは、新しい形式の小説を読むときの心地よさに似ている。 私が持っているのは古本市で買った竹内書店版なので、検索かけたら著作のほとんどがノーイメージでびっくり。かなり日本人好みな人だと思うんだけど。
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カミュの先生の語る言葉。 「われわれは、自分が生まれたと思っていた国に、かならずしも生まれていたのではないかもしれない。」
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