氷川清話 の商品レビュー
幕末期に日本の運命を…
幕末期に日本の運命を左右する程の役割を果たした勝海舟の談話集。これを読むことで、如何に現代日本の政治家連中のほとんどが利己的で党閥政治の中での保身しか考えていないかが再認識させられる。政治を掌る者には元来、公に対する奉仕の精神が必要で、我欲があっては勤まらない職務であると考えてい...
幕末期に日本の運命を左右する程の役割を果たした勝海舟の談話集。これを読むことで、如何に現代日本の政治家連中のほとんどが利己的で党閥政治の中での保身しか考えていないかが再認識させられる。政治を掌る者には元来、公に対する奉仕の精神が必要で、我欲があっては勤まらない職務であると考えているが、日本の政治家・官僚もこの書を座右の書として、自らの腐敗・馴れ合い・臆病に歯止めを掛けて欲しいものである。
文庫OFF
明治時代に書かれた書…
明治時代に書かれた書物だが、口語調のためとても読みやすい。歴史上の人物について実際に会った感想を述べているので、とても真実味があり面白い。リーダー論としても読める。
文庫OFF
幕末最も暗殺の対象になった一人だと思います。維新後も生き残って語ってくれているのは、ある意味奇跡です。
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勝海舟の自伝とも言えるこの本、 氷川清話は彼の記憶違いが少々あるが、本書では、その文を説明してくれるので混乱せずに済む。 「風雲児たち」で勝海舟の前半生は知っていたのだが、その部分が出てくるたびに、みなもと太郎さんは、しっかりと資料として読んでいたのだなと実感した。 勝海舟の話で、私が最も好きな話は、 本書282Pに書いてある、 俺が初めて亜米利加へいつて帰朝した時に、御老中から「其方は一種の眼光を具へた人物であるから、定めて異国へ渡りてから、何か眼をつけたことがあらう。詳かに言上せよ」とのことであった。そこでおれは、『人間のする事は、古今東西同じもので、亜米利加とて別にかはつたことはありません』と返答した。ところが「左様でもあるまい、何か、かはつたことがあるだらう」といつて、再三再四問はれるから、おれも、『左様、少しに眼に付きましたのは、亜米利加では、政府でも民間でも、およそ人の上に立つものは、みなその地位相応に怜悧で御座います。この点ばかりは、全く我国と反対のやうに思ひまする』と言つたら、御老中が目を丸くして、「この無礼もの、扣へ居らう」と叱つたつけ。ハ、、、。 というお話です、要約すると、 老中(安藤信正や、久世広周ら)が「アメリカへ行ってみて、何か気づいたことはあっただろう?事細かに言ってくれ」と言われ、勝海舟は『人間のすることは、どこでも同じで、何も変わりません』と言ったものの、老中は、「そうでもないであろう、何かあるのだろう?」ともう一度言ったため、勝海舟は『アメリカでは、身分の高い方々は皆様、それ相応に頭の良い人たちでした、この点ばかりが我が国と違っていました」と言った。 なぜ勝海舟は、このような死罪になってもおかしくない発言をしたのか、 それは老中達の質問に苛立ちを覚えたからではないのか。 例えば、老中達の質問は「天守閣より高い建物が林立しているというのは本当か」、「アメリカに本当に武士は居ないのか」、「なぜ牛や豚を平気で食べるのか」などであったという。 幕府はこの勝海舟の発言で死罪にしては、天下にこの発言が晒されるということで、何も起きずに、勝海舟は生き延びました。 このようなエピソードなどが様々あり、本の後半には当時の評論や、身の回りの人物を彼の視点から説明してくれるような感じになっています。 勝海舟は、江戸っ子でありながらも、誠実に生き、誠実に死んでいった人です、そう迷いもせずに言うことができるようになったと思います。 皆様、一度は読んでみるべきだと思います、素晴らしい本でした。
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昔バリバリ仕事で成果をあげた、ちゃめっけあるおじさんのエッセイ集。 特に面白かったのは、江戸城無血開城時に西郷隆盛が居眠りをしてしまう話。西郷隆盛を、肝が座っていると評価している。 文の最後に「ョ」をつけたりと、親しみを感じた。 本書とは関係ないが、歌手の氷川きよしの名前の由来...
昔バリバリ仕事で成果をあげた、ちゃめっけあるおじさんのエッセイ集。 特に面白かったのは、江戸城無血開城時に西郷隆盛が居眠りをしてしまう話。西郷隆盛を、肝が座っていると評価している。 文の最後に「ョ」をつけたりと、親しみを感じた。 本書とは関係ないが、歌手の氷川きよしの名前の由来はこの本からではなかった笑
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「教科書に載る歴史上の人物による回顧談」というあまり類例の無い書として貴重。実際にみずから会った(しかもしばしば歴史的場面の当事者として)幕末有名人の人物評は、面白いものがある。 しかし、後半からは談話当時(明治後半)の政治外交批評になってきて、ここからがいけない。 人間が老いる...
「教科書に載る歴史上の人物による回顧談」というあまり類例の無い書として貴重。実際にみずから会った(しかもしばしば歴史的場面の当事者として)幕末有名人の人物評は、面白いものがある。 しかし、後半からは談話当時(明治後半)の政治外交批評になってきて、ここからがいけない。 人間が老いると昔話自慢をするという症状を逃れる、あるいは緩和できる術は、医学や脳科学では実現出来ないのであろうか。 眼光紙背に徹す85
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世間は生きている。理屈は死んでいる。 胸のすくような言動の、そのコアは清明心。 勝海舟の肉声が聞こえてくるよう。 きっと、そのフカシっぷりも含めて、面白いおじさんだったんだろう。生死のやりとりを経た、肝の座った。 これだけ読んでいて小気味の良い本もない。 ところで、新井白石と勝...
世間は生きている。理屈は死んでいる。 胸のすくような言動の、そのコアは清明心。 勝海舟の肉声が聞こえてくるよう。 きっと、そのフカシっぷりも含めて、面白いおじさんだったんだろう。生死のやりとりを経た、肝の座った。 これだけ読んでいて小気味の良い本もない。 ところで、新井白石と勝海舟はそれぞれ18,19世紀を代表する江戸の傑物である。2人は同時代であれば、共存できたか。必ずやお互いの間に激しい応酬が生まれたに違いないと想う。そんな妄想も楽しい。
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この人は本当に江戸っ子なんだよなあ。 曲がったことが嫌いで、すぐ行動して、根に持たず(好き嫌いはある)、口が立つ。 下町で貧乏育ちだっただけあって、武士っぽくない。 だから嫌われもさげすまれもしたんだろうけど。 それでも、自分で言うだけあって、この人のしてきたことはすごい。 本人曰く、自分が一番一生懸命勉強したのは剣術。 その後に禅。 だから肝が据わったのだと。 今の人(明治期の人)は、勉学を修め、知識はあっても肝が据わっていないから大きなことができないのだと言い放つ。 それと庶民から学ぶという姿勢の欠如。 明治29年に全国的に大洪水が相次いだことについて 幕府が作る堤防は、とにかく地下を深く掘って基礎を固め、その絵に柳を植え、見栄えはともかく丈夫な堤防を作った。そして堤防の周りの土地を百姓に唯で作らせたので、土地の者たちは必死で堤防のメンテナンスを自分たちで行った。明治政府はその土地にまでいちいち税金をかけるために細かく測量し、柳の木まで全部切り倒してしまった。 ”昔の人は、今の人のやうに、人目に見えるやうなところに頓着しない。その代わりに誰にも見えない地底へ、イクラ力を籠めたか知れないよ。昔と今と違ふところは、こゝだよ。” 同じく明治29年の東北の津波に対して、対応が後手に回る明治政府に対して、幕府の非常時対策を説く ”窮民に飯を喰はせなければ、みんな何処かへ逃げて行ってしまふよ。逃げられては困るヂャないか、どこまでも住み慣れたる土地に居た者を、その土地より逃がさずにチヤンと住まはしておくのが仁政と言ふものだよ。” 明治26年 ”行政改革といふことは、よく気をつけないと弱い者いぢめになるヨ。(中略)全体、改革といふことは、公平でなくてはいけない。そして大きい者から始めて、小さいものを後にするがよいヨ。言ひ換へれば、改革者が一番に自分を改革するのサ。” 明治31年、第三次伊藤内閣の崩壊が迫っている時 ”おれは超然主義の江戸子だから、威張ると苦しめたくなるし、弱ると助けたくなる。” そんな性分だよねえ。 明治30年第二次松方内閣崩壊の頃 ”天下の大勢を達観し、時局の大体を明察して、万事その機先を制するのが政治の本体だ。これがすなはち経綸といふものだ。この大本さへ定まれば、小策などはどうでもよいのサ。大西郷(だいさいごう)のごときは、明治十年にあんな乱暴をやつたけれども、今日に至つえ西郷を怨むものは天下に一人もあるまい。これは畢竟大西郷の大西郷たる所以の本領が、明らかに世の人に認められて居るからだ。” 小細工の上手い長州人に対し、薩摩人は不器用だという好意的批評だそうです。 明治28年、日清戦争の後の国際的な動きを見据えて ”ともあれ、日本人もあまり戦争に勝つたなどと威張つて居ると、あとで大変な目にあふヨ。県や鉄砲の戦争には勝つても、経済上の戦争に負けると、国は仕方がなくなるヨ。そして、この経済上の戦争にかけては、日本人は、とても支那人には及ばないだらうと思ふと、おれはひそかに心配するヨ。” 日本人の考える国のあり方と中国人の考える国のあり方は全然別で、そのスケール感といい、個人主義の極まり方といい、この辺りの洞察については今私が読んでも目からうろこでした。 これらは明治30年ころの発言が多い。 維新から30年、薩長の藩閥政治に庶民がうんざりしているという背景から、維新の生き残りである勝海舟の元に話を聞きに来る人が多かったのだろう。 あんなにぼろくそ言われた徳川の世は300年続き、それを否定した政府は30年でぼろくそ言われていると勝海舟は言う。 いや、後に勝海舟の息子と結婚したクララ・ホイットニーは、来日した明治10年のころすでに「庶民は公方様の時代を懐かしんでいる」と日記に書いていたぞ。 吉田松陰がもし、アメリカ密航に成功して、無事に本に戻ってきたなら、明治維新のありようはもっと違ったのではないかと思ったりもする。 テロの推奨をしたけれど、彼自身は無私の人だったからね。 維新から30年。 明治天皇の心中を察する勝海舟。 なるほど、確かに薩長に騙された感はあったかもしれないね。 もっともっと引用したいけれど、キリがない。 なんか勝先生の言葉を読みながら、中居くんのことを考えてしまったよ。 中居君は政治のことは何も言わないけれど、見えないところへの目配りとか…。 この本は絶対的座右の書にしよう。
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勝海舟 (1823-1899) は、旗本の長男として江戸に生まれた。剣道と座禅の修行をし、また蘭学を学んだ。1868年、幕府側を代表して朝廷側の西郷隆盛と会談し、江戸城の無血開城に合意した。その結果、幕府は倒れ、徳川家は駿・遠・参の七十万石の一大名に格下げとなった。幕臣からは「...
勝海舟 (1823-1899) は、旗本の長男として江戸に生まれた。剣道と座禅の修行をし、また蘭学を学んだ。1868年、幕府側を代表して朝廷側の西郷隆盛と会談し、江戸城の無血開城に合意した。その結果、幕府は倒れ、徳川家は駿・遠・参の七十万石の一大名に格下げとなった。幕臣からは「腰抜け」「大逆臣」「薩長の犬」と罵られ、慶喜からさえも「汝が処置はなはだ果断にすぐ」と文句をつけられた。 『氷川清話』は、彼が人生、政治、人物などを語ったものである。これを読むと、海舟が人間として一つの頂点に達していたことが分かる。例えば江戸城の無血開城について、彼はこのように言っている。 「三百年来の根底があるからといったところで、時勢 が許さなかったらどうなるものか。かつまた首都というものは、天下の共有物であって、けっして一個人の私有物ではない。江戸城引き払いのことについては、おれにこの論拠があるものだから、だれがなんといったって少しもかまわなかったのさ」 また、勝の人生は浮き沈みの激しいものだった。幕臣としての勤務の間にも、何度か免職を食い、謹慎閉門の生活を送った。これを、勝はこのように見ている。 「自分の相場が下落したとみたら、じっとかがんでおれば、しばらくすると、また上がってくるものだ。大奸物・大逆人の勝麟太郎も、今では伯爵勝安芳様だからのう」 勝はまた、非常な胆力を有していた。現在の日本の政治家に、次のような言葉を発することのできる人物がいるであろうか。 「いやしくも天下の難局に当たる以上は、暗殺ぐらいのことを恐れては、何事もできるものではない」 勝は、この胆力の出所を次のように言っている。 「座禅と剣術とがおれの土台となって後年大そうためになった。瓦解の時分、万死の境に出入して、ついに一生を全うしたのは、全くこの二つの功であった」 彼は二十回ほど敵の襲撃にあい、このために胆がすわったと言う。何度も暗殺の危機に遭遇しながら生き延びた要因を、彼は次のように述べている。 「危機に際会して逃げられぬ場合と見たら、まず身命を捨ててかかった。しかして不思議にも一度も死ななかった。ここに精神上の一大作用が存在するのだ」 若者たちへのアドバイスも、次のように気合がこもっている。 「かえすがえすも後進の書生に望むのは、奮ってその身を世間の風浪に投じて、浮かぶか沈むか、生きるか死ぬるかの処まで泳いでみることだ」 本書の刊行は明治三十一年 (1898年) のことである。勝は、日本の将来を次のように予言している。日本は1895年に日清戦争で勝利したが、1945年に太平洋戦争で中国に敗れている。 「日本もシナには勝ったが、しかしいつかまた逆運に出会わなければなるまいから、今からそのときの覚悟が大切だよ。------今日のなりゆきを察すると、逆運にめぐりあうのもあまり遠くあるまい」 また、勝は、当時の幕府側、薩長側の要人の大半と関わりを持った人物である。1862年に彼が設立した神戸の海軍局からは、薩長同盟の立役者となった坂本龍馬と、後に外相となって条約改正に功のあった陸奥宗光が出ている。坂本龍馬は、姉への手紙に「今にては日本第一の人物勝麟太郎と云ふ人に弟子入り致し」と伝えた。1864年に勝に初めて会った西郷隆盛は、大久保利通への手紙に勝について「実に驚き入り候ふ人物にて、------どれだけ知略これあるやら知れぬ」と知らせた。このように見てくると、勝海舟がいかに大人物であったのかがよくわかる。世には、様々なかたちで必読書百冊なるものが出ている。しかし、そのいずれにも、この『氷川清話』を入れたものはない。しかし、勝海舟は、まさにラスト・サムライの一人であり、『氷川清話』は万人の必読書である。
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処世の秘訣は誠の一字。 勝海舟がそう言っているので奥が深いです。 また、相当、西郷さんを高く評価していることが感じられた。
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