知識人とは何か の商品レビュー
なにかこう、日本で政治的なものを語る時には、つねに政党の話がついてまわる。どこの党の支持者だとか、あの組織は何党と結びついているとか。こういった発想が、いかにくだらない、従属的思考放棄かを、サイードはつまびらかに述べているのである。自分で考えることのない彼らが頼りにしている、あの...
なにかこう、日本で政治的なものを語る時には、つねに政党の話がついてまわる。どこの党の支持者だとか、あの組織は何党と結びついているとか。こういった発想が、いかにくだらない、従属的思考放棄かを、サイードはつまびらかに述べているのである。自分で考えることのない彼らが頼りにしている、あの神々は、いつも失敗すると。
Posted by
パレスチナ系アメリカ人の著者が、1993年にイギリスBBCの教育番組、「リースレクチャー」で全六回に渡って放送された講義が書籍化され長く読み継がれた名著。 知識人とはその中心から外側、亡命者や移民、アマチュアリズムやマイノリティーとして権力など、できる限り遠くからその中心に向かっ...
パレスチナ系アメリカ人の著者が、1993年にイギリスBBCの教育番組、「リースレクチャー」で全六回に渡って放送された講義が書籍化され長く読み継がれた名著。 知識人とはその中心から外側、亡命者や移民、アマチュアリズムやマイノリティーとして権力など、できる限り遠くからその中心に向かって真実を絶やすことなく発信し続けるべきだと著者は語りかける。 個人的には丸山眞男を引用し、天皇制イデオロギーについての言及が正鵠を射ている箇所がグッときた。 代表作の「オリエンタリズム」も読まなければ!
Posted by
メモ→ https://x.com/nobushiromasaki/status/1896050068547125485?s=46&t=z75bb9jRqQkzTbvnO6hSdw
Posted by
著者のエドワード・W・サイードはアメリカ市民権を持つパレスチナ人である。社会のアウトサイダーとなり、体制に常に抵抗し続けることを知識人の使命とすることは、彼自身の生き方の肯定に他ならない。
Posted by
前知識なしで読み始めたが、背景を知らない自分にとってはところどころ堪えて読み進める部分はあった。ただ、最善を尽くして真実を積極的に表象するという知識人の姿勢は、自分ごとに置き換えてみると会社などでも言える事だなと感じた。
Posted by
エドワード・サイードの著作は、 『知識人とは何か』ぐらいしか、 読んだ事ないな。これは名著だし、書名を知っている人は沢山いる。 サイードが言う「知識人」とは、 「亡命者にして周辺的存在であり、またアマチュアであり、さらには権力に対して真実を語ろうとする言葉の使い手」と。 こん...
エドワード・サイードの著作は、 『知識人とは何か』ぐらいしか、 読んだ事ないな。これは名著だし、書名を知っている人は沢山いる。 サイードが言う「知識人」とは、 「亡命者にして周辺的存在であり、またアマチュアであり、さらには権力に対して真実を語ろうとする言葉の使い手」と。 こんな知識人、ムラ社会ニッポン では、まず見掛けない。 多く「知識人ムラ」の住人で、そのムラの掟に従って、御飯食べている人が、ほとんどだから。これに気付かない大衆がアホだから、始末におえない。 未だに、テレビや新聞が「存在している」異様さと同じ。本当は、8割ぐらいのマスコミは「必要ない」、社会の害悪。ただ、皆(私含めて)アホだから、気付かない。これは、なぜ一党が、ずっっと政権与党なのか?と同じ問題。 知識人の話しに戻る。 いくら「安全地帯」から、うまく世間に問題提起する「仕方」にこだわる人間ばかりで、自ら権力機構に、組み込まれる事に、躊躇しない。 実は、「知識人」ばかりじゃない「芸能人」や「芸人」もそう。 また、日本の伝統的な「宗教」も、政治権力に組み込まれて、チカラを失った事と、全く同じ。 サイードは、この著作で、神を厳しく否定している。神の存在を権威として、服従するのではなく、最善を尽くし、真実を積極的に追求する事が、語られている。 日本的なムラへの服従か、創造主へ自身を預けるか、そうではない在り方を希求している。ガンジーか!と思わせる。私には無理、だけど、ちょっとは、見習いたいものだ。
Posted by
論旨に確かな見晴らしのよさを感じる。だが、それは「わかりやすい」ことを必ずしも意味しない(少なくとも私にとっては)。知識人について専門知識を有する存在ではなくその知性をバネにフットワーク軽く動き、体制や硬直したマジョリティに楯突く存在をこそそう呼ぶのだと整理する。これは「使える」...
論旨に確かな見晴らしのよさを感じる。だが、それは「わかりやすい」ことを必ずしも意味しない(少なくとも私にとっては)。知識人について専門知識を有する存在ではなくその知性をバネにフットワーク軽く動き、体制や硬直したマジョリティに楯突く存在をこそそう呼ぶのだと整理する。これは「使える」本だと思う。私自身がまさにサイードの整理における(もちろんこんな言葉を彼は使わないが)「専門バカ」になっていないか、見つめ直すためにも。いくつか些末な次元での異論はあるが、その疑問はこの私が自らの内に引き込んで考え続けるべきものか
Posted by
学生時代ぶりに再読。講演なのでカチッとした構成ではないのだが,知識人のあるべき姿について著者の思いが伝わってくる。 「知識人とは亡命者にして周辺的存在であり,またアマチュアであり,権力に対して真実を語ろうとする言葉の使い手である。」 「知識人とは,けっして調停者でもなければコ...
学生時代ぶりに再読。講演なのでカチッとした構成ではないのだが,知識人のあるべき姿について著者の思いが伝わってくる。 「知識人とは亡命者にして周辺的存在であり,またアマチュアであり,権力に対して真実を語ろうとする言葉の使い手である。」 「知識人とは,けっして調停者でもなければコンセンサス形成者でもなく,批判的センスにすべてを賭ける人間である。」 「知識人がいだく希望とは,自分が世界に影響をおよぼすという希望ではなく,いつの日か,どこかで,誰かが,自分の書いたものを自分で書いたとおりに正確に読んでくれるだろうという希望なのだ」 「アマチュアリズムとは,専門家のように利益や褒賞によって動かされるのではなく,愛好精神と押さえがたい興味によって衝き動かされ,より大きな俯瞰図を手に入れたり,境界や障害を乗り越えてさまざまなつながりをつけたり,また,特定の専門分野に縛られずに専門職という制限から自由になって観念や価値を追求することをいう。」 「知識人の役割とは,国際社会全体によってすでに集団的に容認された文書である世界人権宣言に記されている行動基準と規範を,すべての事例にひとしく適用することなのである。」 「自分の書いたものが社会の中で活字になった瞬間,人は,政治的生活に参加したことになる。したがって,政治的になるのを好まないのなら,文章を書いたり,意見を述べたりしてはならないのである。」 「知識人の目的は,人間の自由と知識をひろげることである。」
Posted by
読み終えたぁぁ 途中知らない主義主張がたくさん出てきて心が折れかけましたが、あまり深入りせずに読み進めるのがおすすめかも(もちろん分かったほうがいいけど) 「知識人とは亡命者にして周辺的存在であり、またアマチュアであり、さらには権力に対して真実を語ろうとする言葉の使い手である」...
読み終えたぁぁ 途中知らない主義主張がたくさん出てきて心が折れかけましたが、あまり深入りせずに読み進めるのがおすすめかも(もちろん分かったほうがいいけど) 「知識人とは亡命者にして周辺的存在であり、またアマチュアであり、さらには権力に対して真実を語ろうとする言葉の使い手である」というサマリーが読む前と後で見える世界が変わってくるので、諦めずに読み切ってほしいです。 でも現実問題、できるかはちょっと難しいなと… 長いものに巻かれずに生きるには1人では心折れないのかと思ってしまった…どんなメンタリティがあれば維持できるのか?
Posted by
第4章の「専門家とアマチュア」が特に面白い。知識人の独創性や意志を脅かす要因として、専門分化や、政府機関等から与えられる特権や褒章などが挙げられている。 知識人が自らの志す考えをできる限り変節を経ずに突き詰めていくのであれば、孤独な「亡命者」となって、アマチュアとなるのが良いとの...
第4章の「専門家とアマチュア」が特に面白い。知識人の独創性や意志を脅かす要因として、専門分化や、政府機関等から与えられる特権や褒章などが挙げられている。 知識人が自らの志す考えをできる限り変節を経ずに突き詰めていくのであれば、孤独な「亡命者」となって、アマチュアとなるのが良いとの主張について、その通りだと思いつつ、自分だったらどうするだろうか、生活基盤を整えることを優先してしまうのではないか等考えてしまった。 サイードが言っているのは清貧を極めろということでは必ずしもない気がするが、知識人たろうとするなら、そのような覚悟は必要なんだろうと感じた。 5章はじめに出てくる専門用語癖の学生のちょっときたエピソードも面白い。 知識人が、孤独な亡命者でありつつも、安定的に表象や発信を続けていくためには実際何が必要なのかということが気になった。
Posted by
