環境リスク学 の商品レビュー
主に環境リスクについて論じた本。 でも、そのテーマより所々に見受けられる研究者としての矜持に感銘を受けた。 研究に対してどう取り組むべきかという信念が見える。 下水道の話など、専門ではない人が読んでも分かりやすく面白い。 もちろん、リスクとは何かどう評価するべきなのかについても...
主に環境リスクについて論じた本。 でも、そのテーマより所々に見受けられる研究者としての矜持に感銘を受けた。 研究に対してどう取り組むべきかという信念が見える。 下水道の話など、専門ではない人が読んでも分かりやすく面白い。 もちろん、リスクとは何かどう評価するべきなのかについても論じている。 環境だけではなく、ビジネスにもどうにか適用できないかと思う。
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初めは水特に上下水について始まり、BSEや環境ホルモンについて「リスク」について論じた本。 始めの上下水に関する項はちょっと専門的だけど、そのあとのリスクに関する考え方はありとあらゆる事に応用出来るし、応用すべき。 心に残った手法は リスクというものはそのものの及ぼす悪影響とそれが起こる確率で評価すべき。 逆問題として物事をとらえる。これがあったからこれが起きたと一義的に物事を決めつけるのではなく、これを引き起こした要素はなんだろうと考えていく。 それは膨大な仕事だけど、後から重大なミスはしない。 こうやって書くのは簡単だけど、世間一般は早く結論を出したがり、事なかれに走りがちだし、根拠の曖昧なわかりやすい風評に流れがち。 そんななか一人本質を追い求めた中西さんは科学者として素晴らしいだけでなく、人としても凄い勇気の持ち主だと思います。 このような世間に流されない批判的な思考及び問題に対する合理的なアプローチそして合理的または倫理的かつ行動可能な解決策を考え出すこと。 これは我々科学者、技術者が持たなくてはいけないもの。 忘れそうになるけど、忘れたらダメだね
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先日、うちのマンションに中学生が深夜忍び込み、屋上でたばこを吸っていたという事件があった。そのため、「二度とこんなことがないように」何十万か払って非常口を鉄扉で檻のように覆う工事をした。ほんとうに、それだけ払って見合うだけものだったのか……なかなか正解は見えにくい。いちマンショ...
先日、うちのマンションに中学生が深夜忍び込み、屋上でたばこを吸っていたという事件があった。そのため、「二度とこんなことがないように」何十万か払って非常口を鉄扉で檻のように覆う工事をした。ほんとうに、それだけ払って見合うだけものだったのか……なかなか正解は見えにくい。いちマンションのことならまだしも、環境全体にかかわることならなおさらだ。でも、その判断を助けてくれるものがある。それが「環境リスク学」だ。 「安全第一」という標語がある。でも、あれは「リスクをゼロにする」ということとしてとらえてはいけないんだという。どんなに安全そうに見えても、危険はゼロにはならない。必要なのは、費用と効果をにらみながら対策することだ、というしごくまっとうな考え方。ところが、「絶対安全と言えるか?」という脅迫や、「ゼロじゃない」ことに対する不安が、その「まっとうさ」を押しのけてしまう。たとえば、この本に載っていた例でいえば…… ・ダイオキシンの主役は、焼却炉ではなく、魚だった。 ・ダイオキシン類によるリスクは、受動喫煙による虚血性心疾患のリスクのおよそ1/100。 ・BSEのリスクを削減するために、全頭検査をするのは、ほぼ意味がない。 ……などなど。 ようするに、あれだけ騒いだ環境ホルモンも、まだ禁輸が続いているBSEも、まともな常識というより、「ヒステリー状態」で対策されているんだなぁということ。 この「環境リスク学」の考え方が、今後ますますまっとうな「常識」として考えられるようになると、すこしは世の中、ましになると思うんだが。 とにもかくにも。今年読んだ科学啓蒙書のなかで、いちばん刺激的で、いちばん意外な知識を得られて、いちばん読み物としておもしろかった。とくに第1章、この著者の「最終講義」は、痛快さと、人情と、教訓にあふれ、まるで講談のようなおもしろさ。ぜひご一読を。 (以上2004年に読んだあとのレビューを転載、でもいまでもかわらぬ名著です。)
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現代科学に依存した生活であれ自然の中での生活であれ、人は環境からのリスクとともに生きていかなくてはいけない。 3.11以降、みんなが原発の危険を意識するようになったわけだが、それだって存在するリスクにどう対応するかということに還元される。xx万ベクレルの放射性物質を検出xxミリシ...
現代科学に依存した生活であれ自然の中での生活であれ、人は環境からのリスクとともに生きていかなくてはいけない。 3.11以降、みんなが原発の危険を意識するようになったわけだが、それだって存在するリスクにどう対応するかということに還元される。xx万ベクレルの放射性物質を検出xxミリシーベルトの放射線を測定という情報に単純反応して怖がってるだけの危険厨も、その反応を笑う安全厨も、リスクときちんと向きあっていないという点においてさして違いはない。 リスクと付き合っていくためには、事象の機序を理解し、リスクを洗い出し、測定し、そして評価する、というごく当たり前で地味なプロセスの積み重ねしかない。そしてそれは調査し発信する側だけでなく、受け取る側においても求められる姿勢でもある。 とはいえ、震災後の原発をめぐる狂騒の多くは義務教育レベルでの知識すらほとんどの人には理解されていなかったことに起因するわけで、僕らがリスクと適切に向き合うための道のりはまだまだ遠い。
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リスク不安解消には制御すること。そのための羅針盤がリスク評価である。めざすはGPS。 環境を研究対象として扱うことは、政治だということ。
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普通の大学の研究は,社会との兼合いがそれほど強いものではない.でも,中西先生がやっているような環境,それも社会や人間に及ぼすリスクを考える,というテーマは,社会の短期的な損得に思いっきりぶつかる話である.だからこそ,本の中にあるように,国や会社や他の学者,マスコミなどと戦いながら,自分の信じるものを突き詰めてきた.その難しさは,同じカテゴリで仕事をしている自分にとって,想像もつかないものである.だからこそ,この本を読みながら,自分のやっていることがそれほど社会に影響を及ぼさないことを残念に思いつつも,心のどこかで安堵してしまう. この本は,環境のリスクということを知るにもよい本だけど,「研究をしていく」ということの意味を知るためにも読んで欲しい本である.それと,この出版には起こっていなかった福島の事故について,中西先生がどのように考えるのか,環境へのリスクをどう考え,どうアプローチするのだろうか.興味があるテーマだと思う.
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"私は、最初の勝負は数値の確かさだ、そこで生き残れるか否かが決まる、ということをこの経験で知りました。そして以後、データの正確さについては非常に神経質になりました。" "ファクト(事実)へのこだわり、これが私の三十五年に及ぶ大学での研究生活を...
"私は、最初の勝負は数値の確かさだ、そこで生き残れるか否かが決まる、ということをこの経験で知りました。そして以後、データの正確さについては非常に神経質になりました。" "ファクト(事実)へのこだわり、これが私の三十五年に及ぶ大学での研究生活を支えた背骨のようなものです。それはたぶん、言葉への不信感、言葉の無力さ、思想というものへの強い不信感か来ていると思います。" "日本の反対運動とか市民運動には、自分たちが治める場合どうするかという発想がないのです。お上に逆らえなかったという歴史的なものもあるとは思いますが、考え方を変えていかないといけないと思います。" "ここで重要なのは、自分たちで決定するということです。自分たちで決定しなければならないのだという意識、習慣、これまでの経験、そういうものが欠けていることが問題でしょう。" "生活の質を考える?それはいいことだ。生きている間も苦しいのだからと多くの方が言います。しかし、実は私はQOLの研究をすること、および、それを使ってリスク評価することを研究室の院生やCRESTの研究員に長い間禁止してきました。 (中略) QOLのようなあいまいな特性をいかに取り扱うかということは、これからのリスク研究の大きな課題の一つだと思います。ぜひ、いろいろな分野の研究者が入ってきてほしいところです。" "車はなぜ許されるの?携帯はなぜいいの?ユビキタスコンピューティングなんて、いいの?という問題はある。しかし、市民はずるいから、これらの商品の魅力が大きいためにリスクに今は言及しない、考えないことにしているだけであって、もう少し落ち着けば、問題は過去の分まで含めて出てくるのである。" 引用したい言葉がいっぱいwwww 中西さんパネェっすwwwww でも今まで生きてきて、もっとも思想に共感できる女性です。
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昨今特に目にする機会が増えた”リスク”という言葉。自分もなんとなく理解したつもりで使っているが、そもそもどういう意味を表す言葉なのだろうと思い、リスク学の分野で名著と言われている本書を手に取った。 2004年出版の本であるためデータとしてはやや古いものの、身近に存在するリスクの例...
昨今特に目にする機会が増えた”リスク”という言葉。自分もなんとなく理解したつもりで使っているが、そもそもどういう意味を表す言葉なのだろうと思い、リスク学の分野で名著と言われている本書を手に取った。 2004年出版の本であるためデータとしてはやや古いものの、身近に存在するリスクの例を挙げ、どのようにしてリスク評価を行うのかという具体例を示している。ここで挙げられているのは主に環境リスクだが、ビジネスにも応用できる考え方だと感じた。 著者のHPによると、現在放射性物質のリスクに関する著作を準備中のようだ。出版が実現すればぜひそちらも読んでみたいと思う。 図書館にて。
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なるほど。 池田信夫さんもブログで何度も言っていた。ハザードとリスクは違う。 リスク=ハザード×頻度 さらに、政治問題として環境改善を議論し行動する場合には、リスクの大きさよりもリスク削減のコストをいかに評価するかが重要だとする。そうだろう。本当の実務者として悩んできた人の言葉...
なるほど。 池田信夫さんもブログで何度も言っていた。ハザードとリスクは違う。 リスク=ハザード×頻度 さらに、政治問題として環境改善を議論し行動する場合には、リスクの大きさよりもリスク削減のコストをいかに評価するかが重要だとする。そうだろう。本当の実務者として悩んできた人の言葉だろう。 苛性ソーダの水銀法からの転換費用は、一件の知覚障害の患者をなくすために32.8億円だと。これだけの費用をかけるのであれば、たとえば大気汚染対策など他のリスク削減に資源配分すべきだと。 そうだったのか。 旧厚生労働省は、わが国のダイオキシンについての発生源を調べることもなく思い込みでゴミ焼却炉についての非常に厳しい規制値を作ったが、筆者は、ごみ焼却炉よりも、古い農薬に含まれていたPCP(ペンタクロロフェノール)にあったと指摘する。 同様に環境ホルモン問題も指弾し、「奪われし未来」をきっかけに環境庁が巻き起こしたから騒ぎであったと断罪するが、環境庁は何の総括も反省も否定もしていない。
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環境問題等に対して、「リスク」という観点をもって臨み、 リスクの削減とコストのバランスを図ろうという考え方は、 しごくまっとうなものだなと感じた。 ダム建設と水害リスクなどでも、最近はこうした評価が行われたりしている。 この本を読んだ後でも、原発事故後のある種の食品に対する、...
環境問題等に対して、「リスク」という観点をもって臨み、 リスクの削減とコストのバランスを図ろうという考え方は、 しごくまっとうなものだなと感じた。 ダム建設と水害リスクなどでも、最近はこうした評価が行われたりしている。 この本を読んだ後でも、原発事故後のある種の食品に対する、 個々人の反応がヒステリックなものだとは個人的には思いません。 (テレビや新聞でどうようの反応を煽ってもよいという意味ではないです。 こちらは、中西さんのようにファクトをもとに報道すべき立場にあると思います。) 理由は以下の通りです。 ・本で議論されてるのは社会のリスク/コストであること。 ・社会のリスクである以上、個人の選択自体は留保されていること。 ・(科学的と言われる)政策決定にも多分に"社会的"部分が存在すること。 ・中西さんがすべてのリスク評価を行っているわけではないこと。 (中西さん自身がリスクの発見の重要性を強調している。) ・牛肉の後だしから見ても、安全/危険(リスク多寡でもいいです)の判断は 現時点で正確なものには見えない。 例えば自分に子供がいたとして、社会の負うリスクを 自分の選択の結果自分の子供がおった場合、 おそらく自分は後悔するだろうと思います。 自分がそう考える以上、他の人の個人的な選択に 評価を下すのは間違っているような気がします。 大きな堤防を作ろうと思うほどの津波が来たことがあるならば、 (社会が津波に対して堤防で防ぐという選択をしたとしても) 大きな地震があれば逃げるという選択もあってしかるべきだと思います。
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