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日本の思想 の商品レビュー

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117件のお客様レビュー

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2018/01/03
  • ネタバレ

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〇要約(~71頁)  日本の民俗信仰である「神道」は、かねてよりその時代に有力な宗教と習合してその教義内容を埋めてきた。このような「神道の無限抱擁性と思想的雑居性」が相互に矛盾し得る哲学や宗教、学問等を平和共存させる思想的寛容の伝統の下に受け入れたため、新思想は無秩序に埋積され、近代日本の精神的雑居性は甚だしいものとなった。また、思想や価値観というのは、他からの刺激があって初めて自覚的で意識的なものとなるが、我が国ではかつてより他との関連の中で、自己を歴史的に位置づけるような思想に乏しかった(あったとしても断片的なものであった)ため、開国後西洋文化と対決することもなく、むしろ、自国の思想的伝統を曖昧なものにしたのである。  開国後近代化に伴い、日本では、近代社会の必須要請である機能的合理化(ヒエラルキーの成立)と家父長的あるいは情実的人間関係という相互に矛盾し合うバランスを上からの国体教育の注入と下からの共同体的心情の吸い上げによって調整していく統治技術が求められた。そして、上述ように、我が国の確固たる思想や精神が確立されないまま、近代天皇制が精神的機軸としてこの事態に対処しようとしたが、私たちの思想を実質的に整序する原理としてではなく、むしろ否定的な同質化(異端の排除)作用の面だけで強力に働いた。  すなわち、日本は、基底に共通した伝統的カルチュアのある社会ではなく、最初から専門的に分化した知識集団がそれぞれ閉鎖的な「タコ壺」をなす社会なのである。  とにかく難解。1度読んでも内容が理解できず、2度目に何が分からないかが分かり、3度目にようやく文章の論理や内容がところどころ理解できるようになるレベルであると感じた。普段用いない用語が多いこともあって、言葉を読めてもその具体的意味が頭に入ってこないことが一つの要因なのかもしれない。  日本では昔から、他との関連の中で、自己を歴史的に位置づける思想に乏しかったとあるが、その要因として、日本が海洋国であることや特に江戸時代には鎖国体制にあったことが考えられ、そのことが本書には記載されていないが、このようなことはおそらく当然の前提としているのであろう。  難解な文章ではあったが、「制度」と「精神」の関係(40頁周辺)は勉強になった。政治や経済の制度「それ自体は世界共通であっても、人間関係が介在した制度はすでにカルチュアによって個性的な差を帯びる」ため、何らかの制度を創設、分析する際には、制度における精神(制度下にある人々の精神)を含めた全体構造を検討する必要があるというのは、政策を立案する時には頭の片隅に置いておきたい事項といえるであろう。

Posted byブクログ

2017/12/16
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社会人大学院の先輩から借りた本。「近代に限らずそもそも日本に伝統的な思想は無かった」という大胆かつ核心を突く主張。ネタバレで申し訳ありませんが、一番刺さったのはこの言葉。「自由を祝福することはやさしい。それに比べて自由を擁護することは困難である。自由を市民が日々行使することはさらに困難である」 それにしても最近、考える頭がなまっている。難しかった。アウトプットしているとインプットしたくなるし、インプットしてるとアウトプットしたくなるし。話はそれるが、スピードVS精度とか、深さVS広さとか、バランス間隔大事やなと思う今日この頃。むしろ、どこに注力するかという勘。でもそれは、経験により研ぎ澄まされたもの…。修行あるのみ。

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2017/11/11

メモ P12 過去に「摂取」したものの中の何を「思い出」すかはその人間のパーソナリティ、教養目録、世代によって異なって来る。 Cf.P11小林秀雄は、歴史はつまるところ思い出だという考えをしばしばのべている。 P29~ 近代日本の機軸としての「国體」の創出。P40の森有礼との論...

メモ P12 過去に「摂取」したものの中の何を「思い出」すかはその人間のパーソナリティ、教養目録、世代によって異なって来る。 Cf.P11小林秀雄は、歴史はつまるところ思い出だという考えをしばしばのべている。 P29~ 近代日本の機軸としての「国體」の創出。P40の森有礼との論争を見ても分かるが、伊藤博文は傑物である。 P35 注釈 いまや忽ち五ヵ条の御誓文から八百万の神集いの「伝統」まで思い出されて~~ は、至言である。 文芸復興期 1934~37 文学主義vs科学主義←マルクス主義により始めて導入された。 また、同時期には1934年に天皇機関説問題、また世界的なファシズムの拡大などがあった。 ➡文化の危機という意識がかつてなく広い規模で知識人の間に広まった。 P154 権利の上にねむる者

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2017/07/21

西洋の神学派生による統一性のある学問と日本の蛸壺式学問の違いは理解しておいて損はない。 まぁ、学問によらず様々な分野にこれは当てはまるだろう。 日本人とはやっぱり猿なんだよ。

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2017/02/07

難しかった。内容は全く頭に入ってない。 予備知識がたくさん必要そう。 日本語自体もむずめ。 読むのに時間かかりそうだし速読した。 また大人になってから読もう。

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2017/01/08
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前半の二編は論文調で後半の二編は講演調であり、わかりづらい前半を我慢して読み進めると、後半で一息に面白くなった印象がある。日本人の特殊な精神構造を分析した本で、簡単に要約すれば、以下のようになるに違いない。著者のいう「ささら型(共通の伝統から専門に細分化する形)」として思想が発展してきた西欧に比べ、日本は「蛸壺型(没交渉なものが乱立する形)」と言える。というのも、日本が開国し、西欧に追いつくために盛んに西欧の思想や知識を吸収した際に、日本には西欧にあるような確固とした精神的支柱とも呼べるような思想なりが欠如していた。古来からの儒教的思想や仏教、神道的な思想は西欧のもつキリスト教を背後にする思想に比べると弱く、外と内でのせめぎ合いが生じることはなかった。そのため、日本人は外からのものを無批判に受け入れてしまった。戦時中となると、ここに「國體」が創設され、今まで日本人が持っていなかった精神的支柱のようなものが急ごしらえされ、これをもって日本人の思想的統一が試みられた。そしてこのことが日本の戦時中の悲劇を生んだひとつの原因となった。戦後、天皇を頂点とする「國體」が解体されたことで、再び日本人は奇妙な思想的状態にある。そこには古く江戸時代から続く、家柄などでひとを評価する「である」型の思想と、一方で、行動に価値を置く「する」型への思想への発展が混在している。また、共通の思想的流れを持ち合わせないところに、すでに専門化されたものを外から受け入れたため、多くの「蛸壺」を作る結果となり、日本の社会では、学問の世界や企業などにおいても、横のつながりが弱い特徴をもつ。

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2017/01/04

・日本の思想は、いつでも何かの外来文化を骨格として受け入れ、自らはその周縁で生き続けるというある種巧いやり方で生き延びてきた。これに近いものは、河合隼雄の中空構造の日本の深層でも紹介されている。 ・日本の学問は、タコつぼ型で、ヨーロッパ的学問のように根幹がない。そのため、どこかで...

・日本の思想は、いつでも何かの外来文化を骨格として受け入れ、自らはその周縁で生き続けるというある種巧いやり方で生き延びてきた。これに近いものは、河合隼雄の中空構造の日本の深層でも紹介されている。 ・日本の学問は、タコつぼ型で、ヨーロッパ的学問のように根幹がない。そのため、どこかで自分の学問が別の分野とつながっているという意識が弱いと語られている。専門化、セクショナリズム化して、内輪ネタの応酬になりやすいのはそのためで、大学生として、様々な学問に触れてその根幹とやらを掬い取ってみたいと大学1年生ながらに野心を持つきっかけを作ってくれた本である。

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2016/11/27

キリスト教と共産主義が、日本では「一貫性のある思想だから」という同じ理由で排除されたという分析は面白いと思った。「日本人は寛容である」という主張はよく聞かれる。それは一面では正しい気もするが、そう言い切れるものなのか常々疑問に感じている。

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2016/09/04

寝る前のフォトリーディング。前半は論文で、後半は講演をまとめた者だそうだ。評判では「であること、すること」の章が良かった。前半は分かりづらくて不評であった。フォトリーディングではなにも感じ取ることはできなかった。 高速リーディング。 ササラ型文化とタコつぼ型文化。ササラは竹のさ...

寝る前のフォトリーディング。前半は論文で、後半は講演をまとめた者だそうだ。評判では「であること、すること」の章が良かった。前半は分かりづらくて不評であった。フォトリーディングではなにも感じ取ることはできなかった。 高速リーディング。 ササラ型文化とタコつぼ型文化。ササラは竹のささらで元が一つ。西洋はギリシャローマの歴史が根底。日本は何事も蛸壺化する。タコツボではリーダーは自分が被害者の意識を持ち、劣等意識の中で物事を対処。官僚組織がその例。彼らが自分中心に行動するのは、自分たちが巨大な組織で支配者であることを意識できず、常に被害者で自己防衛的な対処をするゆえ。 「である」ことと「する」ことについてはさほど理解ができなかった。

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2016/07/09

何とか読み終わったという感じだ。よく言われるように彼の主張は多少違和感を持つところもあるが、今なお色褪せない部分も多い。だがそれを読むと理解仕切れない。だからどうにかして読めたという感覚が強い。今後改めてこの作品を読むのか、読まないのか。読まないならそれは面倒くさいからか、それと...

何とか読み終わったという感じだ。よく言われるように彼の主張は多少違和感を持つところもあるが、今なお色褪せない部分も多い。だがそれを読むと理解仕切れない。だからどうにかして読めたという感覚が強い。今後改めてこの作品を読むのか、読まないのか。読まないならそれは面倒くさいからか、それとも彼の考えが古臭くなったからか、それが問題だ。

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