新編 東洋的な見方 の商品レビュー
本書のエッセイでは西…
本書のエッセイでは西洋文明に対する批判と東洋思想の中にそれを乗り越えるものがあるとする鈴木大拙の主張が解りやすく述べられています。この主張には疑問を感じますが東洋思想入門としては良いかも知れません。
文庫OFF
東洋的な思想(特に仏教、禅)についての著者のエッセイ・コラムを集成した一冊。 仏教の知識がないと十分な理解が難しい。 西洋的な見方(考え方)と東洋的な見方とを分け、前者は二分性的・相対的な思考、後者は「不二性」的な思考だとする。 ただし、一方のみが優れているという趣旨ではない。...
東洋的な思想(特に仏教、禅)についての著者のエッセイ・コラムを集成した一冊。 仏教の知識がないと十分な理解が難しい。 西洋的な見方(考え方)と東洋的な見方とを分け、前者は二分性的・相対的な思考、後者は「不二性」的な思考だとする。 ただし、一方のみが優れているという趣旨ではない。 「東洋思想の不二性」(166頁)、「物の見方――東洋と西洋」(286頁)あたりが特に思想が表れている部分か。
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今月の岩波文庫青。そして激ムズ。 禅については、達磨が座っているイメージしかなかったが、言葉で説明するような類のものではないということだけが、読み終わって体にしみ込んだ。 人生経験を積めば、何が書かれているのかを理解できるようになるのか、それともこのような、まさに禅問答のような読書体験を続けると、いつか体得できるようになるのでしょうか。
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新編東洋的な見方 著:鈴木 大拙 編:上田 閑照 岩波文庫 青323-2 本書を貫いている考えとは、世界にとって失われてはならない東洋の「よきもの」とは何かである 西洋には、二元論しかないが、東洋には、二元論を包み込む考えがある、相対するものをも包容する超越した世界である ...
新編東洋的な見方 著:鈴木 大拙 編:上田 閑照 岩波文庫 青323-2 本書を貫いている考えとは、世界にとって失われてはならない東洋の「よきもの」とは何かである 西洋には、二元論しかないが、東洋には、二元論を包み込む考えがある、相対するものをも包容する超越した世界である 気になったのは、以下です。 Ⅰ 西洋は父性、東洋は母性 父は力と律法とで統御する 母は無条件の愛でなくもかも包容する 善いとか悪いとかいわぬ。いずれも併呑して、「改めず、あやうからず」 東洋的見方のうちで、もっとも特徴ありと認むべきは禅である 「色即是空、空即是色」、色は有形、空は無形、それで有が無で、無が有だという、これが般若の立場である 東洋では霊性的美の欠けたものを、ほんとうの美とは見ないのである マリアも観音様も母性の象徴である 東洋では観音さんは、三十三どころではない、無数の化身に現じて到るところに人間と万物の救済に従事ておられる マリアのように、天界に登ってしまって、神から宝冠を戴くということにはなっていない 平常心これ道なり 周辺のない円相、これを無心といい、また無念夢想などともいう 束縛の四面 なにかの制約から離れたいとする これ第一段 師匠につくなり、自分で考えたりして、何か知解覚悟があったとする、これ第二段 知解に執着してこれがわかったとする、これが禍いして本来の自由を束縛する、これ第三段 この執着からまた離脱し、本当の自由、本当の自主性を体得する、これ第四段 物の真相に入るには、言葉の上で片づけないで、体得しなければならない、知見、しなくてはならない 移りゆく時間、そのほかに永遠はない、永遠は、絶対の今である 身も消えて 心も消えて わたる世は つるぎの上も さはらざりけり 心こそ 心迷はす 心なれ 心に心 心ゆるすな うきものと おもひながらも さりとても 身にばからるる 心なりけり 心だに 誠の道に かなひなば 祈らずとても 神やまもらむ おそろしき うきよのなかを そのままに 仏はものに さはらざりけり 科学では、あるいは哲学でも、この「わかったような、わからぬもの」を無視していく 言葉に囚われるな 無限大の円、仏教では、これを空という Ⅱ 平常心是道 これを、「疲れては眠り、飢えては食う」という やわらぎは、一種の触覚でもある。やわらぎは生の感覚である、生命は柔らかなものに宿る やわらぎということが、日本人全体の性格ではないかと思うのである 仏教の根本義は、自分とその環境とを一つものに見るこである 草木は言うまでもなく、石や土までも、生きものになるのである 近頃の日本人は、欧米思想の跡を追いかけて、自然を征服するとか、克服したとかいうが、これほど馬鹿げたことはない 自然の征服などということは東洋ではいわぬことだ 「他力には、自力もなし、他力もなし」というのは、矛盾したように見えるが、この他力は、いわば絶対他力である 仏性は大智にして大悲、大悲にして大智だ 七十にして心の欲する所に従うて、矩をこえず 生きながら 死人となりて なりはてて 思ふがままに するわざぞよき 生きて死んでいるとは、どんな人をいうのか。 それは生死を超越した人間ということである Ⅲ 自分の心に動くことを表現するに躊躇するな 大人物だといわれている人でも、自分の心の中にあるもの以上に、何ものをも持っているのではない 目次 Ⅰ 東洋文化の根柢にあるもの 東洋的見方 東洋「哲学」について 禅と漢文学 東西雑感 自由・空・只今 このままということ 妙 現代世界と禅の精神 創造の自由―『荘子』の一節 「自由」の意味 時間と永遠 刹那と永遠 日本人の感傷性 日本人の心 東洋思想の不ニ性 Ⅱ 東洋の心 人ー東洋の主体性 無位の真人 機心ということ 日本再発見 やわらぎ 石 「詩」の世界を見るべし 自力と他力 安心ー禅と念仏 「任せ切る」むずかしさ 老人と小児性 Ⅲ 明治の精神と自由 物の見方―東洋と西洋 宗教的体験 世界律 補注 鈴木大拙における「東洋的な見方」(上田閑照) ISBN:9784003332320 出版社:岩波書店 判型:文庫 ページ数:350ページ 定価:1050円(本体) 1997年04月16日第1刷発行 2002年12月25日第11刷発行
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メモ→https://x.com/nobushiromasaki/status/1841252557362258193
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本屋で目に付き深く考えずに購入しました。本書は鈴木大拙氏が最晩年に書いたエッセイ集ということで、短い論考がたくさん集まっていますが、最晩年に書かれたこともあって、著者の思想の集大成とも言える本でした。そして非常に示唆に富む興味深い本でした。禅だけではなく老子、孔子なども参照しなが...
本屋で目に付き深く考えずに購入しました。本書は鈴木大拙氏が最晩年に書いたエッセイ集ということで、短い論考がたくさん集まっていますが、最晩年に書かれたこともあって、著者の思想の集大成とも言える本でした。そして非常に示唆に富む興味深い本でした。禅だけではなく老子、孔子なども参照しながら、さらにキリスト教や欧米の詩人、作家などにも言及しつつ、「東洋的な見方」とは何かについて論じています。 本書でたびたび登場する最も重要な主張は、「東洋は分別される前の未分の状態に関心が高いのに対して、西洋は分別すること、分別された後のことに関心が高い」というものでしょう。私はこの言葉を読んで、人間における受精卵とそれが分化した内胚葉(消化器系)、外肺葉(神経系、感覚器)、中胚葉(筋肉、骨、血液)のイメージを持ちました。前者が「未分」の状態で、後者が「分別」された状態だからです。あるいは物理学の量子でたとえると、「量子重ね合わせ」の状態が「未分」で、0か1かに確定した状態が「分別」された状態とも言える気がしました。 そして西洋が得意な「分別」は、対立や紛争を引き起こす元であると同時に、科学を発展させてきた存在でもあるわけです。そして著者曰く、未分と分別どちらか一つだけではダメだというわけです。つまり、分別だけだと、どこまでも細分化していったところで解決できず、最後は精神病に陥る(これが西洋起源の近代社会の病気の源)。逆に東洋のように未分のままだけだと論理も合理性もない感情論的な議論に陥るからです。つまり理想は「分別しつつ分別するな」ということになります。逆に言えば、未分であることを体解しつつ分別するならよい、ということで、禅および仏教全般に話が及ぶわけです。 仏教には無と有、自力と他力、色と空など一見すると分別したかのような概念が登場しますが、般若心経でも繰り返し述べられているように、実は二分されていない絶対的な(未分の)無や空があるというわけです。色と空という二分を超越した絶対的な「空」で、著者はこの空の定義を「ゼロ=無限大」と呼びます。これは弁証法によるジンテーゼ=統合とも違います。そもそも分別されていない未分の状態を指しているからです。私自身は、この「ゼロ=無限大」を理解するにあたっては、著者が本書で解説する「如今鑑覚(にょこんかんがく)」という言葉が役に立ちました。この言葉は、「いま=ここ」という瞬間が無限の可能性を秘めていること、つまり空だが無限の可能性を秘めているというわけです。 そして著者は、西洋的な分別一辺倒の世界に明るい未来はない、そこに東洋的な思想を注入していくことで、よりより未来が開けていく、それに日本人は貢献していってほしいと願いを込めておられました。本書の中には難しいエッセイも含まれていますが、かなりやさしく書かれているものも多数ありますので、多くの日本人の目に触れてほしい本だと思いました。
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鈴木大拙の思想を集めたエッセイ集。 テーマは主として西洋と東洋の思想、ものの見方の対比という面白いテーマを扱う。 とは言え、内容は結構難解。 正直、半分程度しか理解できなかった。。 それとも、そもそも不立文字といわれる仏教の神髄を書物で追いかけることがそもそも無理があるのだろう...
鈴木大拙の思想を集めたエッセイ集。 テーマは主として西洋と東洋の思想、ものの見方の対比という面白いテーマを扱う。 とは言え、内容は結構難解。 正直、半分程度しか理解できなかった。。 それとも、そもそも不立文字といわれる仏教の神髄を書物で追いかけることがそもそも無理があるのだろうか。 我々日本人の思考のルーツや欧米との違いを言語表現する上ではとても良い本だと思う。
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禅を修めた人の心持ちを知りたくて、この本を読み始めました。やっぱりよくわからないけれど。不思議と、読み耽っていました。
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禅文化を主軸とした仏教学者の鈴木大拙が、西洋における物の見方と対比して東洋ではどのように世界を認知するのかを、様々な角度から考察した晩年のエッセイ集。 強引に一度読み終えてみたが、多分2%くらいしか理解出来ていない。 端的に言えば、西洋では「主観と客観」「天と人」「自分と世界...
禅文化を主軸とした仏教学者の鈴木大拙が、西洋における物の見方と対比して東洋ではどのように世界を認知するのかを、様々な角度から考察した晩年のエッセイ集。 強引に一度読み終えてみたが、多分2%くらいしか理解出来ていない。 端的に言えば、西洋では「主観と客観」「天と人」「自分と世界」と二元化した状態、境界を引き、世界を分けることで「分かろう」とする。対して、東洋では「目の前の世界とお前とは何が違うのか?同じ世界だろう」と、自分を客観視することすら許さず、いわゆる禅問答の先に世界を見る。 世界を合理化するためには二元化は必須であり、元々その視点を持っていた西洋は資本主義社会において抜きん出た。 東洋を研究しつつ、西洋にも長く住み西洋人の結婚した大拙は、どちらがよいと言うことなく、その視点の融和が可能であることを自身の中に見い出した。 クライミング中に眼前の岩壁以外が意識から消えた時、あの世界と溶け合うような感覚。これが限りなく禅の思想に近いのではないか。 禅の心は円相で描かれるが、これは「全てが世界であり、その流れである」という感覚の表れと解釈する。 会社では合理的に振る舞うが、週末は山に籠り不合理に過ごす自分を省みても、両者の視点は融和可能に感じる。 常々、信念を持つが柔軟な人間で在りたいと考えているが、ここにもその融和を見いだせそうだ。 お盆に金沢旅行した時、鈴木大拙記念館の存在を教えてもらった縁でこうして東洋思想に触れる機会を得たのだけど、自分が山に、世界に何を求めているのかを理解するきっかけを掴んだような気がする。 まだまだ山に籠って考えて、数年後にでも読み返してみたいと思う。
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おもしろい。禅とはなにか、東洋思想と西洋思想の違いは。 エッセーの形をとっており、ときおり垣間見られるユーモアも楽しい。 著者の伝えたいことを理解できたかといえば、怪しいものだ。西洋というものは明暗、正義と悪、などはっきりとさせるが、東洋思想もしくは禅においては、混沌としたまま受...
おもしろい。禅とはなにか、東洋思想と西洋思想の違いは。 エッセーの形をとっており、ときおり垣間見られるユーモアも楽しい。 著者の伝えたいことを理解できたかといえば、怪しいものだ。西洋というものは明暗、正義と悪、などはっきりとさせるが、東洋思想もしくは禅においては、混沌としたまま受け入れる、という理解でいいのだろうか。 読んでいて、わかったような気になったが、本当はわかっていないのだとも思う。
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