地獄の季節 の商品レビュー
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詩集の題名は『 UNE SAISON EN ENFER 』で、直訳すると『地獄時代』になる。「普仏戦争・ランボーが熱狂的に応援した革命政府(パリ・コミューン)の崩壊・ヴェルレーヌとの地獄の旅」を体験したランボーの青春は確かに「地獄時代」かもしれない。ただ、フランス語の「SAISON」には英語と同じく「季節」という意味があり、「比喩」と見て『地獄の季節』という題名でも問題ないと思う。 ランボーは自筆原稿・本の多くを燃やし、小林秀雄が『飾画』と訳した『イリュミナシオン』はランボーが「燃やさずに残した詩を未完成のまま編集した詩集」だった。 このためランボーの詩のテキスト整理に時間がかかり、『地獄の季節』の「gargouilles (怪獣の形をした屋根の雨水落とし・屋根を流れる雨水を受けて、地上や下水道に導くための樋)」を「蛇口」と訳すなど、少し誤訳がある。しかし、これはランボーの責任であり、小林秀雄の不運だったと弁護しておく。 『イリュミナシオン』の原稿が最悪で、「二つの詩が一つの詩に見える・韻文詩が散文詩に見える」という代物だった。こうした悪条件の中で、ランボーの翻訳に取り組んだ小林秀雄の努力は評価すべきだと思う。 ちなみに「『Fairy』と『戦』は一つの詩だった」という説もあり、「ランボーのフランス語テキスト」がまた、変更される可能性もあり。
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16でこれを書いた驚きもあるけど、16じゃなきゃ書けないというほうがしっくりくる。鮮烈と成熟の奇跡的な共存。 もうひとつ言わなければと思うのが、俺はやはりこの小林秀雄訳の岩波文庫版じゃなければ半減すると思ってる。
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いろんな翻訳家のものがありますが、やはり小林秀雄のが、サイコウ。 16歳で詩を書き始め、19歳で筆を折る、何と小憎らしい詩人でしょう。 でも、やっぱりスゴイなあ 。
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人情的なもの感傷的なもの或は形而上学的なものそういうものが織り成す雰囲気さなぞに一顧も與へていない。と訳者の小林秀雄は言う。それがゆえ、逆に、詩そのものよりもランボウ個人の思考へと興味が移ってしまうのか。とにかく自分の無知を露呈された。 ランボウはこれを19歳で書き上げた。こん...
人情的なもの感傷的なもの或は形而上学的なものそういうものが織り成す雰囲気さなぞに一顧も與へていない。と訳者の小林秀雄は言う。それがゆえ、逆に、詩そのものよりもランボウ個人の思考へと興味が移ってしまうのか。とにかく自分の無知を露呈された。 ランボウはこれを19歳で書き上げた。こんな19歳が今も世界中にいると思うと恐ろしい。翻訳は専門の人のほうがいいのではないか。小林秀雄の訳には作家としての欲が見え隠れする。
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ランボーの代表作。 夜明け、より引用/ 「俺は彼女の途轍もなく大きな肉体を、仄かに感じた。夜明けと子供とは、木立の下に落ちた。 目を覚ませ、もう真昼だ。」
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まるで、走馬灯の中に佇んでいるような感覚だ。その激しい流れの中で、様々な感情、情景、景色が躍っている。それは、一種の夢の世界か。いや、いってみればそれは狂乱だ。しかも、決してそれに惑わされている様子はない。幽かに見える芯は、とても閑静としている。その源はなんだろうか。激しい感受性...
まるで、走馬灯の中に佇んでいるような感覚だ。その激しい流れの中で、様々な感情、情景、景色が躍っている。それは、一種の夢の世界か。いや、いってみればそれは狂乱だ。しかも、決してそれに惑わされている様子はない。幽かに見える芯は、とても閑静としている。その源はなんだろうか。激しい感受性の暴発の中で、静かに時間の中を泳いでいる、もう一人のランボーが居るようでならない。それは、静かにニヒルな微笑みを浮かべ、言葉を紡ぎ続けている。
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二十歳の夏、海外を旅している時に『二十歳のエチュード』を読んだ。日本で読んだときは意味不明だったが、滞在先の180度異なる文化の間で疲弊していた自分にとってどこか胸を打つものがあった。それでもほとんど意味は分からなかったのだけれども。 原口統三 二十歳のエチュード 一切の芸術を捨てた後に、僕に残された仕事は、人生そのものを芸術とすること、だった―旧満州(新京・大連)に育ち、昭和19年、第一高等学校文科丙類に進んだ原口は、ランボーに憧れ、詩の世界を希求し、自己の内面をノートに書き綴った。昭和21年逗子海岸にて入水自殺、享年19歳。(アマゾンより) そんな原口統三が最も影響を受けたのがランボーであり、地獄の季節であった。 あらすじ 16歳にして第一級の詩をうみだし、数年のうちに他の文学者の一生にも比すべき文学的燃焼をなしとげて彗星のごとく消え去った詩人ランボオ(1854‐91)。ヴェルレーヌが「非凡な心理的自伝」と評した散文詩『地獄の季節』は彼が文学にたたきつけた絶縁状であり、若き天才の圧縮された文学的生涯のすべてがここに結晶している。(アマゾンより) ランボーを読んでみた正直な感想として、よくわからんかった。 原文で読んでいないためか、または詩的センスがないためか、読み手である自分の環境のせいか。 いろいろ理由はありそうだけれども、とにかくランボーの問題意識や感覚にどんどんと置いてけぼりにされていくような気がした。 なので内容に関する説明は割愛。 何が書かれているのかほとんど理解できなかったので、途中から声に出して読んでみることにしてみた。そうすると幾分かは頭に入ってくるようになった。 詩は理解するものではなく、感じるものである。と開き直り、印象に残った箇所を抜粋。 「科学。新貴族。進歩。世界は進む。なぜ逆戻りはいけないのだろう」 「強気にしろ、弱気にしろ、貴様がそうしている、それが貴様の強みじゃないか」 「まあいい、思いつく限りの仮面はかぶってやる」 「恋愛というものは、承知だろうが、でっち上げるものなんだ」 「ああ、遂に、幸福だ、理智だ、俺は天から青空を取り除いた。青空などは暗いのだ」 「俺の精神よ、気をつけろ。過激な救いにくみするな、鍛錬を積む事だ」
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散文詩集「地獄の季節」「飾画(イリュミナシオン)」の カップリング。 大学生のとき、通学電車の中で貪り読んだのを思い出す。
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小林秀雄訳。現在進行形で苦戦中の本です。おそろしいことに、苦戦が終わる日は永遠に来ないかもしれません。ランボオは18歳でこれを書き、原稿のほとんどを自宅の暖炉で燃やした挙句、あっさりと詩そのものを捨てました。 言葉の錬金術。眩暈をも定着する狂気。 Elle est retrou...
小林秀雄訳。現在進行形で苦戦中の本です。おそろしいことに、苦戦が終わる日は永遠に来ないかもしれません。ランボオは18歳でこれを書き、原稿のほとんどを自宅の暖炉で燃やした挙句、あっさりと詩そのものを捨てました。 言葉の錬金術。眩暈をも定着する狂気。 Elle est retrouvée. Quoi? ― L'Éternité. C'est la mer allée Avec le soleil.
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たかだか16,7歳の「ガキ」にこんな詩を書かれたら、もはやそんじょそこらの詩人はお手上げだろう。ヴェルレーヌをも魅了したランボオのこの一節は、ヌーベルヴァーグの旗手ゴダールの「気狂いピエロ」にも出てくるが、あまりにも強烈だ。
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