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欲望と抑制のあいだで の商品レビュー

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2011/03/04

 「看板に偽りあり。」読み進めて行くにつれてこの言葉が思い浮かんでしかたがない。タイトルと、表紙の写真―イタリアの彫刻家ベルニーニによる「福者ルドヴィカ・アルベルトーニ」の彫像―に惹かれて手に取った。  原題は「Derire and Denial」 直訳すると「欲望と抑制」である...

 「看板に偽りあり。」読み進めて行くにつれてこの言葉が思い浮かんでしかたがない。タイトルと、表紙の写真―イタリアの彫刻家ベルニーニによる「福者ルドヴィカ・アルベルトーニ」の彫像―に惹かれて手に取った。  原題は「Derire and Denial」 直訳すると「欲望と抑制」である。「はざまに」の意はない。副題に至っては、「背徳の修道者たちの記録」とあるが、ここに登場する修道者たちのどこが背徳なのだろうか。  彼らはごくまじめに、己の性欲と愛欲に向き合い、それを克服すべく格闘し、ある者は勝利し、ある者は敗北し、ある者は妥協点を見いだし、そのなかでも宗教に対する忠誠を忘れはしない。彼らは「救世主」への愛に満ちているのだ。繰り返し言う。これのどこが「背徳」なのか。  本文に語られているように、ローマ・カトリック教会の聖職者は減り続けており、その原因のひとつに独身制があるという。ここに出てくる修道者たちは、その独身制に挑んだひとたちである。  「独身制」はイエス本人が提唱したものではない。後世の聖職者が後付けしたものだ。修道者たちはイエスへの愛を誓いながら、イエス以外のものが取り付けたしがらみに苦しんでいる。それはいったいなんの為なのか? その一方で聖職者による性的虐待が深刻であるという。その歪みの是正は誰が行うのか? 改革をなし得る、高位にたつ聖職者は独身制に従って己を律してきた。それへの誇り、苛烈な努力を続けた過去を彼らは捨て去ることができるのか?  他宗教のものにしてみたらどうでもいいことなのかもしれないが。  しかしながら、扇情的なタイトルと装丁はなんとかならなかったのだろうか。

Posted byブクログ