ミラノ霧の風景 の商品レビュー
1990年刊、60歳を過ぎての衝撃のデビュー作。もとは年2回発行の「SPAZIO」(日本オリベッティ)に連載分+αの12篇。5年をかけた執筆、練りに練られている。 東京のある冬の夜、霧が出ている。その匂いを嗅いだら、あ、この匂い、ミラノの霧の匂い。そこから追憶が始まる。ミラノ、ヴ...
1990年刊、60歳を過ぎての衝撃のデビュー作。もとは年2回発行の「SPAZIO」(日本オリベッティ)に連載分+αの12篇。5年をかけた執筆、練りに練られている。 東京のある冬の夜、霧が出ている。その匂いを嗅いだら、あ、この匂い、ミラノの霧の匂い。そこから追憶が始まる。ミラノ、ヴェネツィア、ローマ、ジェノア、ブリアンツァ、ペルージャ、トリノ、フィレンツェ、トリエステ。 「きらめく海のトリエステ」は、トリエステの詩人ウンベルト・サバのこと。亡夫ペッピーノとサバを重ね合わせる。職業も趣味もたぶん性格もよく似ていた。それにペッピーノはトリエステのことをよく話していた。そのうち、ふたりで行ってみよう。でも、それは叶わなかった。(須賀の「トリエステの坂道」や『イタリアの詩人たち』中の「ウンベルト・サバ」と合わせ読むと、味わいがぐんと増す。)
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同著者の『コルシア書店の仲間たち』をずいぶん前に読んだ。 読書なので当たり前と言えば当たり前なのですが、部屋を静かにして読んでいたくなる文章なのですよね。
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あとがきからわかった、須賀さんの生活に裏打ちされたイタリアの記録。さまざまな人との出会いをベースに描かれた、数々の別れ。 住み、そこで生活していただけに、その内容は地続きのもので解像度も高い。ミラノの霧の濃さ、ナポリ・ヴェスヴィオス火山の逸話、ヴェネチアに感じるもの、大聖堂の記...
あとがきからわかった、須賀さんの生活に裏打ちされたイタリアの記録。さまざまな人との出会いをベースに描かれた、数々の別れ。 住み、そこで生活していただけに、その内容は地続きのもので解像度も高い。ミラノの霧の濃さ、ナポリ・ヴェスヴィオス火山の逸話、ヴェネチアに感じるもの、大聖堂の記憶など、自分もそこに住んで味わってみれたなら、と思うことが多い。 しかしその分、連想的に話が飛ぶこと(回想が入ったり、本や人の紹介が入ったり)が多く、イタリアには旅行程度の表層的知識しかない自分には急に現地の話を聞くには少し追いつけず、何の話だっけ・これはどこの地名だっけ・この人は誰だっけ、と手繰りながらだった。外国人と話をするときのようななんとなくそんな雰囲気だろうか。 …そうは書いたものの、独特のヨーロッパの静けさ、冷たさ、(自分が志している建築に通ずる)湿ったときの空気感(ストックホルムの森の聖堂の写真を見て、国は違えど須賀さんの文章を思い出した)があり、もう一度読みたいな、となる本だった。 是非須賀さんの他の物語や訳した本を読んでみて、文章に溶け込んでみたい。
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米原真理の推薦本である。ミラノの塔が最初と最後に出てくる。ミラノだけではなく、ローマ、ヴェニス、などイタリアの多くを文学の人間関係だけでなく知り合いを通して説明している。1985年と40年以上前の出版であるが、イタリアという国を十分に説明している。観光のイメージばかりを考えている...
米原真理の推薦本である。ミラノの塔が最初と最後に出てくる。ミラノだけではなく、ローマ、ヴェニス、などイタリアの多くを文学の人間関係だけでなく知り合いを通して説明している。1985年と40年以上前の出版であるが、イタリアという国を十分に説明している。観光のイメージばかりを考えている観光局は猛省すべき本としてあげられる。 イタリアに行く前にこの本を読むべしであろう。
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人は回復期に何を読むのだろうか? ヴァランダーも脳裏に浮かんだが、今回は須賀敦子さんにした。 歳をとるほどに、街には悲しみが満ちて来る。 それは霧のようにたちこめ、ほかには何も見えなくなってしまう。/ 【ホームの待合室のようなところに、男の看護人に付添われて出てきたガッティ...
人は回復期に何を読むのだろうか? ヴァランダーも脳裏に浮かんだが、今回は須賀敦子さんにした。 歳をとるほどに、街には悲しみが満ちて来る。 それは霧のようにたちこめ、ほかには何も見えなくなってしまう。/ 【ホームの待合室のようなところに、男の看護人に付添われて出てきたガッティは、思いがけなくさっぱりとした顔をしていた。年齢を跳びこえてしまった、それは不思議なあかるさに満ちた顔だった。私の知っていた、どこかおずおずとしたところのある、憂鬱な彼の表情はもうどこにもなかった。山ほど笑い話の蓄えをもっていて、みんなを楽しませてくれたガッティも、(略)その表情のどこにも読みとれなかった。私を案内してくれた友人が次々とポケットから出すキャンディーを、ガッティはひとつひとつ、(略)うれしそうにほうばり、なんの曇りもない、淡い灰色の目でじっと私を見つめた。(略)夫を亡くして現実を直視できなくなっていた私を、睡眠薬をのむよりは、喪失の時間を人間らしく誠実に悲しんで生きるべきだ、と私をきつくいましめたガッティは、もうそこにいなかった。彼のはてしないあかるさに、もはや私をいらいらさせないガッティに、私はうちのめされた。】(「ガッティの背中」)】/ 須賀さんがミラノを離れて帰国した訳が、何となく分かったような気がした。 この本を選んだのは、須賀さんの悲しみに惹かれたのかも知れない。/ ナタリア・ギンズブルグの『マンゾーニ家の人々』を翻訳中の話: 【多くの人物や事件が、この波瀾に富んだ物語を織りなす中で、私がとくに不思議な親近感と感動を覚えて読んだのが、文豪マンゾーニの次男のエンリコという人物だった。幼くして母親をうしない、寄宿学校に送られ、やっと卒業して家に帰ると、父親にはあたらしい妻がいる。わがままな継母から彼をまもってくれるはずの祖母は、年老いて往時の権力を全面的に失っている。そんな薄幸の少年時代にもかかわらず、やがて彼は富裕な家のやさしい娘を妻として、彼女の持参金であるブリアンツァの領地にある宏壮な邸に暮らすことになる。 ー中略ー しかし、エンリコとその美しい妻には、決定的なひとつの短所があった。どちらも現実に対処するすべを、まったく欠いていたのである。】(「さくらんぼと運河とブリアンツァ」)/ 馬鹿息子の登場である。これは、会員の端くれとしては必ずや読まねばなるまい。 【どうしたのだろう、と私は動揺した。もしかしたら、大聖堂ではなくて、他の教会だったのだろうか。どこかで記憶がずれてしまったのだろうか。それともアントニオが間違っていたのだろうか。 ー中略ー いや、と私は考えた。これでいいのだ。私にとってのルッカの大聖堂は、やはりあの朝、アントニオとバスの窓から見た、霧の中にまぼろしのように現われたロマネスクのファサードでいい。あれが、アントニオと私のルッカだ、と。 「ルッカだ、大聖堂だよ」という、かすれ声でささやかれた言葉と、霧の中に忽然と現われたロマネスクの白いファサード、そして柩のうえにおかれたエニシダの花束を思い出に残して、アントニオは、物語がおわると消えてしまう映画の人物のように、遠い国の遠い時間の人になってしまった。】(「アントニオの大聖堂」)/ 須賀さんを読んでいると、僕の霧の中にも、懐かしい人の忘れ難い姿が立ち現れて来る。
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霧の中、助手席のドア開けてまで白線確認して運転してるのが印象深い。イタリアの人なかなかワイルドというか適当なのか
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
著者のイタリア滞在時の思い出を綴ったエッセイ集。いいところも悪いところも含めての個性と伝統を大切にするイタリア人の気持ちが感じられる本でした♪ 決していい子ちゃんな感じでは無くどちらかと言うとドライな感じの人だと思うのですが、文章全体が温かみのある感じでそのギャップも良かった☆話題がコロコロ脱線するところも何というか女性らしい感じで、少し前はそういうのが嫌いだったりもしましたが(笑)、「これはこれで良いかもな」と思わせてくれる作品でした。
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知人に勧められて読んだ。 神戸出身ですよと。 こんなすごい方を全く知らなかった自分に(ノ∀`*)ペチ 文章が美しい。 自分を押し出すのではなく霧に隠れているような しっとりとした美しさ。 翻訳で鍛えられたものなのでしょうね。 そして凛としたしなやかな前を向く姿勢 デビュー...
知人に勧められて読んだ。 神戸出身ですよと。 こんなすごい方を全く知らなかった自分に(ノ∀`*)ペチ 文章が美しい。 自分を押し出すのではなく霧に隠れているような しっとりとした美しさ。 翻訳で鍛えられたものなのでしょうね。 そして凛としたしなやかな前を向く姿勢 デビュー作だそうですが 遅きに失しましたがまた読んでいきたいです。 ≪ ひそやかな ため息の灰 その中に ≫
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文豪たちの作品をイタリア語に翻訳してきたというキャリアをきいても想像のつく、うつくしく迂遠な文章でつづられたエッセイ。 名家にうまれ、生涯の仕事をみつけ、伴侶を得、親にも友人にも恵まれた、才能のある上質なシニョーラの人生、夫の死までドラマチックにかんじるほどのうらやましい人生が...
文豪たちの作品をイタリア語に翻訳してきたというキャリアをきいても想像のつく、うつくしく迂遠な文章でつづられたエッセイ。 名家にうまれ、生涯の仕事をみつけ、伴侶を得、親にも友人にも恵まれた、才能のある上質なシニョーラの人生、夫の死までドラマチックにかんじるほどのうらやましい人生がみっちりとつまっている。 文学に関する箇所は、素養のないわたしには正直言って重く、『とっておきのフィレンツェ』と交互に読んでいいかんじでした。
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大学時代、比較文化論の教授か、感度の高い友人に勧められて読んだのが最初だったように思う。当時はイタリアの地名にも人名にも馴染めず、理解の助けとなるはずの歴史や文学の教養もなく、かろうじて頭に残ったのは、「サバ」という詩人の名前くらいだった。 今回再読してみて、この美しい小説のよ...
大学時代、比較文化論の教授か、感度の高い友人に勧められて読んだのが最初だったように思う。当時はイタリアの地名にも人名にも馴染めず、理解の助けとなるはずの歴史や文学の教養もなく、かろうじて頭に残ったのは、「サバ」という詩人の名前くらいだった。 今回再読してみて、この美しい小説のような、映画のような物語が、ひとりの女性の人生の追憶だということに改めて驚く。須賀敦子さんがイタリアで暮らし始めた年齢は、いまの私の年齢とそう変わらない。30歳前後という、「大人」になることを否が応でも覚悟していく年代から、意を決して異国に移住し、新しい言語や街の空気を飲み込んで自分のものにして、身体ごと異文化に馴染んでいく経験ができることがとても羨ましく、同時に、どれだけ不安だったのだろうか、どれだけわくわくしたのだろうかーと、同年代の友人の生き方を見るように、思いを馳せることができた。 もちろん楽しいことばかりではなくてーご主人が若くして急逝されたことは言うまでもなくーかつての友人や心を捧げた活動もゆっくりとかたちを変え、衰退し、いつのまにか人生から姿を消してしまう。もし、須賀さんが30代、40代でイタリアについて書いていたら、全く違う作品になっていたのではないだろうか。もしかしたら瑞々しい別の魅力があったのかもしれない。しかし、全てが夢のように通り過ぎて、生々しい喜びも痛みも自分自身の「物語」として受け入れ、隠されていた「運命」に気づき、日本で霧を見ながら思いを馳せるイタリアだからこそ、こんなにも美しく、哀しいのだと思う。円熟、というのは、まさにこの人のためにある言葉なのだな、と思った。
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