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サバルタンは語ることができるか の商品レビュー

3.7

16件のお客様レビュー

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2025/05/28

20世紀後半における、ポストコロニアル論の名作とでも言い得るような一冊。とりわけ、デリダやドゥルーズといった、脱構築の思想家たちの理論が応用されており、そこらの周辺知識に乏しい私からすると、難解な書と感じてしまった。しかし、マイノリティ研究における様々な論文や書物で引用されている...

20世紀後半における、ポストコロニアル論の名作とでも言い得るような一冊。とりわけ、デリダやドゥルーズといった、脱構築の思想家たちの理論が応用されており、そこらの周辺知識に乏しい私からすると、難解な書と感じてしまった。しかし、マイノリティ研究における様々な論文や書物で引用されているように、スピヴァクが提唱したサバルタン理論は、表彰に関する問題では避けては通れないほど重要なものであろう。グラムシやグハらを筆頭に展開されてきたサバルタン研究だが、スピヴァクの功績としては、やはりサバルタンを社会構造にアクセスできない人と見なした点にあると感じる。サバルタン概念をそのように拡張することで、社会構造を脱構築、あるいは、社会構造へと問題意識を向け、サバルタン性を帯びている人たちの可視化へとつなげる契機を生み出したのではないだろうか。とはいえ、数年後もう一度読んでみたい。更なる気づきがありそう。

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2025/04/14

https://opac.lib.hiroshima-u.ac.jp/webopac/BB01300516

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2025/03/05

めちゃくちゃ難しかった フーコーはともかく、ドゥルーズはほぼ知らなかったので序盤が特にしんどかった かろうじて終盤と解説とでギリギリの理解をした気がする 表象=代表の作用がサバルタンそのものにも大きな影響を与えてしまうってことだよな??

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2024/05/31

スピヴァクは、本書の中で西洋哲学を批判し、例えば、フーコーとドゥルーズの対話を参照し、そこに毛沢東主義という言葉が浮いている(はたらきがない)ことを見出す。彼女の危機意識は、アジアを透明で具体的な中味を消し去られた存在にしてしまいかねないと思っているところにある。そして彼女がデリ...

スピヴァクは、本書の中で西洋哲学を批判し、例えば、フーコーとドゥルーズの対話を参照し、そこに毛沢東主義という言葉が浮いている(はたらきがない)ことを見出す。彼女の危機意識は、アジアを透明で具体的な中味を消し去られた存在にしてしまいかねないと思っているところにある。そして彼女がデリダから受け継いだ二項対立の揺さぶりを、インドの女性という点にスポットを当てて、語ることのできない女性の主体の語りへと対象を移していき、そうした抑圧された存在=サバルタンは語ることができない、しかし語るのだ、という結論へと帰結する。この本の良いところは、そこからすぐに自分たちの問題について繋げて考えられるところだ。例えば私は日本人だが、カナダに行くと、そこの英語圏の人たちから見ればマイノリティかもしれない。しかし場所を変えて急に中国に行ったとしたら、日本語を喋れる私がマイノリティなことは変わらないが、中国語を喋れる多数派の人の意見もそこにはある。しかし、急に立場が逆転し、日本で私が働くときには、中国語ネイティブや英語ネイティブの人たちは、むしろマイノリティになってしまうかもしれない。そうした中で、果たして抑圧されてしまう少数派の声とは何か。そういったことを考えさせられる、想像力を掻き立てられる本だった。

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2023/04/21

メモ→ https://twitter.com/nobushiromasaki/status/1649357808826191873?s=46&t=z75bb9jRqQkzTbvnO6hSdw

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2022/06/17

分からんなりに読み通しはした。被抑圧的社会集団の言動を記述するとき、支配者側は自分の文脈に入れて理解してしまうので、サバルタンは語ることができないっていう話?

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2017/04/30

ポストコロニアル批評関係をざっと流し読みをするなかで、どうもサイードの「オリエンタリズム」とあわせて、必読書らしい本書を読んでみる。 Q. サバルタンは語ることができるか? A. できない。 という内容なのだが、そもそも「サバルタンって、何?」という状態なんだから、困...

ポストコロニアル批評関係をざっと流し読みをするなかで、どうもサイードの「オリエンタリズム」とあわせて、必読書らしい本書を読んでみる。 Q. サバルタンは語ることができるか? A. できない。 という内容なのだが、そもそも「サバルタンって、何?」という状態なんだから、困ってしまう。著者は、インド系なので、サバルタンって、インドの部族の名前?とか、思ったのだが、被抑圧民という感じのマルクス系用語のようだ??? 著者は、マルクスとデリダを踏まえつつ、まずは、フーコーとドゥルーズを、「国際的な分業における抑圧みたいな概念がない。一見、西洋中心主義の主体を批判していそうで、それはやっぱり自己正統化なのだ」という感じで、徹底的に批判する。 うーん、どっちもどっちじゃないのー?なんだかよく分からない。 が、それなりに刺激的な議論にはなっているかな? で、面白かったのは、そういう理論篇の部分より、インドの寡婦が亡夫といっしょに火葬される習慣についての分析で、デリダ的な言説の分析のさえを見せる。 それにしても、こういうやたら難しい議論していて、それこそ「サバルタンにとって意味あるの」と言いたくなるが、そういうディスクールこそ、著者が脱構築しようとしているものなんだろなー。 あまり分かったわけではないし、理解した部分も賛成できるわけではないが、いろいろなことについて、考えさせる刺激に満ちた本である、とは言える。

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2013/03/10

最初の方の哲学的な考察は難しいが、後の方は具体的な話も出てくるので少しは読みやすくなります。「開発学」を勉強するならレヴィストロースやサイードなどと共に避けて通れない一冊だと思います。

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2013/01/22

サバルタンは語ることができるか?という本書の問いかけはその着眼点に関してはすごく良い。実際に弱者を代弁する所作がますます弱者を抑圧する構造は身の回りで非常によく散見される。しかし、そのような壮大なテーマを掲げておきながら、フーコーとドゥルーズの議論にせよ、サティ―に関する議論にせ...

サバルタンは語ることができるか?という本書の問いかけはその着眼点に関してはすごく良い。実際に弱者を代弁する所作がますます弱者を抑圧する構造は身の回りで非常によく散見される。しかし、そのような壮大なテーマを掲げておきながら、フーコーとドゥルーズの議論にせよ、サティ―に関する議論にせよ、まず具体的な議論のテーマがサバルタンに対する議論に比して狭小で辺鄙なものにすぎないと思うし、なにより内容が本書の厚さのように薄すぎ、決してサバルタンは語ることができないという結論について説得力を持って迫ってはいないのではないだろうか。

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2011/07/03
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

『だまされない議論力』吉岡友治 の巻末の読書案内に出ていたもの。そのうち読む予定。-「」メディアと知識権力の関係を扱った基本論文。ただし訳はどうか」

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