日本人と日本文化 改版 の商品レビュー
『日本人と日本文化』は、日本文化に深い理解を持つ司馬遼太郎とドナルド・キーンによる対談集である。日本の歴史・文化・価値観について、幅広い話題を縦横に語り合う本書は、単なる知識ではなく、歴史の背後にある「人の姿」や「文化の根」を感じ取ることができる点に魅力がある。 これまで歴史上の...
『日本人と日本文化』は、日本文化に深い理解を持つ司馬遼太郎とドナルド・キーンによる対談集である。日本の歴史・文化・価値観について、幅広い話題を縦横に語り合う本書は、単なる知識ではなく、歴史の背後にある「人の姿」や「文化の根」を感じ取ることができる点に魅力がある。 これまで歴史上の外国人の名前や逸話は知っていたつもりだったが、本書を通して、その人物たちの人生観・葛藤・日本との距離感などが具体的に立ち上がり、歴史がより立体的に見える体験となった。 ● 外国人が日本社会に溶け込みにくいという独自性 本書で特に印象に残ったのは、外国人が日本に大きく貢献したとしても、社会の中に恒常的に居続けることが難しいという指摘である。他国では、功績を残した外国人がその土地に根づき、歴史的存在として定着していく例が多い。しかし、日本ではその“余韻”や“功労”が時間とともに薄まり、外国人が長く居座る文化土壌になりにくいという見方は、日本社会の持つ“閉じつつも礼を尽くす構造”を象徴しており、非常に新鮮だった。 ● 日本の戦い方と裏切りの文化 また、戦争・戦いにおける日本らしさとして語られる「裏切りで決着がつく」という指摘も衝撃的であった。 世界史では武力衝突や大規模な決戦で勝敗が分かれるイメージが強いが、日本史では、内部の寝返りや策略によって戦局が大きく変わる例が多い。これは日本の政治文化や人間関係の特徴と結びつく独自の要素であり、改めて日本史の読み方を振り返るきっかけとなった。 ● 対談だからこそ見える“人の温度” 一般の読者の感想としても多いが、対談形式は単なる文化論ではなく、 個人的な視点 雑談のような軽妙さ 相手の意見に触発されて生まれる思考の深まり があり、「知識が生きて動く瞬間」が感じられる点が高く評価されている。 司馬遼太郎の歴史観とキーンの比較文化的視点が互いを照らし、読者にとっても“二人の思考を旅する”体験になる。 本書は、日本文化を理解するための“答え”を与えるものではなく、むしろ日本という国を外側と内側の両方から捉え直す視点を与えてくれる。その結果、読者は日本人として当たり前だと思っていた価値観の背景を考え、自国の文化を再認識する貴重な機会となる。 特に、外国人が日本社会に根づきにくい文化的構造 戦いにおける「裏切り」という日本特有の特徴 といった指摘は、現代社会にも通じる深い示唆がある。 歴史や文化を“人”の物語として捉え直せる点で、本書は知識のための読書というより、視野を広げ、価値観を揺さぶる読書と言える。 司馬遼太郎とドナルド・キーンという二人の巨人の言葉を通して、日本人とは何か、日本文化とは何かを改めて考えさせられる一冊であった。
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真珠湾攻撃は倭寇と同様、戦争ゼンタイに対する戦術・戦略がない 日本の戦争は概して倭寇状態(白村江の戦い、秀吉の朝鮮出兵) 日露戦争だけが例外 チェンバレンは日本語学の祖 江戸時代の文学は男性が書いた趣;普遍性に乏しい 日本人が仏教を信じているかは司馬らの時代でも疑問;仏教の律まで...
真珠湾攻撃は倭寇と同様、戦争ゼンタイに対する戦術・戦略がない 日本の戦争は概して倭寇状態(白村江の戦い、秀吉の朝鮮出兵) 日露戦争だけが例外 チェンバレンは日本語学の祖 江戸時代の文学は男性が書いた趣;普遍性に乏しい 日本人が仏教を信じているかは司馬らの時代でも疑問;仏教の律までは取り入れていない。原始神道が元来なのだろうが、神道は死後を無と考えるので 救われようがない。死ぬ直前はなむあみだぶつっで極楽浄土へ 本居宣長らの神道は形式主義過ぎて不自然
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ドナルド・キーンと司馬遼太郎の対談から自国日本の美しさを再発見できた。美しくも儚く侘び寂びのある日本の良さを広めてくれた対談者の2人に感謝すると同時に、影と光のコントラストが織りなすような対談に没入できるような一冊だった。
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日本人の美意識は、やはり侘び寂びのような儚さがあるとより日本的な美を感じる。 儚さとは、粗末さ。完璧ではない感じ。 それはどこから生まれるのか。 p.86のアラブの美意識のところで、日本人も時間の経過による変化、自然に晒されて、出来上がった様を重要視しているのか? 『自然さ』が大...
日本人の美意識は、やはり侘び寂びのような儚さがあるとより日本的な美を感じる。 儚さとは、粗末さ。完璧ではない感じ。 それはどこから生まれるのか。 p.86のアラブの美意識のところで、日本人も時間の経過による変化、自然に晒されて、出来上がった様を重要視しているのか? 『自然さ』が大切な要素→日本が昔から神道で、自然を重んじてきた要素が関係しているのかな。 自然の豊かさ、怖さを昔から感じているが故? 方丈記などそういった天災に関する書物からもそう感じる。
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ドナルド・キーン氏の本を何冊か読み進める中で本書に出会いました。対談形式と言うこともあって、あっという間に読めます。日本文化をいくつかのテーマで扱っていて、司馬遼太郎氏がメインで議論をリードするときもあれば、キーン氏がメインで議論を進める場面もあります。常に同じ意見を持っているわ...
ドナルド・キーン氏の本を何冊か読み進める中で本書に出会いました。対談形式と言うこともあって、あっという間に読めます。日本文化をいくつかのテーマで扱っていて、司馬遼太郎氏がメインで議論をリードするときもあれば、キーン氏がメインで議論を進める場面もあります。常に同じ意見を持っているわけでもなく、例えば儒教が日本人に及ぼした影響については、司馬氏は小さいと結論づけている反面、キーン氏は極めて大きいと主張するなど、意見が対立してそれはそれで第三者の読者としては面白いです。 日本史および日本文学の知識が乏しい私でも、議論の論点とその展開は読んでいて興味深かったので、同じような読者の方々も心配いらないでしょう。例えば、色々な日本文学を男性的(=ますらおぶり)、女性的(=たおやめぶり)に分類した上で、実は日本人(日本語)は本質的に「たおやめぶり」ではないか、という論理展開や、豊臣秀吉や足利義満の時代のように日本が世界に開かれていた時は日本は「金の世界」で、足利義政や徳川幕府時代のようにどちらかというと閉ざしている時は日本が「銀の世界」になる、というような話は大変興味深かったです。むしろ本書は日本文学や日本史、宗教などの専門家が読むとかなり大胆な論説が書かれていてびっくりするのかもしれませんが、私はお二人の歯に衣着せぬトーンがとても気に入りました(私は○○が嫌いだ、というようなこともたくさん書いてある)。
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ドナルドキーンの弁が立ち過ぎて素晴らしい。度々司馬遼太郎が論破されているのが読んでいて面白い。日本人という国民性を、時代ごとの背景・宗教観で切っていく。平安と江戸で大分メンタリティも変わっているとのこと。
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今は亡き碩学の対談。儒教の受容についてのやり取りが熱い。キーンさんの分析に説得力がありますが、司馬さんの日本人は根っこに原始的神道があるという指摘にも共感します。キーンさんは、近松門左衛門の作品には外国人に理解できない特殊な道徳感があり普遍化できない、また、人物造形が似ていて差異...
今は亡き碩学の対談。儒教の受容についてのやり取りが熱い。キーンさんの分析に説得力がありますが、司馬さんの日本人は根っこに原始的神道があるという指摘にも共感します。キーンさんは、近松門左衛門の作品には外国人に理解できない特殊な道徳感があり普遍化できない、また、人物造形が似ていて差異を認め難いといいます。ここは司馬さんに何か言って欲しいところでした。論点のすれ違いも多く、もとより結論の出る話ではありませんが、気づきは多いし故人を偲びながら読み終えました。
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最後の日本らしいものを残そうとする動き、それを不安に思う気持ちはいらない、自然にしていれば残っているものが日本らしく感じられるのだからと読み取れる箇所が良かった。
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1970年代初頭での平城宮跡、銀閣寺、適塾(緒方洪庵の蘭学塾)を舞台に、料理屋(料亭)で酒などを飲み交わしながら『日本人と日本文化』をテーマに、司馬遼太郎☓ドナルド・キーンとの対談の記録。金閣寺と銀閣寺の室町文化、忠義と裏切の日本文化、幕府におべっかの限りを尽くされた日光東照宮の...
1970年代初頭での平城宮跡、銀閣寺、適塾(緒方洪庵の蘭学塾)を舞台に、料理屋(料亭)で酒などを飲み交わしながら『日本人と日本文化』をテーマに、司馬遼太郎☓ドナルド・キーンとの対談の記録。金閣寺と銀閣寺の室町文化、忠義と裏切の日本文化、幕府におべっかの限りを尽くされた日光東照宮の美意識、武士文化の上方と町人文化の江戸の違い、幕府の隠密<間宮林蔵>を信用したシーボルトの大災難、親鸞が唱えた「悪人正機説」を悪を奨励する不愉快な思想と捉えたGHQの情報将校など、興味をそそられる話題が満載。
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司馬遼太郎 ドナルドキーン 日本人や日本文化についての対談。つくづく 日本は 面白い国だなーと思う 日本人のモラルは 儒教か、神道かについて、結論の違いがあっても 落とし所を探さず、論理構成をたどることで一部共通性が見えるところが面白い。キーン氏の方が一般市民的な感覚に近いよ...
司馬遼太郎 ドナルドキーン 日本人や日本文化についての対談。つくづく 日本は 面白い国だなーと思う 日本人のモラルは 儒教か、神道かについて、結論の違いがあっても 落とし所を探さず、論理構成をたどることで一部共通性が見えるところが面白い。キーン氏の方が一般市民的な感覚に近いように思う 日本が島国であることを理由として、日本人の対外意識(外国文化に対する愛と憎、受容と抵抗の意識)の強さを指摘している。大陸には見られないらしい 司馬氏の「日本人は たおやめぶり(女性的)な民族」という指摘は 他の指摘〜日本人は 政治能力より美意識を優先する。言葉と肚の中の考えが違う〜と併せて読むと なるほどと思う 双方とも 東山文化に日本文化の特殊性を見出しているにも関わらず、東山文化の中心人物である足利義政に対する評価が逆転であることが面白い。キーン氏の評価がなぜここまで低いのか、著作を読んでみたい
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