ピアニシモ の商品レビュー
オススメ
第13回『すばる文学賞』受賞作品。転校ばかり繰り返すうちに、人に対して期待することも人と触れ合うことも諦め、殻に籠もるようになった少年の物語だ。著者の小説デビュー作だが、この頃から鮮烈な情景描写が光っている。
TKS
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この小説からは平成の空気を感じた。 本書の初版年は1990年(平成2年)。昭和を引きずりながら、失われた30年が幕を開けた年だ。 時系列を追えば、本書から感ずるべきは昭和の空気感なのだろうが、そうではなかった。 私のイメージする昭和は「24時間働けますか」に始まり、「熱血」「粉骨砕身」「汗水垂らす」といった高度経済成長の雰囲気にある。 一方で、平成は「退廃」「暗澹」「陰湿」といったような、活気がなくダラダラと消費してきた時代というイメージでいる。 そういう偏見をもとに、本書からは平成の空気を感じとった。 もしかすると、私のイメージする平成は昭和末期から始まっていたのかもしれないし、本書が時代を先取りしていたのかもしれない。(無論、私のイメージがそもそも的外れの可能性も多分にある) 前置きが長くなったが、つまり何を言いたいかというと、筆者は退廃的で腐った社会の描写がとても上手い。 本来、正しい方向に向けられるはずの若者のエネルギーがイジメに向けられていたり、トオルと同じ境遇にいるはずのサキは退屈しのぎに電話をしていただけだったり。 昭和風に表現するのであれば「精神の堕落」とでも言うような陰鬱としたシーンがたびたび登場していた。 もちろん、昭和にイジメがなかったかと言われるとそんなことはないだろうし、昭和が正しい、平成が正しい、あるいは令和が正しいといったこともない。 ただ、平成年間を、生育環境に恵まれなかった子供の目線で見直してみるというのは、一興ではないだろうか。 そこに反省点があったとするならば、それは令和で変えていけばいいはずだ。
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父親の転勤に伴って転校を繰り返す主人公の氏家透は、小学校では9回、中学校では4回、学校を変わっています。いつも、テニスコート付きのマンションや部屋数の多い戸建てに住み裕福な生活を送っていますが、実情は、父は時を選ばす迎えに来る黒塗りの車で仕事に出かけて不在がちで、専業主婦の母は自動車会社のポスターのモデルをしていたくらい美しかったのに今は新興宗教にのめり込んでいます。父を「あの人」と呼びほとんど顔を合わさず、母を「あんた」と呼び罵倒する生活ですが、いったん学校に行くと居場所がなく、空想の友達「ヒカル」と一緒でないと不安で仕方のない毎日です。 新しい学校で壮絶ないじめにあい不登校になった彼ですが、そんな時、父親が突然団地の屋上から投身自殺をします。混乱の中、彼は、心の拠り所であったNTTの伝言ダイヤルで知り合ったサキという17歳と会う約束をしますが、彼女が嘘で塗り固められた虚像であったことを知ります。彼は、自身の成長の機会の訪れを知り、ヒカリを含む全てと決別し、新たな一歩を踏み出す決意をします。 すばる文学賞受賞作。帯に「『ピアニシモ』はよくわかる文章であった。」とありますが、日本語として、アウトラインとしては明確でしたが、私自身としては深く読み込むには難しかったです。設定も、現実味がありそうでありながら、-少なくとも私には―パターン化された社会の闇のように見えました。ただ、文章は研ぎ澄まされて美しく、冒頭「ざらついた空気が、もう何カ月も蒸発することのない腐りかけた日陰の水たまりのように、長く古い廊下の先まで充満していた。」の一文に、一気にその世界に引き込まれました。最後も、暗い情景を的確に描写しながらも一筋の光を感じさせる、余韻を残した繊細な文章で、そちらには味わいを感じることができました。
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少年から大人へ。 自分の弱さや不運な境遇を認めることは怖いこと。でもそれを乗り越えないと次の景色は見られない。受け止めるとか理解するとかそんな高度なことはもうちょっと大人になってからでいいから、とりあえずどうにでもなれ!と吹っ切れてみるのもアリかもしれない。 結局は自分との戦いな...
少年から大人へ。 自分の弱さや不運な境遇を認めることは怖いこと。でもそれを乗り越えないと次の景色は見られない。受け止めるとか理解するとかそんな高度なことはもうちょっと大人になってからでいいから、とりあえずどうにでもなれ!と吹っ切れてみるのもアリかもしれない。 結局は自分との戦いなんだな。
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前回読んだ「海辺のカフカ」の主人公「カフカ」は15歳で、自分の弱さゆえにもう一人の自分「カラスと呼ばれる少年」を創り出した。 が、昔これとそっくりな小説があったのを思い出した。 主人公の年齢も、“もう一人の自分”という設定も同じだが、着地地点が全然違うなぁと思ったので、再読です。 『ピアニシモ』 辻仁成 (集英社文庫) 主人公の氏家透は中学三年生。 父親の転勤で転校を繰り返す“転校ジプシー”である。 転校するたびクラスに馴染めず孤立をし、どんどん自分の殻に閉じこもっていった。 彼は「ヒカル」という存在を創りだし、常に行動をともにすることで、何とかこの世界を泳いでいけた。 新しい学校で透はいじめにあう。 無感情で無表情なクラスメイトたち。 クラスの波長に常に神経を集中させていなければ生きていくことができない統一国家のような集団。 この集団のバランスを保つためには常に生贄が必要であり、当然のように透がその標的となった。 透の家は機能不全家庭である。 何か月も顔を見ない父親、ヒステリックなぐらい息子を溺愛し、新興宗教にのめり込む母親。 父親のことを「あの人」と言い、母親を「あんた」と呼ぶ。 月々の小遣いは銀行に振り込まれ、テーブルの上のごはんは千円札に変わった。 そして「ヒカル」の存在。 自分にだけ見えるもう一人の自分。 父から逃げ、母をいびり、ヒカルとともに世の中の秩序に石を投げる。 「うるせえな。死にてえのかよ、ババア。」 「ニュースでやっていたように、バットでぶっ殺してやろうか?」 成長の過程、というにはあまりにも苦しい道を、親子共々歩いているように見える。 でも、不謹慎を承知で言うと、正直私はここまで親に気持ちをぶつけられるこの子がちょっと羨ましいなと思う。 後半、透がヒカルに「消えろ」というくだりがある。 乱闘事件を起こし、サキに裏切られ、雨の中、棒切れを振り回し喚き散らす。 ヒカルめがけて何度も襲いかかる。 「消えろ、消えろ、消えろ」 そしてヒカルは消えた。 それが、一人の少年が大人になった瞬間だった。 「カフカ」と「透」、「カラスと呼ばれる少年」と「ヒカル」。 違いは何なのだろう。 「海辺のカフカ」も「ピアニシモ」も同じ思春期の少年の成長譚なのだが、「ピアニシモ」を読むと「海辺のカフカ」が綺麗に見える。 「海辺のカフカ」はカフカの成長した姿が見えず、結果が出ないままフェイドアウトしている。 一方、これが作者の処女作だという理由もあるが、「ピアニシモ」はものすごく荒っぽい。 怪我をしまくって、血を流しまくって、地べたを這いずって、やっと雨上がりを迎える。 居眠りをする母にカーディガンを掛けてやり、傷だらけの手でその背中にそっと触る透の姿は、これまでハラハラして読み進んできた読者をホッとさせる。 本当によかった。 でも、電話ボックスは壊しちゃいかんと思うぞ。 それから野良犬も殴っちゃだめだよ。 ところで最近、同作者の「ピアニシモ・ピアニシモ」という本が出たのだが、それの紹介文の、出版社か何かの宣伝文句を見て唖然とした。 「デビュー作『ピアニシモ』から17年、あの透とヒカルが帰ってきました」 「透とヒカルの愛の冒険」 ぬぁ・ん・じゃ・そりゃーーー!!! 内容は、 「地下に出現したもう一つの中学校に潜む得体の知れない殺人者と闘う」 とかそんなんらしい。 どう考えても続編じゃないよね。 いや、闇の殺人者と闘うのはいいわよ。そういう小説があっても別にいいんだけどさ。 それがわざわざ「透とヒカル」である必要があるのか? 読んでいないので何とも言えないけれど、透とヒカルはそのままそっとしておいてほしかった気がするなぁ。 わがままかなぁ。
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高校の時に辻仁成にどはまった。なんでだっけ?と思って、改めて手に取ったけど、今の私にはその理由は思い出せなかった。それはさておき。イマジナリーフレンドのヒカルを頼りになんとか生き続ける少年・透。転校生で故郷もなければ、幼馴染もいなくて、学校は監獄。世界はねずみ色でドン底。希望も光...
高校の時に辻仁成にどはまった。なんでだっけ?と思って、改めて手に取ったけど、今の私にはその理由は思い出せなかった。それはさておき。イマジナリーフレンドのヒカルを頼りになんとか生き続ける少年・透。転校生で故郷もなければ、幼馴染もいなくて、学校は監獄。世界はねずみ色でドン底。希望も光もなく、どうしようもない中で唯一の楽しみは電話の向こうの彼女の存在。半端に賢くて、半端にバカは生きるの辛いよな。僕だけの友達はちっとも救いにならない。赤川次郎のふたり、花のあすか組、風葬の教室が頭を過ぎる。
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僕が作り出したヒカル君と過ごす青年の話し。子供から自立した大人への境目の苛立ち、孤独などの感情を紡ぐ言葉表現が素晴らしかった。あとがきによると、辻さんの処女作らしい。 最後、いろいろなものから解き放たれる部分の疾走感がすごかった。こういった場面は他の小説でもみることがあるが、暴力に走ったり、明るい光に吸い込まれたり。同じ壁を超える読後感の印象がかなり変わるな。 20年後のトオルやサキの物語も読んでみたい
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透の現実はとても悲惨で、残酷なものだった。 自分では気にしてない、むしろお前らを遊んでやってるんだよと言わんばかりに綴られる透の思い。 でも、やはり耐えきれないのだからヒカルをつくったんだろうなあ。 放課後は、ヒカルと共に"ヒーロー"を探しにいく。彼にとっては、普通から逸れた者こそがヒーローだったんだろう。つまり、透もそうしたかったんだろう。 サキが透の前に現れなかったのは、想定の内ではあったが…。やっと、自分と同じ境遇の信用できる人が見つかったと思っていたのに…。 サキとの最後の電話の後、透はヒーローになったんだなと思った。その後読み進めていくと、「まるでヒーローになろうとしているみたいでおかしかった。」と書かれていたので、私の考えは確信へと変わった。 そう、彼はヒーローになった。少し横暴ではあったが、以前の透では考えられない行動を自ら起こしたのだ。もうヒカルはいらない。一人で生きていけるのだ。母に尊敬していた父のグレーのカーディガンをかけるところにも、表れているだろう。正直、この小説を読み始めた時はこんなにも心が打たれるところがあるなんて思いもしなかった。 これは、一人の少年が成長していく話。
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昔読んだ記憶が残っていた。 実に、痛い話だ。 こういう話は苦手だ。 読んでいて苦しい。 委縮する心・恐怖・裏切り・諦め 負の要素がみっしりとつまっている。 どうしてどこにも救いがないんだ。 どうして温かいものが感じられないんだ。 ニンゲンって、こういう面ばかりではないはずなのに...
昔読んだ記憶が残っていた。 実に、痛い話だ。 こういう話は苦手だ。 読んでいて苦しい。 委縮する心・恐怖・裏切り・諦め 負の要素がみっしりとつまっている。 どうしてどこにも救いがないんだ。 どうして温かいものが感じられないんだ。 ニンゲンって、こういう面ばかりではないはずなのに。 いわゆる思春期のややこしい時期。 子どもと大人の境目で、自ら成長に向かおうとした姿に救いを感じる。 まだまだ視野が狭くって、こどもっぽい感じが、上手に描かれていたと思う。 苦手な話だ。 それは、リアルに痛いから。
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有名人(芸能人)物は敬遠していたが「食わず嫌い」もなぁと手に取った作品。 偶然にもこれがデビュー作。 急に終った感も少年が成長していく過程の話なんだからオチなり、結末が有る訳ではないと一人納得。
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