動物裁判 の商品レビュー
中世ヨーロッパでは、…
中世ヨーロッパでは、家畜や昆虫が被告として裁判にかけられていた!しかも、人々は、大真面目で裁判を執り行っていたのである。それは何故か?という疑問について考察された本です。動物裁判という、現代の私達から見れば馬鹿ばかしく思える習慣から、当時の人々の自然観、世界観、そしてその変容まで...
中世ヨーロッパでは、家畜や昆虫が被告として裁判にかけられていた!しかも、人々は、大真面目で裁判を執り行っていたのである。それは何故か?という疑問について考察された本です。動物裁判という、現代の私達から見れば馬鹿ばかしく思える習慣から、当時の人々の自然観、世界観、そしてその変容までを書いています。
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ゼミで動物は権利主体になり得るかを検討したので読んでみた。中世(13世紀から17世紀くらい)の西欧では、現在なら事故・自然災害・所有者の責任とされる惨事が動物の「犯罪」を構成するとされていた事例があるとのこと。現在ならナンセンスと思われるような裁判がなぜ中世西欧では真面目になされ...
ゼミで動物は権利主体になり得るかを検討したので読んでみた。中世(13世紀から17世紀くらい)の西欧では、現在なら事故・自然災害・所有者の責任とされる惨事が動物の「犯罪」を構成するとされていた事例があるとのこと。現在ならナンセンスと思われるような裁判がなぜ中世西欧では真面目になされていたのか。責任能力についてはどのように考えられていたのか。人間中心主義思想を貫徹するために自然界を支配しようとしたのだろうか。害虫への制裁である破門(所払い)には適切な代替地を求めているとか、一種のデュー・プロセスの要求であろうかと思った。
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前半は中世ヨーロッパで行われた動物裁判の実例を、後半はそのような裁判が行われた背景を中世ヨーロッパの自然観やキリスト教の影響を踏まえつつ分析している。本書のことばを借りると、前半が虫の目で見た個別事案、後半が鳥の目で俯瞰的に見た分析である。 前半はトリビアルな知識として誰でも読...
前半は中世ヨーロッパで行われた動物裁判の実例を、後半はそのような裁判が行われた背景を中世ヨーロッパの自然観やキリスト教の影響を踏まえつつ分析している。本書のことばを借りると、前半が虫の目で見た個別事案、後半が鳥の目で俯瞰的に見た分析である。 前半はトリビアルな知識として誰でも読めると思うが、後半は著者独特の文体も相まって、すこし読みづらいかもしれない。難解ということはないが、前半との比較だと難しく感じる。
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「動物裁判」というシンプルなタイトルに惹かれたのと豚に服を着せて裁判を行っていたという不思議な慣習をどこかで聞いて気になっていたので読了。 読む前のこの裁判のイメージとしては滑稽で可笑しな「変なこと」というものが強かった。実際、今現在に行われている国などないし動物にそもそも法など...
「動物裁判」というシンプルなタイトルに惹かれたのと豚に服を着せて裁判を行っていたという不思議な慣習をどこかで聞いて気になっていたので読了。 読む前のこの裁判のイメージとしては滑稽で可笑しな「変なこと」というものが強かった。実際、今現在に行われている国などないし動物にそもそも法など適用されないだろうという感覚は今でも強い。動物無闇に殺したらその人が有罪というのはなんとなく納得出来るがその感覚を動物に当てはめることが私の人生に照らし合わせるだけでは理解が出来なかった。 この本を読んでいる中で私たち日本人があまり持っていない「神の絶対的な存在と権力」に触れられた時、ハッとさせられたのが記憶に残っている。神の下で皆平等であれば神の裁きも皆平等であるという考えの有無は動物に対する接し方を大きく変えてしまう。これらのことを私は今まで失念しており、宗教の違いというものの根本のようなものを突きつけられたような気持ちになった。 また、動物と人間における変身の差も面白いなと思った。ジャパニーズ反対での変身では確かに動物やドラゴン、その他を「擬人化」させるし海外のヴィラン等には悪い人間が何かしらの力を得て異形化することが多い。宗教に基づく考え方の違いが我々の性癖にまで影響していると考えると宗教もまだまだ見えてない面白いところがあるのだろうとワクワクした。
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ヨーロッパでは、かつて動物裁判が真面目に行われて行われていたことを紹介し、なぜそのようなことが行われるようになったのか、著者が考察を加えた本。 人間に迷惑をかけた動植物が、訴訟され、裁判に呼ばれ、検察官や被告には弁護士まで登場したようだ。これを真顔でやってたなんて、信じられない話...
ヨーロッパでは、かつて動物裁判が真面目に行われて行われていたことを紹介し、なぜそのようなことが行われるようになったのか、著者が考察を加えた本。 人間に迷惑をかけた動植物が、訴訟され、裁判に呼ばれ、検察官や被告には弁護士まで登場したようだ。これを真顔でやってたなんて、信じられない話しだが、人間がアニミズムの世界から、合理的な世界に移行していくなかで、畏れていた神々が宿る動植物に対して裁きを行う上では、必要だと考えていた(ようだ)。 ナルホド。 以下は備忘録。 動物裁判は、ヨーロッパにおいて12世紀かそれ以前からみられ、13世紀以降本格化のきざしをみせ、14〜16世紀をピークとし18世紀まで続く。 中世・近世の人たちが法の掟に従属させたのは、動物だけでなく、植物や静物(鐘楼の鐘等)をも裁いた例が散見される。 なぜこのような人間ではないものの裁判が行われたのか? 擬人化したことは考えられるが、異教的アニミズムがその基底にあるとも考えられる。 アニミズムを悪魔化した教会のめざしたのは、動物にとり憑いた悪霊や人間の魂をキリスト教的祓魔式で祓う、という構図をおしつけることであり、そこに異教的慣習とキリスト教との衝突が現出したのだと。 かつては、特定の祭りなどの際には定期的に、「人身御供」が嫉妬深く怒りやすい神々に捧げられ、徐々に動物の犠牲にとってかわられた。そして神々の統括する神秘的な秩序や、秩序回復のための呪術的手段が実効性を失った後、人間世界を守りその条理を自然世界にまで貫徹するために、動植物まで人間同様の裁判にかけられ、処刑ないし破門されたと考えられる。 中世キリスト教にとっては、自然は人間が支配し制御するべきものだったが、動物裁判は、人間の世界を律する法・訴訟手続を自然に適用して、自然を人間の理性や文化の条理に無理矢理おしこむ装置だった。 ところでアニミズムは、神々が特定の自然物に居を構えているとするだけにとどまらず、それらの神々の統括下にある、あらゆる動物・植物・鉱物などにまで、霊が宿っていると考えられていた。 天地自然は、その霊によって生きていて、また一体化しているとされる。人間もその天地自然を統括する法則をまぬがれない。だから、人のほうから自然にはたらきかけるには、それを人間と同一視し、同一にあつかう必要があった。 人間の創造における卓越した地位は、神の法・神の正義の保証のもとに、人間の自然支配を正当化し、人間はその正義を、人と人との関係をすべているものと全く同一の諸原則に従って自然にも適用しなくてはならぬ、との議論を導いた。 動物裁判のうち教会裁判所での悪魔祓い、呪いの言葉を言うものは、アニミズムを前提とし、その神々・諸霊を悪魔化して祓いだすための儀式である、とした。 17・18世紀の科学的合理主義が機械論的自然観を徹底的におしすすめると、(人間の)理性と自然(身体と外界)の区別が、かえってゆるぎないものとなる。自然世界を人間世界に同化させる主観的人間中心主義は、客観的人間中心主義に姿をかえ、こうして、動物裁判は、当初それをささえた機械論的自然観の進展自体によって、消えてゆくのである。 動物裁判とは、正に自然界にたいする独善的な人間中心主義の風靡した時代(13世紀~17世紀)の産物だった。それをイデオロギー的に裏うちしたのは、権力と結びついた人文主義と合理主義である。またその具体的展開をゆるした社会的現実としては、自然を支配・搾取するための不断の戦いがあった、といえるだろう。 12.13世紀に発揚した「合理性」「刑罰」「正義」が、動物にまでやみくもに適用されたのが、動物裁判だったのであろう。
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中世、主にフランスで頻繁に行われていた動物裁判。全く知らなかったことなので大変面白かった(ノートルダムの鐘のあれはそうだったのか!という気づき)自然というものをどう捉えるか、その土地に根ざした宗教観はどういったものなのか、それによってこのような事象が成り立つ/成り立たないのが興味...
中世、主にフランスで頻繁に行われていた動物裁判。全く知らなかったことなので大変面白かった(ノートルダムの鐘のあれはそうだったのか!という気づき)自然というものをどう捉えるか、その土地に根ざした宗教観はどういったものなのか、それによってこのような事象が成り立つ/成り立たないのが興味深い。
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西欧文明における動物裁判の発祥を多角的に検討する一冊。動物裁判の生々しい様子は、興味深かった。 ただ、その考察に関しては、難解だった気がする。機械による自然の克服と宗教、哲学などが微妙に絡み合い、動物(自然)を人間の支配下に置こうとした、というのがおそらく主題だと思われる。...
西欧文明における動物裁判の発祥を多角的に検討する一冊。動物裁判の生々しい様子は、興味深かった。 ただ、その考察に関しては、難解だった気がする。機械による自然の克服と宗教、哲学などが微妙に絡み合い、動物(自然)を人間の支配下に置こうとした、というのがおそらく主題だと思われる。近代以降は、動物裁判を野蛮なものとして克服し、動物保護の思想も定着したが、その反面、人間中心の動物・自然の支配という観念が生まれ、それが深刻な環境破壊の根深い要因になっている、というのが著者の主張なのだが、わかったようなわからないような、少ししっくりこないものが残った。
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中世ヨーロッパの自然に対する態度の変遷についてが、著者の主に書きたいことに思えるのだけれど、 自然に畏怖していた時代から支配する時代になる過渡期の時に動物裁判はあったと理解しました 個人的に読んでて思ったのは ただ、民衆が権威に対する嫌がらせのような意味合いで裁判してたのではな...
中世ヨーロッパの自然に対する態度の変遷についてが、著者の主に書きたいことに思えるのだけれど、 自然に畏怖していた時代から支配する時代になる過渡期の時に動物裁判はあったと理解しました 個人的に読んでて思ったのは ただ、民衆が権威に対する嫌がらせのような意味合いで裁判してたのではないかと、、 その考えは浅はかか
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時代の間の現象としての検証。そこはうざい。 単に、変な裁判があって、変な判決があったというくらいでいい。 アホなことやっとるわ。
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現代人から見ると奇異に見える中世ヨーロッパで広く行われていた動物裁判について、その実態や、なぜそのような裁判が行われたかを詳細に解説していて面白かった。
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