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薔薇の名前[完全版](下) 海外文学セレクション
3,520円
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 東京創元社 |
| 発売年月日 | 2025/12/25 |
| JAN | 9784488016944 |
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薔薇の名前[完全版](下)
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薔薇の名前[完全版](下)
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商品レビュー
4.3
13件のお客様レビュー
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
ようやく読了。 ミステリーではあると思うが、先が気になって眠れない類ではない。むしろ最後まで読んでから、眠れなくなる。「薔薇の名前」。タイトルの回収はラストにあり、その意味を考えだしてしまうから。 この「完全版」にはエーコ自身の覚書やらメモ書きやら素描やらがあり、さらに訳者の解説もある。それらがまた読み応えがあり、思考に誘う。疑問の答を期待して、読んでしまう。 フーダニット、ホワイダニット、ハウダニット。ミステリーの要素はちゃんと完備されているのに、読了して知りたくなるのはそれじゃない。犯人も動機もトリックも、結局「書物」だ。書物による殺人。そしてさらに、書物たちも灰燼に帰す。そして。 冒頭では、読者たる我々は傍観者だ。中世の僧院という我々には非現実な舞台だてで、視点は若かりし頃の見習い修道僧メルクのアドソ。博識の師、バスカヴィルのウィリアムの言動は高尚すぎて不可解だが、アドソがちゃんと質問をしてくれる。だからなんとかついていける。それでも、ラテン語の素養もキリスト教の素養もアドソにも到底及ばないから(及ぶ読者もいるだろうが、私は違う)疑問符はたっぷりとびかう。けれど「それでいい」らしい。訳されていないラテン語も、「わからなくていい」らしい。ラテン語はわからなくても、アルファベットは認識できる。ギリシア語やアラビア語は認識すら不可能であったとしても。 登場人物はヨーロッパ諸国からやってきたひとびとだ。探偵役のウィリアムは「イギリス人」。その弟子アドソはドイツ人だ。他の修道僧たちも。彼等の共通語はラテン語であったのだろうが、迷宮には「アフリカの果て」もある。キリスト教の修道士たちには読むことを許されぬ書。異教の知、異教の思考、異端の哲学。元異端審問官のウィリアムが、渇望したもの。 この小説は、薔薇のように重層的だ。 十四世紀にあったはずの原種に近い薔薇じゃなく、現代の我々が思い浮かべる薔薇のように。けれど十四世紀の「薔薇」も、「薔薇」という名で呼ばれるものも、多義であったのではないだろうか。けれどその「薔薇の名前」が、こう来るのか。それはどういう意味なのか。 探偵役のウィリアムは犯人も動機もトリックも突き止めたが、なにひとつ救えなかった。これはそういうことなのだろうか。いや、それだけではないだろう。虚シキソノ名ガ今ニ残レリ。どういう意味だかわからないのに、確かにそうだと思ってしまう。 今の私もアドソと同じだ。「何をめぐって書いているのかも、私にはもうわからない」それでも記憶に強く残る。
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面白かった…。最近読んだ「百冊で耕す」に読書の醍醐味は空気に浸ることというような記述があったけど、まさにその醍醐味を存分に味わうことができる極上の空気を持つ作品でした。「過ギニシ薔薇ハタダ名前ノミ」……痺れる。 「生真面目な行為の胡散臭さを嗤う」ことが人々が共通して持つ真理を失く...
面白かった…。最近読んだ「百冊で耕す」に読書の醍醐味は空気に浸ることというような記述があったけど、まさにその醍醐味を存分に味わうことができる極上の空気を持つ作品でした。「過ギニシ薔薇ハタダ名前ノミ」……痺れる。 「生真面目な行為の胡散臭さを嗤う」ことが人々が共通して持つ真理を失くしてしまうことになるという考えは、「これが正解だ」と決して言うことができなくなった近年の流れの出発点のように思える。 アリストテレスの詩学第2部やミケーレ、オッカムのウィリアム、「マルゲリータ」など実際の出来事や人物との繋がりも面白い。(解説読まんとわからんかったが) 「覚書」で作者が告白している「一人の修道僧を毒殺したいという気持ちになった」という、この小説を書くことになったきっかけが面白い。そこからこの作品が出来上がる過程を思うだけで、知性を持つ人間として生まれたことの喜びを感じる。 読んでいると、修道僧という、一つの真理を共通して持つ者たちの生真面目な清貧論争を、「嗤い」ながら読みそうになっていることに気付く。それを私は会社など日常生活でもやってしまっていると、自分の生き方を振り返ってゾッとした。最近私は一つの狭い世界の真理を生真面目に信じて論じている人たちを嗤ってしまっている。「だってその真理はこの狭い集団内だけのものだし、そんなに真剣に執着してどうするの?」と思ってしまうから…
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大作でした。やはりキリスト教世界特有の説明やシナリオについて行くのが難しくて、作品は素晴らしいと思うのですが疲れてしまいました。 まだ自分には早かったのかもしれないなと正直な感想で言うと思いました。
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