商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 童心社 |
| 発売年月日 | 2025/07/25 |
| JAN | 9784494022557 |
- 書籍
- 児童書
1945年8月6日 あさ8時15分、わたしは
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1945年8月6日 あさ8時15分、わたしは
¥1,870
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商品レビュー
4.3
4件のお客様レビュー
図書館で手に取ったとき、たまたま開いて読んだ「おばさん、これおばさんの子供にあげて」(田中清子文)というのがひときわのエピソードで何度読んでも泣けてくる。 広島で原爆に遭い母と似の島行きの船に乗っていると、傍らの瀕死で目も見えなくなっている女の子が田中さんの母親に「おばさんの子供...
図書館で手に取ったとき、たまたま開いて読んだ「おばさん、これおばさんの子供にあげて」(田中清子文)というのがひときわのエピソードで何度読んでも泣けてくる。 広島で原爆に遭い母と似の島行きの船に乗っていると、傍らの瀕死で目も見えなくなっている女の子が田中さんの母親に「おばさんの子供、ここにいるの?」と問い、母親が田中さんがいることを伝えると自分はもう食べられないからと、「おばさん、これおばさんの子供にあげて。」と自分の弁当を渡し、「おばさん、私の名前をいうから、もし私のお母さんにあったら、ここにおるといってね。」と息を引き取ったという。 人は……子どもだというのに、自分が瀕死だというのにこんな立派なふるまいができるのだと、あるいは大切な弁当を引き換えにしても自分の母に自分の存在を伝えてほしいと思ったのかもしれないが、こんなふうにして亡くなっていった子が……人たちが大勢いたということ。
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それぞれの身に起きたことが、そのまま差し出されています。 その場に、あるいは疎開先にいた人と。 どの筆者の言葉からも、そこに人の存在を感じられて、起きたことの惨さが伝わってきます。 二度と繰り返してはならない。 そのことが、いわさきちひろさんのやさしいイラストとともに伝わって...
それぞれの身に起きたことが、そのまま差し出されています。 その場に、あるいは疎開先にいた人と。 どの筆者の言葉からも、そこに人の存在を感じられて、起きたことの惨さが伝わってきます。 二度と繰り返してはならない。 そのことが、いわさきちひろさんのやさしいイラストとともに伝わってくる一冊でした。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
子ども達6人の作文と、大人3人の書き下ろし(お1人は作文を書いた子であり、同じことを今の視点や言葉でも書かれている) 広島に原爆が落とされた時、子ども達に何が起きたのか、それぞれのリアルな体験。 傷ついた子ども達がこの作文を書いたこと、どのような心境だったか、推し量ることも叶わない。 書くことは少しでも彼らの癒しや糧になっただろうか。書いてくれたいたおかげで今こうして私達が知ることができる感謝と、当時の子ども達を守れなかったことに、今大人である自分が感じる葛藤。
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