「負けるが価値」の地域術 フィギュール彩Ⅱ10

河井孝仁(編著)

• 販売会社／発売会社: 彩流社
• 発売年月日: 2025/05/27
• JAN: 9784779130397

商品レビュー

2025/10/18

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2025/06/15

この書籍「負けるが価値」の地域術は、編集者・河井孝仁氏を中心とする論考集で、従来の「勝ち」偏重の社会価値観に対し、「負ける」ことに潜む多様な価値に光を当てる革新的な試みを展開しています。本書の核心は、負けることが決して無意味ではなく、使用価値や希少価値を超えた「存在価値」や「人間的価値」といった新たな価値創出の源泉となりうるという問題提起にあります。読者に対して負けることを「自分ごと」として捉え、多角的な視点から再考することを促しています。

第一章では、地域や人間の「脆弱性（ヴァルネラビリティ）」に焦点を当て、この概念を肯定的に再定義しています。脆弱性を外部からの攻撃やダメージを受けやすい状態として捉えつつも、適切な管理により「可能性」や「挑戦」が生まれると論じています。特に廃墟の事例（ショッピングセンター、温泉ホテル、軍艦島、原爆ドームなど）を通じて、時間経過により「無用化された価値」が歴史的文脈や物語性、メディアを通じた再評価によって新たな価値を獲得する過程を詳述しています。

第二章は、社会における「隙間（構造的空隙）」の戦略的価値を探求し、京都の観光偏重問題を具体例として取り上げています。社会ネットワーク理論の構造的空隙概念を援用し、異なるグループ間の隙間が情報伝達の機会となることを説明しています。京都については、観光収入への過度な依存が市民生活空間の侵害とコミュニティ活力の喪失を招く「負け」の危機として捉え、観光客数という単一指標を超えた多軸的価値評価の必要性を訴えています。

第三章では、歴史的な栄枯盛衰と現代のアイドル文化を比較対照し、特に日本のアイドル（AKB48）とK-POPの違いを分析しています。平家物語の栄枯盛衰を普遍的な「負け」として位置づけ、日本のアイドル文化においてファンがアイドルの「成長過程」や「葛藤」を推すことで、完璧さではなく「身近さ」や「未完成」さに価値を見出している現象を詳述しています。ここでは、負けや困難の共有を通じてより強い絆と幸福を創出するメカニズムが明らかにされています。

第四章は、SNS時代における「関係読解リテラシー」の重要性とZ世代の価値観変遷を論じています。プロスポーツの長期戦略的負けを例に、一時的な負けが将来的な勝ちに転換する可能性を示しつつ、Z世代のSNS活用実態を分析しています。Z世代は「いいね」や「フォロワー数」という表面的指標を超え、「弱い紐帯」や「空気読み」といったより深い人間関係や共感に価値を見出し、負けの経験や不確実性の中に自己表現と多様な価値創造の機会を発見する新たな価値観を有していると結論づけています。

第五・六章では、負けることの生産性と価値転換の発想術が体系化されています。「人間万事塞翁が馬」の故事を引用し、損得の相対性と長期的視点の重要性を説き、テレビ業界の事例を通じて既存枠組みからの脱却が新たなイノベーションを生む過程を分析しています。さらに、「存在的勝ち」を内包した表面的負けという逆説的視点を提唱し、他者との比較を超越した本質的価値の発見こそが真の価値であると主張しています。負けることが創造性、イノベーション、既成概念の再評価を促し、持続可能で豊かな社会構築に寄与するとの結論を導出しています。

本書は最終的に、一本の大根の物語を通じて「無駄死に」という概念を問い直し、人間が負けることの意味を自ら見出し新たな価値を創造する可能性を示唆しています。編集者河井孝仁氏をはじめとする多分野の専門家による多角的アプローチにより、単なる精神論を超えた理論的・実践的な「負けるが価値」の思想体系が構築されており、現代社会における価値観の根本的転換を促す重要な論考として位置づけられます。