商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | KADOKAWA |
| 発売年月日 | 2025/05/13 |
| JAN | 9784041146880 |
- 書籍
- 書籍
海風クラブ
商品が入荷した店舗:店
店頭で購入可能な商品の入荷情報となります
ご来店の際には売り切れの場合もございます
オンラインストア上の価格と店頭価格は異なります
お電話やお問い合わせフォームでの在庫確認、お客様宅への発送やお取り置き・お取り寄せは行っておりません
値下げ前価格について
本価格は現中古販売価格の「値下げ前価格」となります。
直近約1か月間、値下げ前価格での販売実績があるものだけ表示しております。
海風クラブ
¥3,080
在庫あり
商品レビュー
4.3
8件のお客様レビュー
物語は、タロコ族の少年と少女が出会い、互いの村を行き来する中で、彼らの成長と人々の過去を描き出します。舞台は台湾東部の海豊村で、巨人の体に擬えた山が見守る中、国策による開発が原住民の村を脅かす様子が描かれています。物語は、社会問題に鋭く切り込みながらも、ファンタジーの要素を取り入れ、創造する力の重要性を伝えます。一歩一歩と山道を歩むように進むストーリーは、緊張感のある展開ではないものの、最後まで読み進めたときの感動は大きく、登場人物たちの心情に寄り添うことで、現実と向き合う力を感じさせます。読者は、過去を知り、想像を深めることの大切さを考えさせられ、物語の背後にある歴史や文化への理解を深めることができるでしょう。
※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。
海外小説は苦手で挫折してばかりだったけど、これは読破できました!台湾の歴史に詳しくないし、結末?的には悲劇的ではあるのに読後、じんわり豊かな気持ちになる不思議な本。 人間の営みによって失われていく自然。共存できるはずなのに、浅はかな経済活動によって自然はもとより自身の生活をも脅か...
海外小説は苦手で挫折してばかりだったけど、これは読破できました!台湾の歴史に詳しくないし、結末?的には悲劇的ではあるのに読後、じんわり豊かな気持ちになる不思議な本。 人間の営みによって失われていく自然。共存できるはずなのに、浅はかな経済活動によって自然はもとより自身の生活をも脅かす人間の愚かさ。「死により多くの復活や再生が引き起こされる」を、信じたい。台湾の濃い緑の大地はほんとうに美しいから。
Posted by 
ジャケ読み。前からこのルドンみたいな表紙気になってたんですが、著者の描いた表紙と聞いて、二度びっくり。 読後感想は、複雑で多層的だなーという印象。ファンタジー要素も入っていて、多少寓話的にはなってるんですが、台湾現地住民のタロコ族や、国民党軍についてきて、そのまま台湾で暮らした老...
ジャケ読み。前からこのルドンみたいな表紙気になってたんですが、著者の描いた表紙と聞いて、二度びっくり。 読後感想は、複雑で多層的だなーという印象。ファンタジー要素も入っていて、多少寓話的にはなってるんですが、台湾現地住民のタロコ族や、国民党軍についてきて、そのまま台湾で暮らした老兵(映画「霧のごとく」の公道思い出しちゃった)が登場人物にいたり、台湾の複雑な社会状況をそのまま表しているかのようでした。 物語の大きな事件であるセメント工場の建設も、反対する人、受け入れる人、生活を優先する人とその反応は多種多様で、ここにも世の中の複雑さが表現されているような。 複数の登場人物を描きながら、複雑で混沌とした社会そのものを写し取ろうとしているように感じる話でした。
Posted by 
『少年があの犬を見かけて既に三日になる。巨人ダナマイもこの三日間ずっと、彼らを注視し続けている』―『第一章 初秋』 切れぎれの不連続に流れる時間。埋もれてしまった過去の日常の記憶。呼び起こされる郷愁。 故・天野健太郎翻訳による「歩道橋の魔術師」「自転車泥棒」以来、呉明益を読ん...
『少年があの犬を見かけて既に三日になる。巨人ダナマイもこの三日間ずっと、彼らを注視し続けている』―『第一章 初秋』 切れぎれの不連続に流れる時間。埋もれてしまった過去の日常の記憶。呼び起こされる郷愁。 故・天野健太郎翻訳による「歩道橋の魔術師」「自転車泥棒」以来、呉明益を読んで思うことはいつも同じ。翻訳された順番に読んでいるので「複眼人」が翻訳された時に少し驚いたけれど、台湾の自然と固有の民族、そして超人的な存在、というのもこの作家を特徴付ける要素だろう。 作家による解説というのは翻訳書では滅多お目にかからないけれど、本書では執筆の経緯や描かれた事実などについて著者自らの説明が巻末にある。その中にこのような言葉がある『もし読者から、これは環境小説なのか?と訊かれたら、私はこう答える。これは小説である』。作家がわざわざそんなことを言うのは、恐らく「複眼人」や「雨の島」で描かれた内容が、どちらかと言えば環境派と呼ばれる人々の共感を得やすい内容であったからではないかと推察するが、作家の理想とする世界がどうであれ作品としては、単純に環境破壊を凶弾するとか、自然に対する畏怖を持てとか、というメッセージがある訳ではないと自分は思う。ただし、そういう気持ちを持っている人々を丁寧に扱っている、ということは事実としてあるだろうけれど。本書で描かれる「原住民」とセメント工場建設を巡る話も、単純に捉えることはできないような描かれ方をしている。 そんなことを考えてしまうのは、生前、天野健太郎が先行する「眠りの航路」や「複眼人」ではなく「歩道橋の魔術師」を選んだのは何故なんだろうか、という思いがあるから。並べてみると、日台の複雑な関係が綾となって描かれている「眠りの航路」や超人的な存在が登場する「複眼人」に比べて、「歩道橋の魔術師」は台北の商場が舞台ではあるものの、誰でもすっと入って行き易い小説だなと思う。しかしその後に翻訳されたもの、そして本書を読んで改めて思うのは、呉明益という作家を特徴付ける自然との関りや超人的な存在、そして台湾の先住民族という要素は既に初期の段階からずっと存在していたのだなということ。翻訳された順番で「複眼人」や「雨の島」を読んだ時には作風が少し変わったなと思ってしまったものだけれど、それはこちらの勝手な印象だったという訳だ。 本書には複数の登場人物が主役級に登場するが、誰一人として起承転結のある物語を紡がない。多少もどかしさも感じるような関係性が描かれるのだけれど、『この小説で書いたのは本当にあった出来事だが(遠い歴史でもなければ、近い未来でもない)』と作家が明かすように、安直な物語に矮小化させることのできない事象が、実は描かれている。その切れぎれのエピソードの書かれていない繋がりをどう読むかは読者に委ねられているけれど、そのようなことに思い至るという行為こそ作家が期待していることなのかも知れない。その意味では、確かにこの本は小説ではあるけれど、倫理や他者に対する畏怖というようなものを考えさせられる哲学の書でもあるのかも知れない。
Posted by 

