トピックで読み解く 国際貿易論

武智一貴(著者), 東田啓作(著者), 黒田知宏(著者)

• 販売会社／発売会社: ミネルヴァ書房
• 発売年月日: 2025/04/14
• JAN: 9784623099108

商品レビュー

2025/06/15

この書籍は、国際貿易の理論と実証分析を総合的に扱い、読者が国際貿易問題を自らの思考で解決できるようになることを目指しています。全体は基礎編と応用編に分かれ、データ分析に基づく社会科学的アプローチを重視し、原因と結果の関係を明確にする「並行世界」という思考方法を導入しています。共分散や回帰分析などの統計手法を用いて、相関関係と因果関係を区別する重要性を強調し、国際貿易における複雑な経済現象を科学的に分析する基盤を築いています。

基礎編では、国際貿易の経済学的基礎理論を体系的に説明しています。交易条件効果の概念を通じて、貿易開始による国民の豊かさの増大メカニズムを解明し、消費者余剰と生産者余剰を用いた余剰分析により貿易の厚生への影響を定量的に示しています。リカードモデルに基づく比較優位理論では、各国が得意分野に特化することで相互利益を得られることを生産可能性フロンティア（PPF）と国際価格線を用いて視覚的に説明し、関税などの貿易政策が死荷重損失を生み出す仕組みを詳細に分析しています。さらに、輸送費や情報収集費などの貿易コストの歴史的変遷と、独占市場での競争効果、製品差別化による消費者厚生の向上についても論じています。

基礎編の後半では、より高度な市場構造と戦略的側面を扱っています。寡占市場におけるゲーム理論的分析を通じて、ナッシュ均衡の概念を導入し、政府の戦略的貿易政策（ボーイング対エアバスの事例など）の可能性と限界を検討しています。自由貿易協定（FTA）については、貿易創出効果と貿易転換効果の概念を用いて、厚生への正負両方の影響を分析し、最終的には貿易と経済成長の関係を生産関数や技術移転の観点から解明しています。これらの章では、理論的枠組みと実証的証拠を組み合わせることで、国際貿易の複雑な影響を多角的に理解できるよう構成されています。

応用編では、より実践的で現代的な国際貿易の課題を扱っています。一般均衡理論による経済全体の分析から始まり、グラビティ・モデルと識別問題の解決策（差分の差分法など）を通じて実証分析手法の精緻化を図っています。知的財産権保護強化が途上国に与える複雑な影響（外国直接投資促進と医薬品価格上昇のトレードオフ）、レント移転の問題と貿易政策における「ルール対裁量」の議論、さらには廃棄物貿易の実態と環境への影響についても詳細に分析しています。これらの章では、理論的基礎を現実の政策課題に応用する方法を示しています。

応用編の中核は、現代的なグローバル化の諸側面を扱う部分です。オフショアリングとタスクの細分化により、サービス業を含む生産工程の国際的分業が進展する一方で、地政学的リスクやパンデミックによるグローバル・サプライチェーン（GSC）の分断が消費者や企業に与える利益と損失を分析しています。貿易政策の政治経済学では、中位投票者定理や利益団体のロビー活動、集合行為のジレンマを通じて、実際の政策決定プロセスの複雑さを解明し、世界貿易機関（WTO）の紛争解決メカニズムがルールに基づく国際秩序維持に果たす重要な役割を詳述しています。

最終的に、この書籍は経済安全保障と自由貿易のトレードオフという現代的課題に言及し、GATT第21条の安全保障例外の議論を通じて、効率性と国家安全保障の両立の難しさを指摘しています。そして貿易均衡の概念とワルラスの法則を用いて、世界経済の相互接続性の重要性を再確認し、一国の貿易政策や経済ショックが世界全体に波及する現代国際経済の複雑性を理解することの必要性を強調して結論としています。全体を通じて、理論的洞察と実証的証拠、そして現実の政策課題を統合的に扱うことで、読者が国際貿易の多面的な影響を科学的に分析し、政策判断を行う能力を養成することを目指した構成となっています。