1,800円以上の注文で送料無料

音楽で「良い子」は育てられるのか 「情操」から読み解く音楽教育史 春秋社音楽学叢書
  • 新品
  • 書籍
  • 書籍
  • 1218-01-07

音楽で「良い子」は育てられるのか 「情操」から読み解く音楽教育史 春秋社音楽学叢書

山本耕平(著者)

追加する に追加する

音楽で「良い子」は育てられるのか 「情操」から読み解く音楽教育史 春秋社音楽学叢書

3,080

獲得ポイント28P

在庫あり

発送時期 1~5日以内に発送

商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 春秋社
発売年月日 2025/03/19
JAN 9784393936153

音楽で「良い子」は育てられるのか

¥3,080

商品レビュー

4

2件のお客様レビュー

レビューを投稿

2025/08/17

題名に唆られて読んだ本。がっつり論文だったが、学校の音楽の授業の歴史が知られたことは、なんだか嬉しかった。なるほどねぇ、そうなのか、と背景を知ることができた気分。

Posted by ブクログ

2025/04/08

「情操」概念の曖昧性と多様な解釈: 「情操」という言葉自体が曖昧で、心理学的な概念から教育(学)における徳目へと変質していく過程が示されます。 明治期以降、心理学から離れ、教育現場で重視されるようになりますが、その定義は時代や立場によって多様に解釈されます。 著者によれば、「情操...

「情操」概念の曖昧性と多様な解釈: 「情操」という言葉自体が曖昧で、心理学的な概念から教育(学)における徳目へと変質していく過程が示されます。 明治期以降、心理学から離れ、教育現場で重視されるようになりますが、その定義は時代や立場によって多様に解釈されます。 著者によれば、「情操」概念は成立当初から曖昧で価値判断的な要素を含んでおり、「受け身にせよ、それに囚われるにせよ」その曖昧さが日本の「教育音楽」という独自の概念を生み出す要因となりました。 戦後音楽教育における「情操教育」の位置づけ: 戦後初期の学習指導要領では、「音楽美の理解・感得」が重視される一方で、「好ましい社会人としての教養を養う」といった道徳的な目標も掲げられ、「情操」が音楽教育の重要な側面として認識されていました。 1958年、1968年の学習指導要領改訂においても、「情操」は人間性向上に資するものとして、音楽科の目標の一つであり続けました。 しかし、「音楽教育即情操教育」という考え方には、音楽家や教育現場から異論も出ており、音楽そのものの価値や子どもの主体性を重視する立場との間で議論が起こります。 音楽教育における技術と感動の対立: 音楽教育において、技術の習得を重視するのか、感動体験を重視するのかという議論が紹介されます。 大阪音楽教育の会が発行した教材集『入道雲』などが例に挙げられ、子どもの主体的な感動体験を引き出す教材や指導法が模索されていたことが示唆されます。 斎藤氏の「技術か感動か」という問いかけに対し、「子どもたちを育てるための手段として使いこなすことが必要」という意見が紹介されています。 文部省と民間団体の関係: 文部省が進める「官製」の音楽教育と、現場の教師や研究団体が主体的に行う音楽教育との間に緊張関係が存在したことが指摘されます。 家永教科書裁判における証言などを通して、両者の音楽教育観の共通点や相違点が分析されます。 「音楽教育の会」のような民間教育研究団体が、文部省の政策に対し批判的な意見を持つ一方で、「基礎」「教材」といった面で共通する部分も存在したことが示唆されます。 1960年代の音楽のおけいこブーム: 高度経済成長期以降、家庭教育への関心が高まり、音楽(特にピアノ)のおけいこが盛んになった背景が分析されます。 親の期待や専門家の意見のギャップ、民間音楽教室の役割などが考察され、音楽教育に対する多様な価値観が存在していたことが示されます。 親たちは子どもの才能を見極めたい、豊かな人生を送ってほしいといった願いからおけいこをさせていましたが、専門家は「一般教育としての音楽教育」の重要性を説いていました。 重要なアイデアや事実: 「教育音楽」という独自の概念: 戦後の日本の音楽教育は、「情操」という曖昧な概念を中心に展開し、「教育音楽」という海外には見られない独自の形態を形成しました。 学習指導要領における「情操」の位置づけの変遷: 戦後の学習指導要領において、「情操」は音楽教育の重要な目標として一貫して掲げられてきましたが、その具体的な内容は時代によって変化してきました。 教育現場の主体的な取り組み: 大阪音楽教育の会や群馬の教師たちの実践例に見られるように、教育現場では文部省の指導とは異なる、子どもの実態や主体性を重視した音楽教育が模索されていました。 諸井三郎の音楽教育観: 諸井三郎は「音楽教育即情操教育」を主張し、音楽そのものの本質的な価値を通して人格形成を目指す考え方を持っていましたが、現場からは内容の高度さに対する批判もありました。 園部三郎らの「官製」音楽教育批判: 園部三郎らは、文部省主導の音楽教育が技術偏重に陥り、子どもの感性や主体性を軽視していると批判し、より広範な「人間形成」としての音楽教育を提唱しました。 林光の民衆芸術論: 作曲家の林光は、音楽は一部のエリートのものではなく、民衆のものであるという民衆芸術論に基づき、学校音楽教育における知識や技術偏重を批判し、子どもたちが心から楽しめる音楽体験を重視しました。 家永教科書裁判における音楽教育論: 家永教科書裁判では、原告・被告双方の証言を通して、文部省と民間団体の音楽教育観の相違や共通点が明らかになりました。特に「音楽性」と「美的情操」を巡る議論は、両者の考え方の違いを示すものでした。 1960年代のおけいこブームと親の意識: 高度経済成長期における音楽のおけいこブームは、親の子どもへの期待の表れであると同時に、音楽教育に対する多様なニーズを生み出す要因となりました。親たちは実利的な側面だけでなく、子どもの豊かな成長を願っていました。

Posted by ブクログ