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動的平衡は利他に通じる 朝日新書996
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動的平衡は利他に通じる 朝日新書996

福岡伸一(著者)

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動的平衡は利他に通じる 朝日新書996

1,045

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 朝日新聞出版
発売年月日 2025/03/13
JAN 9784022953087

動的平衡は利他に通じる

¥1,045

商品レビュー

3.6

13件のお客様レビュー

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2026/02/09

福岡伸一を読むのは「生物と無生物のあいだ」以来。結構好きだった記憶があるのだけど、当時在籍してた分子生物学の研究室では「福岡伸一はシャバい」的な空気があり、それ以降なんとなく遠ざかっていた。 久しぶりに読んで、自分の好きを信じてあげてもよかったのにな、と思う。確かにシャバいのかも...

福岡伸一を読むのは「生物と無生物のあいだ」以来。結構好きだった記憶があるのだけど、当時在籍してた分子生物学の研究室では「福岡伸一はシャバい」的な空気があり、それ以降なんとなく遠ざかっていた。 久しぶりに読んで、自分の好きを信じてあげてもよかったのにな、と思う。確かにシャバいのかもしれないけど、わたしは自分が分子生物学を勉強し始めたときのような素直な感動を、その道に長くいる福岡氏が同じようにもっている、そのことに感動してしまう。 ピンクの分厚いTHE CELLを苦労しながら、それでも夢中になって読んでいたあの頃を懐かしく思う。

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2026/01/08

大阪・関西万博の「いのち動的平衡館」のプロデューサー福岡伸一さんのエッセイ集。著者が以前からテーマとされている動的平衡とは、生命とは何かという問いへの一つの解。生命は絶えず自らを壊しつつ作り変えることで、時の試練に抵抗している。エントロピー(乱雑さ)増大の法則に抵抗して生命という...

大阪・関西万博の「いのち動的平衡館」のプロデューサー福岡伸一さんのエッセイ集。著者が以前からテーマとされている動的平衡とは、生命とは何かという問いへの一つの解。生命は絶えず自らを壊しつつ作り変えることで、時の試練に抵抗している。エントロピー(乱雑さ)増大の法則に抵抗して生命という秩序を守ろうとしている、という定義。 以下、トピックです。 ・英語では、暑い、熱い、辛い、全てhotという。実は、辛味成分カプサイシンの受容体レセプターは温度を感知するものと同じものだった。辛さは味ではなく熱感。英語の意味、合ってる。 ・化石は骨や貝がただ固くなったものではない。骨や貝が柔らかな砂地に埋もれ、やがて砂地は圧力で硬い岩になる。貝や骨は徐々に崩れていき空洞ができる。その空隙に周りの岩とは異なった鉱物ご充填される。それが化石。 ・シュレーディンガーの著書「生命とは何か」の冒頭の記述。コップ一杯の水を海のに注ぎ海全体を撹拌したとする。もう一度コップに水を汲むと、海に注ぐ前にコップにあった水の分子は何個入っているか。答えは約100個。生命体がいかに大量の粒子で構成され、かつそれが循環していることを示そうとした例。

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2026/01/03

コラム集?のようなものであり、一気読みというより時間があるときにチマチマ読むのに適している。 印象に残った2つをメモ • 人文知の力、忘れていないか ○ 芸術にはたわめられた自然をもとの自然に回復する力がある。これは哲学や文学等の人文知にも言えること。昨今、大学に実学や応...

コラム集?のようなものであり、一気読みというより時間があるときにチマチマ読むのに適している。 印象に残った2つをメモ • 人文知の力、忘れていないか ○ 芸術にはたわめられた自然をもとの自然に回復する力がある。これは哲学や文学等の人文知にも言えること。昨今、大学に実学や応用が求められすぎて、科学による分断・分節化を回復し、そこからこぼれ落ちたものを統合する知が等閑に付されている。これは文化の衰退でしかない。 • 人間が描く、絵空事 ○ ルーブル美術館のジェリコの競馬の馬はとても躍動感にあふれている。しかし、写真技術が発達した後に、調べてみると実は競馬のシーンをコマ送りで見ても、ジェリコの絵の瞬間は現れない。実はジェリコが描いたものは、ある1つの瞬間ではありえない。しかし、いや、だからこそジェリコの馬の絵には、とてつもない躍動感があるのである。つまり、コマ送りの1つの切り取りではなく、人間がその一連の流れで見るあらゆるシーンが絵に収められている。それゆえの躍動感なのである。このエピソードを福岡先生は引用し、「機械は延長を欠いた1点としての現在しか捉えられないが、人間の知性は違う。現在を点ではなく、未来と過去を同時に含んだ空間として考えることができる。その厚みの中に、希望や悔恨や選択が、つまり心の動きが生まれる。」と締めくくる。たった1ページで引き込まれる名分である。 ○ 実は、この数ページ後にあるフェルメールの牛乳を注ぐ女にまつわるエピソードも似たものがある。牛乳を注ぐ女の絵も、実際に全く同じシチュエーションで牛乳を注いでも現れない瞬間なのである。詳しく言えば、この絵の角度で牛乳が注がれるためには、壺の内部に牛乳の白い水面が見えていないとおかしいのである。しかし、フェルメールの絵はそうなっていない。ジェリコの絵と同じで、「牛乳を注ぐため傾けようとする前の、もしくは注ぎ終わった後の壺の内部を描くことで、こぼれ落ちる牛乳の流れを自発的に絵の中に生み出そうとしたのだ。つまり、延長された過去と未来を包含した現在の瞬間が同時にここに表現されている。だから動的な美が立ち上がる。フェルメール愛が熱すぎるゆえの夢想かもしれないが、私にはそんな風に思えるのだ」と締めくくられる。こちらもとても面白い話である。 • 生命とは、西田哲学の定義 ○ 西田哲学は、決して机上の空論ではないし、形而上の言葉遊びではなかった。極めて実践的な自然の内部に立った自然の記述に、真っ向勝負で挑んでいた ○ 息を吸う行為には既に吐くことが含まれており、心臓から血液が出されるとき、同時に血液は心臓に送り込まれている。合成と分解、酸化と還元、結合と切断。逆向きの二つの作用は、互いに図と地の関係にあって、一方に着目すると他方は隠れて見えなくなるが、決して対立しているわけではない。むしろ補い合っている。これを西田は絶対矛盾的自己同一と呼び、生命の定義とした。

Posted by ブクログ