商品詳細
内容紹介 | |
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販売会社/発売会社 | 講談社 |
発売年月日 | 2024/06/13 |
JAN | 9784065359266 |
- 書籍
- 文庫
アーリヤ人の誕生 新インド学入門
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アーリヤ人の誕生 新インド学入門
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乱暴まとめご容赦 ウィリアム・ジョーンズが、つまりは西洋がサンスクリッド語を発見、ヨーロッパに広がりオリエンタル・ルネッサンスが勃興、比較言語学が成立し、そこから印欧祖語という概念が誕生。当初は理論上の概念にすぎなかったが、ピクテの言語学的古生物学(言語による先史研究)によって...
乱暴まとめご容赦 ウィリアム・ジョーンズが、つまりは西洋がサンスクリッド語を発見、ヨーロッパに広がりオリエンタル・ルネッサンスが勃興、比較言語学が成立し、そこから印欧祖語という概念が誕生。当初は理論上の概念にすぎなかったが、ピクテの言語学的古生物学(言語による先史研究)によって、話し手の故郷探しが始まり、ただの言語学上の用語だった「アーリヤ」が民族だとか人種を指すようになった。こうして、アーリヤ人侵入説が生まれた。 最近の考古学の進歩により、アーリヤ人侵入説が否定されていているが、そこにはヒンドゥー・ナショナリストの思惑もまじってやや不純。 とにかく全否定はできないが、従来の侵入説は見直すべきというのが著者の主張。 (著者の新インド学も興味深いが省略) ---- 気になったのは、アーリヤ侵入説を全否定できない理由として、印欧比較言語学の成果をあげているところ。 その理由として、印欧比較言語学の成果は、インド古典語(サンスクリッド)とヨーロッパ古典語(ギリシャ、ラテン)が共通の印欧祖語にさかのぼるという発見、それは確かにヨーロッパで発見されたし、ナチスにも利用されケチがついたけど、だれがやっても到達する科学的事実である、としている。 たしかにこれは、アーリヤ人侵入説に疑問するアメリカ考古学者シェーファーの引用にある、言語学批判(言語学の暴虐)にたいしての反論にはなってると思う。けど、侵入説そのものへの反論になっているのかよく分からない。系統関係を持つことだけで、侵入とか移住とかを支える根拠にしていいのか、比較言語学はおろか言語学も素人の自分からすると、はてなだった。 (2024/09/01)
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インド学の誕生―18世紀末~十九世紀初頭のインド: ウィリアム・ジョーンズと言語学の誕生 ベンガル・アジア協会とウィリアム・ジョーンズに対する評価 東洋への憧憬ー19九世紀前半のヨーロッパ: オリエンタル・ルネッサンスをになった人々 印欧比較言語学の確立 アーリヤ人侵入説の登場―...
インド学の誕生―18世紀末~十九世紀初頭のインド: ウィリアム・ジョーンズと言語学の誕生 ベンガル・アジア協会とウィリアム・ジョーンズに対する評価 東洋への憧憬ー19九世紀前半のヨーロッパ: オリエンタル・ルネッサンスをになった人々 印欧比較言語学の確立 アーリヤ人侵入説の登場―19世紀後半のヨーロッパ: 系統樹説と印欧語族の故郷 マックス・ミュラーと「アーリヤ民族」 反「アーリヤ人侵入説」の台頭―20世紀のインド: インダス文明の発見と南アジア考古学の発達 1990年代以降の反「アーリヤ人侵入説」とヒンドゥー・ナショナリズム 私のインド体験―多様性との出会い: インド少数民族研究 私のムンダ語・ムンダ文化発見 出版二十年後に
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本書の内容は、著者自身によって次のように要約されている(193-194頁)。 近代比較言語学の祖と言われるウィリアム・ジョーンズと、インドのカルカッタにおいて彼らによって創設されたベンガル・アジア協会の活動により、西洋におけるサンスクリット語の発見、そしてそれが印欧比較言語...
本書の内容は、著者自身によって次のように要約されている(193-194頁)。 近代比較言語学の祖と言われるウィリアム・ジョーンズと、インドのカルカッタにおいて彼らによって創設されたベンガル・アジア協会の活動により、西洋におけるサンスクリット語の発見、そしてそれが印欧比較言語学へと発展する(第Ⅰ章)。 このサンスクリット語発見ののろしは、ヨーロッパに広がり、オリエンタル・ルネッサンスの華を咲かせることになる(第Ⅱ章)。こうして印欧比較言語学が成立すると、そこから印欧祖語という概念が生まれる。理論上の産物であった印欧祖語は、「再建」の手続によって実体をもったものとなっていくのだが、そこには言語学的古生物学という学問の寄与があった。こうして実体をもった印欧祖語の話し手たちはアーリヤ人として、ヨーロッパを席巻することになり、そしてヴェーダ文献の解釈から、紀元前15世紀ごろにおける「アーリヤ人の侵入」という説がマックス・ミュラーによって主張され、今日に至っている(第Ⅲ章)。 しかし、近年の考古学のめざましい発達によって、「アーリヤ人侵入説」には様々な疑問点があることが明らかになってきており、特に1990年代以降のヒンドゥ―・ナショナリストの台頭の中、その攻撃目標になっている。その主張の是非はともかく、学問的に見ても数々の問題点の訂正が迫られている、と著者は言う(第Ⅳ章)。 著者はインド諸言語のうち、ムンダ語族を専門とするのだが、そうした著者からすると、現在のインド学には、サiンスクリット語中心主義的なインド理解という重大な欠陥があると言う。サンスクリット語文献=ヒンドゥー教=インド文化という単一的インド観を乗り越えて、多元的インド観を確立すること、それが、本書の副題の「新インド学」の目指すところである。 今回の文庫化に当たり、「補章 出版二十年後に」が加えられた。危機に瀕する人文学系学問の状況などが赤裸々に綴られている。 本全体の構成からすると、アーリヤ人の問題に関する部分と新インド学に関わるところの関係とがあまりうまく繋がっていないように思えたし、少し詰め込み過ぎのように感じたが、著者の考えなどがストレートに表れていて、面白く読めた。
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