商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 書肆侃侃房 |
| 発売年月日 | 2024/06/04 |
| JAN | 9784863856172 |
- 書籍
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百珠百華 新版
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百珠百華 新版
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塚本邦雄が敬愛する葛原妙子の短歌百首を選び抜き、「己にしか書けぬ」という自負のもと鑑賞を綴った一冊。 まえがきから並々ならぬ気負いが溢れているのは既読の『王朝百首』『百句燦燦』などの詩歌アンソロジーと同じものの、刊行当時バリバリ現役の先輩歌人に捧げた選集だからか、また異なる緊...
塚本邦雄が敬愛する葛原妙子の短歌百首を選び抜き、「己にしか書けぬ」という自負のもと鑑賞を綴った一冊。 まえがきから並々ならぬ気負いが溢れているのは既読の『王朝百首』『百句燦燦』などの詩歌アンソロジーと同じものの、刊行当時バリバリ現役の先輩歌人に捧げた選集だからか、また異なる緊張感も漂っている。 そしてそのせいか、他の評論と比べて若干キレが悪いというか、当たりが柔らかいような気がする。その代わり情の濃いところが前面にでてきて、葛原作品への深い敬愛が感じられる。まえがきでの敗北宣言のような文章にも驚いた。 だからといって、もちろん褒め一辺倒の馴れ合い評論にはなるはずもなく、古典的仮名遣いを極めた者として葛原の歌にたびたび現れる文法的な不安定さを精査し、文意に対して曖昧な用法だと指摘した上で、敢えてその不安定さを選んだセンスを肯定する評は、この人が言うからこその説得力がある。 私は葛原の歌には人間の倫理とは異なる、動植物に近い視点から世界を眺めているような印象を持っているのだけど、それは確かに文意の定まりきらなさによって齎される意図の読めなさから来ているようにも思う。そして、そんな言葉の使い方にヴァージニア・ウルフと共通するものを感じるのだ。大気を漂う地霊が、人や動植物あるいは無機物のなかに入り込んではまた去っていく。そのたまゆらに生まれでた歌たち。おそらくは同じ印象を塚本は女王然とした魂の表出と捉えているのだと思う。 その辺の解釈を巡って、私と塚本の評とで捉え方が180度異なる歌があった。それは傑作として知られる「奔馬ひとつ冬のかすみの奥に消ゆわれのみが累々と子を持てりけり」なのであるが、塚本はこの下の句に〈母性本能〉というものを勝ち誇る地母神的な響きを感じとっているようだ。私は初めてこの歌を読んだときから、この「われ」には連綿と続いてきた〈子を産む性〉の宿命と系譜を一身に背負っているかのような孤高のイメージを抱いてきた。それもある種の勝利宣言と言えなくもないのかもしれないが、奔馬の残像を見送りながらかすみがかる闇のなかで太古から続く〈子〉の行列を率いているような動と静の対比からは、寂寥のほうを強く感じるのである。 類似作品として挙げられている「静かなる暴力われ猫一尾をみなご三人をしたがふるとき」も、私は「をみなご三人をしたがふる」ことが「静かなる暴力」になる、という世界の構造に対する皮肉やブラックユーモアのほうを強く感じる。「猫一尾」という視覚的なおかしみがある数え方からして、葛原にとってはギャグなんじゃないかなと思うのだ。 塚本特有の女性観から来るズレはちょいちょいあって、男家族の歌に施されるフロイトばりの解釈もツッコミどころなんだけど、私が特に面白かったのは「火葬女帝持統の冷えししらほねは銀麗壷中にさやり鳴りにき」に対して、持ち上げようとしたら粉になったという女性の遺骨の話を引き合いにだして「まこと、女人の骨とはこのように儚くてこそ、永久に記念されよう。『さやり鳴』って後も、持統の骨は、呪禁の文句一つくらいは彫るに耐えたかも知れない」と、持統の図太さを揶揄するくだり。骨にも女らしい儚さを求める塚本にこうまで形容される持統の株がむしろうなぎ上り(笑)。 塚本の端正な文章のなかにあるツッコミどころを探すのは楽しみの一つ。本書は特に語り口がオタクっぽく、「私自身を含めた名称信仰者乃至姓氏好奇人種」と圧の強い早口をカマしてきたり、「百合の紋無き紋帖」に今すぐうちの家紋を百合にしたい!と興奮しだしたり。「水仙を切らむに 古代ギリシャ人おほよそは弱年に果てにき」はおそらくナルキッソスからの連想だと思うのに、古代ギリシャの有名人の寿命リストを怒涛の勢いで並べ上げたり。笑えるところがいっぱいあって楽しかった。 もちろん、教養と美学に彫琢された言葉に痺れる瞬間もたくさん。「魚網の影」評の書きだし、「くるしみのしづかなるとき」に満ちる鉱物幻想。特に、「飲食ののちに立つなる空壜のしばしばは遠き泪の如し」と「人あれば妻をたづさへあらはれて遠街に妻の人はかぎろふ」の評は、塚本にこれを書かせる葛原の凄さを改めて感じずにはいられなかった。「遺珠百五十撰」含め、撰歌もよい。
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