商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 勁草書房 |
| 発売年月日 | 2024/03/28 |
| JAN | 9784326303366 |
- 書籍
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ケアリング・デモクラシー
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ケアリング・デモクラシー
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商品レビュー
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https://note.com/chocofunk/n/n0c226d6f68fd 本書は2024年出版だが、原書は2013年に著されている。これまで読んできたケアやフェミニズムに関する本の根本になるような話題が中心で、引用元になるものもある。本書を最初に読むべきだった。順番を...
https://note.com/chocofunk/n/n0c226d6f68fd 本書は2024年出版だが、原書は2013年に著されている。これまで読んできたケアやフェミニズムに関する本の根本になるような話題が中心で、引用元になるものもある。本書を最初に読むべきだった。順番を間違えた。 社会で認知される「適切なケア」は政治的・社会的環境によって変わる。 例えば封建社会では主と奴隷の関係を維持するもの、儒教社会では人類の繁栄のための基盤としての関係性を維持すること、など。 民主主義の進行でこれまで排除されてきた人々、労働者階級の男性、そして女性が参政権を持つように政治的領域に組み込まれてきた。 これは排除されてきた人々が依存的ではないため、自立した存在としてみなすということ。 自立というと聞こえがよいが、実際にはすべての人間が相互依存的に生涯にわたって他者のケアに依存している。 ケアは長らく多くの地域で女性的なものとしてみなされてきたため、ジェンダー化されている。同じように、男らしいということはケアをしないことと結びついてしまっていて、社会全体としてケアに満ちたものになること、より民主的なものにすることを阻んでしまう。 男性がケアを免除される根拠として、生産的な経済活動に勤しんでいるため、日々のケア活動への従事をしなくていい、と論じられることが多いという。生存に必要な経済的手段を家族に供給することによって家族を保護・ケアしているという根拠である。 この考え方の問題は、自由であることがケアをしなくてよいこととイコールで結びついてしまっていること。経済的などあらゆる意味で自立している状態が自由であり、お互いに依存している状態は自由ではない、ということだ。 アメリカでは裕福であればあるほど他者へのケアワークのために雇用されることは少なくなるという記述があるが、ほぼ世界共通だろう。これが自由であることは他社をケアしなくてよいこと、という悪循環を生み、認識をより強くしていく。 本書では、現代の民主主義的な社会では、ケアが私的領域のものとして認識され、社会的には優先度が低く見られている、という前提でさまざまなケアに関する問題を検討していく。 つまり、経済的な生産や保護は男性的であり公的な支援もされるが、家事育児といった女性的、家庭的なケアは私的領域とされ積極的な公的支援が行われないということ。 多くの人は資本主義経済においてケアワークは経済的に解決できると考えているかもしれない。だがケアは公共性を持つ属性のため、市場に任せればうまくいくわけではない。医療や介護を想像すればわかりやすいだろう。 資本主義や経済が万能でなんでも解決できるわけではないことは、特にケアをすることも受けることも必要ないと考えているような男性は強く認識しなければならない。というより、社会全体でそのように移行していけなれけば、日本やそのほかの国もトランプ支持のように極端で懐古的な社会に向かっていってしまうのではないだろうか。
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日経新聞202468掲載 評者:田中東子(東京大学大学院情報学環学際情報学府教授,デジタルメディア,メディア文化,ジェンダー,メディアの言語,etc) 朝日新聞2024420掲載 評者:前田健太郎
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「ケアの倫理」から発展した「民主的な政治は、ケアに対する責任配分を中心に据えるべきであり、かつ、民主的な市民が、そうした責任の割り当てにできる限り参加できるように保証することを核にすべきである」とした著者の「デモクラシー」論である。著者がフィッシャーと共に定義したケアは、複雑なプ...
「ケアの倫理」から発展した「民主的な政治は、ケアに対する責任配分を中心に据えるべきであり、かつ、民主的な市民が、そうした責任の割り当てにできる限り参加できるように保証することを核にすべきである」とした著者の「デモクラシー」論である。著者がフィッシャーと共に定義したケアは、複雑なプロセスであり、それは1.関心を向けること、2.配慮すること、3.ケアを与えること、4.ケアを受け取ること、そしてともにケアをすること(caring with)が最も重要なものと思われる。何回もこのフレーズは出てくるが、このフレーズは某医療団体が強調する「共同のいとなみ」を連想するものであり、トロント以前より、この概念を提言してきた歴史的意義を再確認するものであった。
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