商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 光文社 |
| 発売年月日 | 2024/02/15 |
| JAN | 9784334102227 |
- 書籍
- 新書
創作者の体感世界
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創作者の体感世界
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商品レビュー
4.3
8件のお客様レビュー
はじめに書かれている「逆病跡学」あるいは「健跡学」というアイデアは、本書全体を通じてもちょっと分かりにくかった気がする。病であること、すなわち診断に裏打ちされていることにこだわらず、発達障害の特徴を作品や資料から見出す営みということでいいんだろうか? 内容は各章が短くまとまって...
はじめに書かれている「逆病跡学」あるいは「健跡学」というアイデアは、本書全体を通じてもちょっと分かりにくかった気がする。病であること、すなわち診断に裏打ちされていることにこだわらず、発達障害の特徴を作品や資料から見出す営みということでいいんだろうか? 内容は各章が短くまとまっていて、読みやすい。短いこと、まとまっていることが良いのではなくて、飽きない感じがする。文章が回転している感じがするのだけど、なんでだろう。そういえば小見出しが(一)(ニ)となっている、こういう反復性のなす効果だろうか。いずれにしても、この作品もまた創作者の体感世界が映し出されている
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自身も自閉スペクトラム症・ADHDと診断されている筆者が総勢16人の作家、アーティスト、アニメーター達の作品を「発達当事者」として読み解いていく。 自閉スペクトラム症特有の「想像力の欠如」は定型発達者からの視点で、当の本人たちはそれぞれの形で様々な想像をしていることや、世間とのズ...
自身も自閉スペクトラム症・ADHDと診断されている筆者が総勢16人の作家、アーティスト、アニメーター達の作品を「発達当事者」として読み解いていく。 自閉スペクトラム症特有の「想像力の欠如」は定型発達者からの視点で、当の本人たちはそれぞれの形で様々な想像をしていることや、世間とのズレからしばしば乖離をおこし、「人間風」に生活するために擬態をしていること、その感覚や経験から生み出される様々な作品への解説がとても興味深い。 水の中、宇宙人・異星人感、独特の距離…。 萩尾望都の章で、かつて対談で萩尾氏が語った「失敗したりダメだったりする子には、心があるとは思われていません。だから何を言ってもいいし、どんな教育をしてもかまわない」という文章がすごく重いな、と感じた。 また、最果タヒの「「わからなさ」にこそ自分がある、と思うのに。わかる、と言ってもらいたいがために、それらすべてを捨ててしまっている。」という視点に視界が開ける思いがした。
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自閉症とADHDの当事者であり文学研究者でもある著者が共感する創作者たちを取り上げ、発達障害が見せる世界を語る。 ラルフ・ジェームズ・サヴァリーズ『嗅ぐ文学、動く言葉、感じる読書』を読んだ際に自閉者が既読の古典を別解釈で解体していくさまに魅せられたのでこの本も同じようなものを...
自閉症とADHDの当事者であり文学研究者でもある著者が共感する創作者たちを取り上げ、発達障害が見せる世界を語る。 ラルフ・ジェームズ・サヴァリーズ『嗅ぐ文学、動く言葉、感じる読書』を読んだ際に自閉者が既読の古典を別解釈で解体していくさまに魅せられたのでこの本も同じようなものを期待してしまったのだけど、本書は作家論が主でテクスト読解とはまた違うベクトル。最初は少しがっかりしたが、これは直前に読んだミア・カンキマキの『眠れない夜に思う、憧れの女たち』と同じく言葉のなかにロールモデルを探して彷徨う読者のものがたりではないか、と気がついて頭が切り替わった。ミアにとっての〈夜の女〉と、横道にとっての〈水中世界〉の人びと。 本書を読んでいると、一般に言う「天才っぽさ」や「クリエイターらしさ」はすべて発達障害が引き起こす世間とのズレからきているのかとすら思われる。西洋で胆汁質とか憂鬱質、〈土星の星の子ら〉にカテゴライズされてきた人びとは他者から見た自閉スペクトラムのイメージを背負ってたのかもなぁとか。 なんでもかんでも発達障害に結びつけすぎだと感じる人もいるだろうけど、それこそが創作物を「読む」行為の自己満足的な楽しさだと私は思う。作品が語ることをぜんぶ自分に引きつけて考え、作者は自分なんじゃないかと感じ、妄想のなかでイマジナリー・フレンドになる。それってオタクやってて一番楽しい瞬間じゃないか。 横道はオタクの生き方を肯定し、従来の批評家から「自己満足的」とマイナス評価されてきた表現にシンパシーを寄せる。その裏側には、既存社会で仰がれてきた「普遍性」なんて結局マジョリティのものでしかなかったというこの時代の気づきがあると思う。 と同時に、横道が反応する孤立感、疎外感、ナイーヴ感、「宇宙人」感といったものは古典的な文学の大テーマだし、それこそ普遍的だ。前掲書でサヴァリーズも「文学がそもそも自閉的なのだ」と言い切っていたことを思いだす。横道は「じぶんの自然な挙動を諦めて、観察したかぎりでの『ふつうっぽさ』を装いながら生きる。じぶんの魂に対する一種の殺害」をし、擬態して生きてきたと話す。本書に太宰がいないのは不思議だ。 各論で一番よかったのは庵野秀明論。私は庵野作品をまともに見たことがないので作品論の妥当性はわからないのだけど、監督自身の「僕らは結局コラージュしかできない」という発言を受けての、「コラージュしかできないという諦観と、じぶんのオリジナルな人生で全体を束ねるという意志は、まことに自閉スペクトラム症的だ。(中略) じぶんの内部に侵入してきた雑多なものをまとめあげたいという強い欲求が生まれる。じぶんの人生を創作物へと再構築しながら、じぶんを圧迫してきたものの壮大なコラージュへと成形していく」とまとめた段落は、現代ポップカルチャー全体の「コラージュ感」をも説明してしまっていると思う。オノ・ヨーコ論も目を開かれるようだった。
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