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ケマル・アタテュルク オスマン帝国の英雄、トルコ建国の父 中公新書2774
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ケマル・アタテュルク オスマン帝国の英雄、トルコ建国の父 中公新書2774

小笠原弘幸(著者)

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ケマル・アタテュルク オスマン帝国の英雄、トルコ建国の父 中公新書2774

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 中央公論新社
発売年月日 2023/10/23
JAN 9784121027740

ケマル・アタテュルク

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商品レビュー

3.9

8件のお客様レビュー

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2025/11/09

以前からトルコ建国の父でありトルコの世俗主義の方向を定めたムスタファ・ケマルに関心があり、読んだ。読む前はトルコの英雄としての側面しか理解していなかったが、ムスタファ・ケマルを取り巻く人間関係と政治的な歩み(そしてそれはトルコ共和国の歩みと重なっていく)を感じることができた。歴史...

以前からトルコ建国の父でありトルコの世俗主義の方向を定めたムスタファ・ケマルに関心があり、読んだ。読む前はトルコの英雄としての側面しか理解していなかったが、ムスタファ・ケマルを取り巻く人間関係と政治的な歩み(そしてそれはトルコ共和国の歩みと重なっていく)を感じることができた。歴史の流れとしてざっくりと知っていたことを、改めてひとつの視点から学ぶと、歴史・政治はタペストリーのように重なり合い影響し合い、簡単には断ずることのできない複雑な要素が影響し合い現代に繋がっているのだと理解できた。 登場人物は多く混乱もするが、後ろに簡単な一覧もあるので親切な構成だと思う。私は全部読んでから気づいたので、今から読む方は読む前に気づけば有効に使えると思う。 ムスタファ・ケマルの歩んだ道や人となり、ムスタファ・ケマルを中心にみるトルコ建国史の入門としておすすめだと思った。

Posted by ブクログ

2025/07/26

ケマルアタテュルクの人生を追いながら、600年続いた帝国の滅亡と、新しい(といっても地続きな)国づくりの道筋を描いている。 ケマルは傑物で強すぎる意志を持っているが、時代の流れの中で偶然を味方につけてなんとか前に進んでいた印象を受けた。

Posted by ブクログ

2025/01/26

ケマル・アタチュルクの人生、業績に焦点を絞った著作。最後に、アタチュルク後のトルコを簡単にまとめている。著者の『オスマン帝国』と併せて読めば、イスラムの勃興から現在のトルコ共和国まで、オスマン帝国とアタチュルクの時代を中心にトルコの歴史をザックリ押さえることができる。 これまで...

ケマル・アタチュルクの人生、業績に焦点を絞った著作。最後に、アタチュルク後のトルコを簡単にまとめている。著者の『オスマン帝国』と併せて読めば、イスラムの勃興から現在のトルコ共和国まで、オスマン帝国とアタチュルクの時代を中心にトルコの歴史をザックリ押さえることができる。 これまでガリポリの英雄でトルコ共和国建国の父という程度の知識しかなかったが、出生や幼年期の経験、友人や女性との交友関係、その当時のバルカン情勢なども追うことでどんな人かというイメージが湧いてくる。 本書の内容というよりも読んで感じたことを何点か記したい。 ・アタチュルクの行動範囲や視界を見ると、サロニカ生まれで軍人時代の任地も関係しているとは思うものの、ロシアも含む欧州との関係が9割以上であり、東は国境を接するアルメニア・クルド・シリア・グルジアあたりまで、オスマン帝国領をどのように確定し、トルコ領内に残ったクルド人をどのように共和国に統合するかという程度で基本的に意識が西に向いている。尤も主要な脅威がそちらから来るからなのだが。 ・アタチュルク後、トルコの政局がクーデターもあって長らく不安定で21世紀のエルドアンの台頭により安定するが、そこでダウトオール外相が提示した全方位外交は、まさに脱欧入亜(イスラム)という意味で歴史的に時代を画するものであったことがよく理解できた。 ・第一次大戦前、セルビアの秘密結社が対オーストリアで暗躍していたが、トルコでも青年トルコ党はじめそれが一般的だった模様。 ・オスマン帝国は専制君主とより権力分立した君主も存在していたが、アタチュルクの独裁志向は専制君主並みであり、それによって非常時を乗り越えられたとも言え、危機においては権力集中も必要かとは思う。しかし、早すぎる死が晩節を汚さなかったのかもしれない。 ・歴史のイフではあるが、ケマルの下でのオスマン軍は、英国正規軍やアンザック部隊を退け、東アナトリアでもロシア相手に敢闘。部隊長レベルではなく、もう少し早く生まれて参謀総長レベルであったらオスマンはまだ続いてかもしれない。 ・その関係で言えば、権力のみならず権威の集中の必要性を感じたからこそ独裁者としてのアタチュルクは、スルタン廃位に続き、カリフも廃位して世俗化を強調している。しかし、政治・軍事なやエリートを含む大多数の国民はカリフの存在には否定的ではなかった。その反映か、死後には徐々にオスマンの歴史的遺産が強調されている(特にエルドアン政権)。 ・権力権威を集中した結果、アタチュルク死後のトルコ政治は不安定なものとなる。カリフ制のみを残せば、日本の象徴天皇制度や欧州の王室制度と同様にトルコの強み・資産になったのではと思う。 ・スルタン・カリフ制は、日本の天皇の権力・権限の変遷を考える上でも比較対象として面白そう。 この辺にしておくが、知識の欠落を補い、色々と思索を拡げさせていただいた本書に感謝!

Posted by ブクログ