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ハイデガーの哲学 『存在と時間』から後期の思索まで 講談社現代新書2711
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ハイデガーの哲学 『存在と時間』から後期の思索まで 講談社現代新書2711

轟孝夫(著者)

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ハイデガーの哲学 『存在と時間』から後期の思索まで 講談社現代新書2711

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 講談社
発売年月日 2023/06/22
JAN 9784065321300

ハイデガーの哲学 『存在と時間』から後期の思索まで

¥1,650

商品レビュー

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2025/10/04

ハイデガーの思索をつらぬく「存在」をめぐる問いとはいったいなんだったのかということを、ていねいに解説している本です。 著者はすでに『ハイデガー『存在と時間』入門』(講談社現代新書)を刊行していますが、本書でもふたたび『存在と時間』におけるハイデガーの思索を振り返っています。とは...

ハイデガーの思索をつらぬく「存在」をめぐる問いとはいったいなんだったのかということを、ていねいに解説している本です。 著者はすでに『ハイデガー『存在と時間』入門』(講談社現代新書)を刊行していますが、本書でもふたたび『存在と時間』におけるハイデガーの思索を振り返っています。とはいえ、前著とは異なる観点から検討がなされていることはいうまでもありません。本書では、『存在と時間』の既刊部分ではじゅうぶんに展開されることのなかった、「存在」をめぐる問いとのかかわりに焦点をあてて、ハイデガーの議論が見なおされます。 つづいて、中期および後期の思想の検討がおこなわれますが、ここで著者はハイデガーとナチズムの関係についてのくわしい考察を展開しています。ハイデガーの反ユダヤ主義的な言説がしるされた「黒いノート」の公刊以来、ハイデガーのナチズムへの加担は決定的になったとみなされていることに対し、著者は異議申し立てをおこないます。 ハイデガーの「存在」とは、さまざまな存在者がその真理をあらわにする場所であり、そこには和辻哲郎の主張する「風土」としての性格がふくまれていると著者は主張します。こうした発想にもとづいて、ハイデガーはドイツ民族が彼らの置かれている「風土」において「存在」を迎え入れることの意義を説きました。著者によれば、こうしたハイデガーの議論は「存在」の性格にそくした、どこまでも哲学的な思索なのであり、ナチズムの信奉者のあいだに見られた、生物学的な意味での民族を称揚する議論とは無縁のものです。 こうした立場にたって、ハイデガーはみずからの思想にもとづく大学改革を夢見たものの、そのくわだては失敗に終わります。その後ハイデガーは、ナチズムをふくめて近代的な発想そのものを根底から批判する思索をおこなっていたと著者は主張します。また、しばしばハイデガーの不誠実さを示すと見られてきた詩人のパウル・ツェランとのかかわりについても、通説の誤りを明らかにしています。

Posted by ブクログ

2024/05/22

骨太な読書になりました。 ハイデガーの『存在と時間』については大体理解していたつもりだったが、著者の胆力ある丁寧な説明のおかげで理解がより深まった。人生論としての存在という表層的な思考に留まることなく、ハイデガーが追い求めた思索の過程とその結果生まれ得た多くの概念に肉薄していく。...

骨太な読書になりました。 ハイデガーの『存在と時間』については大体理解していたつもりだったが、著者の胆力ある丁寧な説明のおかげで理解がより深まった。人生論としての存在という表層的な思考に留まることなく、ハイデガーが追い求めた思索の過程とその結果生まれ得た多くの概念に肉薄していく。 存在という概念に取り憑かれたハイデガーおじさんは、その思考の果てに存在を超出していく。 ナチとの繋がりについてはフェアな立ち位置から出来るだけ冷静に分析していて興味深い。 ツェランとのエピソードはなぜか泣いてしまったた。 ただハイデガーの胡散臭さは免れ得ない印象。

Posted by ブクログ

2023/11/29

書き手である轟氏の持つ個人的な問題意識に強引に誘導しようという「臭み」を感じさせない清潔さ/フェアネスを感じる。ハイデガー『存在と時間』をいま読むということ。どんなスノッブ/ファッショナブルな先駆者の言葉の引用も行わず、轟氏は徒手空拳でこの未完の大著と取り組み内在する「可能性の中...

書き手である轟氏の持つ個人的な問題意識に強引に誘導しようという「臭み」を感じさせない清潔さ/フェアネスを感じる。ハイデガー『存在と時間』をいま読むということ。どんなスノッブ/ファッショナブルな先駆者の言葉の引用も行わず、轟氏は徒手空拳でこの未完の大著と取り組み内在する「可能性の中心」に迫っていく。ただ、ぼくの理解力では「そうか、『存在』は神秘なんだ」という程度の読みにとどまりそこから考えが止まってしまった。轟氏の態度を見習い『存在と時間』そのものと取り組み、ハイデガーが照らす「道」を通って自分を見つけたい

Posted by ブクログ