商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 集英社 |
| 発売年月日 | 2023/01/26 |
| JAN | 9784087718225 |
- 書籍
- 書籍
よき時を思う
商品が入荷した店舗:店
店頭で購入可能な商品の入荷情報となります
ご来店の際には売り切れの場合もございます
オンラインストア上の価格と店頭価格は異なります
お電話やお問い合わせフォームでの在庫確認、お客様宅への発送やお取り置き・お取り寄せは行っておりません
値下げ前価格について
本価格は現中古販売価格の「値下げ前価格」となります。
直近約1か月間、値下げ前価格での販売実績があるものだけ表示しております。
よき時を思う
¥2,200
在庫あり
商品レビュー
3.5
56件のお客様レビュー
読み始めはこんな感じになっていくのかなと想像しながら読んでいたが全然違う展開やった 良い意味の裏切られ方ではなくゆったりしすぎていて少し退屈
Posted by 
九十歳を迎える徳子が催く、大切な人たちだけを招いた晩餐会。 晩餐会とは、自分への、同席する人々への、料理人や配膳係たちへの敬意である。 つまりは今日生きていることへの敬意をもってひらかれた。 この時間がもつ意味の尊さが、じっくりと染み渡っていく。 二九歳の綾乃から見た祖母徳子...
九十歳を迎える徳子が催く、大切な人たちだけを招いた晩餐会。 晩餐会とは、自分への、同席する人々への、料理人や配膳係たちへの敬意である。 つまりは今日生きていることへの敬意をもってひらかれた。 この時間がもつ意味の尊さが、じっくりと染み渡っていく。 二九歳の綾乃から見た祖母徳子の人生は、一輪挿しの花のように凛としていた。 『見ていると幸福な気持ちになる。それはやがて「もの」ではなく幸福そのものになる』 そういうものを探し求めていた徳子おばあちゃん。 探さねば見つからないし手に入らない。 一体人生のうちにいくつ幸福を見つけることができるのか。これが幸福を求めて生きるということかと思った。 子どもたちの、孫たちの、そして徳子おばあちゃんに心を揺さぶられた人々の中に、足跡がくっきりと残されていくのを見るようだった。 ただそれは、何度も言い含められ記憶に残る何かではなく、「徳子おばあちゃんはこういう気持ちの持ち主だった」という、その人の芯のようなものだ。 背中が伸びるような佇まいと、静けさのなかに写る誇らしさ。 きっと「よき時」を紡いできた人にだけ与えられるものなのかもしれない。
Posted by 
90歳の記念に祖母が計画した、家族のための豪華な晩餐会。 孫の綾乃は晩餐会の準備を手伝う中で、若くして夫を失い、教師として生き抜き、再婚して家族を支えてきた祖母の長い人生を知っていく。物語は孫の綾乃の視点から描かれる家族小説。 自分も家族の一員になって晩餐会の準備を楽しみながら読...
90歳の記念に祖母が計画した、家族のための豪華な晩餐会。 孫の綾乃は晩餐会の準備を手伝う中で、若くして夫を失い、教師として生き抜き、再婚して家族を支えてきた祖母の長い人生を知っていく。物語は孫の綾乃の視点から描かれる家族小説。 自分も家族の一員になって晩餐会の準備を楽しみながら読んだ。さすがに、豪華な晩餐会の料理は食べれないので、料理のところは飛ばし読み。 90年の人生は長い、辛いことも楽しいこともいろんなことがあるだろう、自分も90歳まで生きれたら、晩餐会とはいかないが、豪華な食事会を計画したい。と思うことが「よき時を思う」につながるか? 印象に残った文章 ⒈桜梅桃李よ ⒉さあ、さあ、さあ、さあ。素晴らしい晩餐会へと出発いたしましょう ⒊晩餐会とは、きょう生きていることへの敬意。自分の生命への敬意と讃嘆。家族や友人たちへの生への敬意と讃嘆をあらわすためのもの ⒋90歳まで長生きできたら、わたしは自分の長寿に敬意を払い、その僥倖に敬意を払い、わたしを大切にしてくれた家族を讃嘆しようと決めたのだ。
Posted by 

