商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 講談社 |
| 発売年月日 | 2022/02/10 |
| JAN | 9784065269404 |
- 書籍
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ハイデガー 世界内存在を生きる
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ハイデガー 世界内存在を生きる
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商品レビュー
4.5
7件のお客様レビュー
本書はハイデガーの『存在と時間』への入門書である。多くの書は『存在と時間』「について」の入門書である中、その読み解きの具体性において群を抜いているがゆえに『存在と時間』「への」入門書であるとあえて書きたい。『存在と時間』という著作の成立とその思想的背景に関しては轟孝夫氏の『ハイ...
本書はハイデガーの『存在と時間』への入門書である。多くの書は『存在と時間』「について」の入門書である中、その読み解きの具体性において群を抜いているがゆえに『存在と時間』「への」入門書であるとあえて書きたい。『存在と時間』という著作の成立とその思想的背景に関しては轟孝夫氏の『ハイデガー「存在と時間」入門』が本書でも決定版と言われているように現在手にし得る最も詳しい本であると思われるが、本書はハイデガーに初めて触れる読者もそれなりに読んできた読者をも、ハイデガーが『存在と時間』において取り組んだ問いへとダイレクトに招く本である。 ハイデガーに関する本を幾つか読んでいくと時折指摘されるように「ハイデガー語」と呼ばれるような独特な言い回しに出くわす。そうしたことの一つひとつを剥いでいく作業が近年の研究の特徴であるとも言えるのだが、その中で本書は群を抜いてハイデガー語を感じさせることなく直接に読者をその問題へと招く本であるように思う。副題にもあるように本書はハイデガーの『存在と時間』における世界内存在をめぐる分析がなされていくのだが、訳者による他書にはないダイレクトな訳文を通してハイデガーの問いそのものが多数の引用とともに明らかにされていく。その問いかけの深みを確かめるためにいくつかの訳文を比較検討することを通して読者は自然とハイデガーのテクストへとも導かれていくのである。 私たち一人ひとりが固有の生を生きるにはどうするべきか、いかに生きるべきかという問いが『存在と時間』を貫いている。世界内存在として現存在である私たちはどのような世界に生き、どのような生を享けているのか。本書はその具体的な問いかけの積み重ねを通して生き生きとハイデガーの思考へと読者を導いてくれる。中でも印象的なのは社会の中で私たちが与えられてきた性の役割への問いかけでクィアの話題が取り上げられたことである。今までのハイデガー本でこれほどまでに直接的に私たちの生の諸相に分け入り、本来性そのものを問いかけ、新たな地平をひらこうとする本はなかったのではないだろうか。それほどに本書は強烈な印象を残した。 ここまで書くと今までの読解を無視した本であるとの印象を持たせてしまうかもしれないが、そうではない。むしろ凝縮された叙述は著者のハイデガー研究の積み重ねへの敬意を感じさせるものであり、なおかつそれらの不十分なところを補い、そのうえで直接にハイデガーのテクストそのものと向き合うことを読者に呼びかけているのである。
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本書では、『存在と時間』は現代の小さな個人の物語に寄り添う本であるかのように語られている。他の類書が読者を『存在と時間』の時代に連れていってくれるのに対して、本書は『存在と時間』を現代に連れてきているという印象がある。著者の説明は非常に丁寧であり理解しやすい。著者は『存在と時間』...
本書では、『存在と時間』は現代の小さな個人の物語に寄り添う本であるかのように語られている。他の類書が読者を『存在と時間』の時代に連れていってくれるのに対して、本書は『存在と時間』を現代に連れてきているという印象がある。著者の説明は非常に丁寧であり理解しやすい。著者は『存在と時間』について、『私たちがそれぞれ「私」の生を生きているとはどのようなことか』という問いから解釈すると宣言し、そこには『生き生きとした「生」についての哲学的分析』があると評している。 私は『存在と時間』の中心的モチーフについて、1927年という戦間期のドイツという時代背景もあって、「平凡で日常的で大衆的な『非本来性』から脱却せよ!『死への先駆』と『決意』において『本来性』へと立ち返れ!自己に固有の可能性に命を燃やせ!覚醒せよ!」というヒロイックな倫理規範の推奨というイメージをもっていた。当時のドイツで『存在と時間』が世間的な大成功を収めたことを考えても、そのイメージはかなりの部分で間違っていないと思う(ハイデガー本人の意図とは異なる読まれ方だったとしても)。例えば他の類書では、『ひと』は「マスメディアや均一化する大衆社会への批判」をもって、『死へと先駆しつつ決意すること』は「戦争と不安の時代における若者像」をもって、具体例とすることも多い。これはこれで当時の時代背景からしてやはり正しいと思う。それに対して本書では、『ひと』はマイノリティの人々への同調圧力として、『死へと先駆しつつ決意すること』はそのような人々が苦難や葛藤のなかで日々経験しているようなものとして、それぞれ例示される。著者が挙げる様々な例は、著者自身の関心に由来するものであることは間違いないが、それらは『存在と時間』の議論に現代的なリアリティを与えるために使用されており、著者の思想を強引にねじ込むようなものではない。現代の読者には、「戦争と不安の時代における若者像」よりも「同調圧力に流されつつ抗って自分自身として生きようとする孤独な個人」の方がイメージしやすいだろう。世間とのギャップを感じて、『不安』のただ中で、自分の『本来的な在りかた』に思いを巡らさずにはいられない姿というのは、十分に理解できる。このように本書では、当時のドイツの置かれた状況から『存在と時間』を理解するという読み方が欠けているという面は否めない。しかし実際、本書の記述それ自体はしばしば胸を打つようなものであった。私は本書を読むまで知らなかったが、著者にはトランスジェンダーの活動家としての顔もあるようで、何かと言われがちなようである。しかし少なくとも本書における著者は、『存在と時間』の案内役として真摯であると思う。 どうしても本書で足りないと思ってしまう部分は、(1)『現存在の時間性』の説明がないこと(本来的時間性は『先駆-瞬視-反復』だという有名な議論)、(2)『共同存在』の『歴史性』に関連した『民族』の『運命』に関係する(今となっては)不穏な印象を伴う議論の説明がないことである。もっとも(2)は本書のコンセプトからしたら当然かもしれない。(1)については、ハイデガー本人の目的であった『存在一般』に連結される重要概念だと思われるが、著者は『よく理解できていない』、『哲学的に成功しているようには到底思えない』と述べており、自覚的に省略されている。この点は判断が分かれると思う。 『存在と時間』が未完の著作である以上、『存在と時間』解釈において、『存在の問い』あるいは『ハイデガーの思想史』を無視して単独の著作として扱うという本書の姿勢は是非が分かれるところだろう。しかし著者が強調するように、どういう読み方が『存在と時間』を『より網羅的に、また実り豊かに解釈できるか』というのも真だと思う。だから、著者が本書の姿勢について『決してハイデガーの意図を裏切るものではない』とまで言い切る必要もなかったのではないかと思う。というよりも、やはりそれはハイデガー本人の意図とは異なると考えるのが自然だ。しかしながら、もっと率直に、「ハイデガーの意図とは違うとしても、ここには極めて重要な洞察があり、読むべき価値がある」、それが全てではないだろうか。若い著者であるので、ハイデガー業界の先生方への対抗心なのだろうかと余計なことを少し思いもした。実際、本書は著者の読み方において素晴らしいものになっているので、ことさらハイデガー本人の意図から正当化する必要はないように思われる。
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最上級に噛み砕いて、これほどわかりやすく『存在と時間』を解説してくれた本はない。 自分の生を日常性から一歩深い視点で見つめることができる。 初めて解説本を読んで、『存在と時間』そのものに挑んでみようと思えた。
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