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極限の思想 ニーチェ 道徳批判の哲学 講談社選書メチエ le livre
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極限の思想 ニーチェ 道徳批判の哲学 講談社選書メチエ le livre

城戸淳(著者)

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極限の思想 ニーチェ 道徳批判の哲学 講談社選書メチエ le livre

2,310円

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 講談社
発売年月日 2021/11/10
JAN 9784065239490

極限の思想 ニーチェ 道徳批判の哲学

¥2,310

商品レビュー

4.3

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みんなの感想まとめ
  • ニーチェ哲学入門
  • 道徳批判の核心
  • 自己欺瞞の探求
  • 超人概念の再考
  • ルサンチマンの分析
  • 倫理と価値の転換
  • 思考の極限への挑戦
  • カント研究の視点
  • 哲学初心者向けの解説
  • 道徳意識の再構築

道徳批判の哲学における深い洞察が展開されており、ニーチェの『道徳の系譜学』を中心に、その思想の本質に迫る試みがなされています。著者は、ニーチェの道徳批判が持つ超越論的な意義を解き明かし、特に「ルサンチマン」に焦点を当てて、その背後に潜む自己欺瞞を明らかにします。モラリストとは異なる視点から道徳の根本的な問いを再考することで、ニーチェの思想が如何に新たな価値を創造する「超人」の概念に結びつくかを論じています。

本書は、ニーチェ初心者にとっても非常に参考になる内容であり、初読では見えなかった視点を提供します。特に重要な要点に絞った解説が行われているため、他の資料と併用しながらの理解が推奨されます。著者のカント研究者としての視点が、ニーチェの哲学に新たな光を当てることに寄与しており、読み返すことでさらなる理解が深まることが期待されます。

※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。

2026/05/04

https://x.com/nobushiromasaki/status/2051135500279525422?s=46&t=z75bb9jRqQkzTbvnO6hSdw

Posted by ブクログ

2025/09/04

ニーチェの『道徳の系譜』を読み解く上で非常に参考になった。『道徳の系譜』初読の時点では全く見えなかった景色が、この本を足がかりに見えた。ニーチェ初心者は、できれば『道徳の系譜』とこの本を交互に理解しながら読み進めるのがいいのではないと思う。 しかしこの本で解説される部分は、『道...

ニーチェの『道徳の系譜』を読み解く上で非常に参考になった。『道徳の系譜』初読の時点では全く見えなかった景色が、この本を足がかりに見えた。ニーチェ初心者は、できれば『道徳の系譜』とこの本を交互に理解しながら読み進めるのがいいのではないと思う。 しかしこの本で解説される部分は、『道徳の系譜』の特に大事なところ、要点に絞られるので、ところどころは自分自身で、あるいは他の解説書を参考にして読まなければいけないところもある。 また、『道徳の系譜』では触れられていないニーチェの思想も四章で触れられるが、『道徳の系譜』のみの解説で良い人には二章と三章で十分だろう。 それと、著者はニーチェが専門ではなく、カント研究者らしい。しかし、『道徳の系譜』に何箇所も出てくるカントの部分の解説が欲しい人には特に参考になるだろうと思う。 また読み返して、今度は理解しきれてない部分を拾っておこうと思う。

Posted by ブクログ

2025/05/29

本書はニーチェの哲学全体を『道徳の系譜学』を中心軸として論じている。著者はニーチェが書かなかったことや見落としたことまで指摘しながら考察を進めている。その際、様々な論者の異説が比較されることで、著者の説得力が増している箇所も多い。そのような読み方は自分一人では到底無理なので大変あ...

本書はニーチェの哲学全体を『道徳の系譜学』を中心軸として論じている。著者はニーチェが書かなかったことや見落としたことまで指摘しながら考察を進めている。その際、様々な論者の異説が比較されることで、著者の説得力が増している箇所も多い。そのような読み方は自分一人では到底無理なので大変ありがたい。 『道徳の系譜学』の三つの論文は、ときに第一論文(つまり『ルサンチマン』論)の読みやすさとインパクトが際立つため、それだけで論じられることもあるが、著者は三つの論文の内的関連も重視する立場である。主題はそれぞれ、第一論文『ルサンチマン』、第二論文『疚しい良心』、第三論文『禁欲主義』であり、これらはどれも『道徳』の『原動力』であるとされる。著者の整理では、『意味のない苦悩』は耐えがたいが、その『苦悩の正当化』はどこに求めてもよいという洞察を前提に、その向け先を内部に求めれば『疚しい良心』が、外部に求めれば『ルサンチマン』が見いだされ、そのような『解釈』を先導するのが『禁欲主義の理想』の『僧侶』である。そしてさらに、そのキリスト教の『道徳』が勝利してきたのは、それが『唯一の理想だった』から、つまり『対抗理想が欠けていた』からであり、だからこそニーチェは『ツァラトゥストラの理想によって更新することもできる』と考えた。こうして、『道徳の系譜学』の内部から『ツァラトゥストラ』への導線も明瞭である。 カントの専門家でもある著者は、ニーチェの哲学を『カントの批判哲学の超越論的な問題設定を継承』し、その『啓蒙』のプロジェクトを貫徹し超克する立場として位置づけ、『おのれの定言命法を発明する』ように鼓舞するものだと評する。具体的には、ニーチェの『道徳』は『誠実』=『価値評価する生を開示してみせる立場』であるのに対して、僧侶の『道徳』は『不誠実』=『道徳的価値の客観的な真理性を唱道し、そのもとで自己の生を隠蔽する立場』である。前者は『既存の価値基準に隷属的に依拠することなく、価値評価における遠近法をみずから開設するのであり、しかもその遠近法によって序列化される位階秩序において、その元首的な位階におのれを置くことによって、自律的に尊厳を体現して、みずから高貴になる』という立場であり、そこからは後者の『隠蔽の秘めた身振りが見通せる』ことになる。カント道徳論においては『意志の格率』という主観的なものだけが問われる。ごく素朴に、本人が善と信じてなす悪行があふれているこの世界において、私はカントの考え方は極めて無責任だと考えざるを得ない。そして思うに、常識人カントは自説に潜むこの非社会性を前にして立ち止まってしまい、だからこそ自身の体系に「心の不死」だの「神」だのを慌てて後付けするはめになったのだ。もしニーチェが同じように考えたのなら、カント以上に「自律」というカント的原則を先鋭化させることで、その極限形態として『貴族的』な、まさしく著者がいう『おのれの定言命法を発明する』ように鼓舞する『道徳』が帰結することも何ら不思議ではないと思う。 最終章では『道徳の系譜学』以後のニーチェが扱われる。著者の『永遠回帰』解釈によると、そこでは『無限に反復されることで極端に大きな文字へと拡大された自己を、是認しうるか否か』が問われる。そして、『永遠回帰』の試練を経由した『自己是認』とは『生活のすべてが然るべく配置されて、最善の成り行きであると確信しているような、晴朗な精神状態のこと』だとされる。そのような確信に満ちつつ静謐な境位という描写は、スピノザの「直観知」を連想させる。一方で著者は『実存主義的な読み方で推奨されていたような、雄々しくも悲壮な』解釈を否定する。さらに著者は、『永遠回帰』によって『人類の歴史をも救済する』可能性を示唆する。それは例えば『ツァラトゥストラ』の『すべての「そうであった」は断片、謎、残酷な偶然である──創造的意志がそれに向かって「しかし私がそう欲したのだ!」と語るまでは』という言葉に示されているようだ。著者の説明によると、繰り返し『そう欲する』とき、『創造的な意志』によって、『過去』は『現在の生を形成する歴史として継承』され、『未来』は『解釈され展望されることで将に来たるべき歴史』となり、そのとき『永遠回帰』とは『歴史』と『解釈する人間的生』の全体を『その動態において肯定する形式』である……。そのような歴史的な解釈は、ハイデガー『存在と時間』を連想させるが、19世紀後半~20世紀初頭にかけて、個人と歴史を一つの全体として肯定するという課題が、時代の雰囲気だったのかもしれない。

Posted by ブクログ

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