商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | タバブックス/JRC |
| 発売年月日 | 2021/07/30 |
| JAN | 9784907053499 |
- 書籍
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生きるためのフェミニズム パンとバラと反資本主義
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生きるためのフェミニズム パンとバラと反資本主義
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商品レビュー
3.6
8件のお客様レビュー
エッセイだねこれは? 私は男性です♂ 社会的成功者の女性によって、そうするべき、あの人は偉いみたいになる風潮あるよね うちの会社でも子育てしながら昇進してる人が「やるか、やらないかです!」みたいなこと言ってたよ でも蓋開けてみると家事支援者多数だ 僕もあの時はすげえな〜なんて思...
エッセイだねこれは? 私は男性です♂ 社会的成功者の女性によって、そうするべき、あの人は偉いみたいになる風潮あるよね うちの会社でも子育てしながら昇進してる人が「やるか、やらないかです!」みたいなこと言ってたよ でも蓋開けてみると家事支援者多数だ 僕もあの時はすげえな〜なんて思ってしまったけどね、若いぜ 全体通して経験談ベースですね 自分の特権に無自覚なのはその通りだと思う、自分もそういうときあったし、今でもあるかも ただやっぱり批判で終わるのは嫌だ 議論で喋りすぎてる人もその時を必死で生きてるんだと思うし なんかそういう人が悪者のように捉えられた そうなのか? 社会的弱者を想像する力が今よりも多くの人に備わったとして、それが解決になるかがよくわからん
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タイトル通り、たしかに本書の通奏低音として「フェミニズム」が流れている。ただ、一読した感想としてはもう少し射程が広く、女性を含めた弱者全般を扱ってるといったほうが正確。実際、社会的成功をおさめたアッパークラスの女性による、いわゆるリーン・イン・フェミニズムには「偽装フェミニズム」...
タイトル通り、たしかに本書の通奏低音として「フェミニズム」が流れている。ただ、一読した感想としてはもう少し射程が広く、女性を含めた弱者全般を扱ってるといったほうが正確。実際、社会的成功をおさめたアッパークラスの女性による、いわゆるリーン・イン・フェミニズムには「偽装フェミニズム」「多様性の名の下での排除」と厳しい。 政府が進める女性活躍推進法や少子化対策にも批判的である。それは女性への支援でも女性の活躍でもなく、国のために「活用」しようという話でしかない、といった具合に。 上で挙げた「リーン・イン」の著者はハーバード大を卒業しFacebookのCOOを務め、子ども2人を育てる女性である。ことさら女性に限定せずとも世界有数のエリートといっていいし、努力もしたのは事実だろう。ただその生活は、エリートとはいえない無数の女性たちに支えられているのも事実である。 「そいつらは努力が足りないからだ」というのは視野が狭く一面的で、弱肉強食のネオリベ的競争原理に支配されたものでしかない…。 男性社会のなかで女性が活躍する話はみんな好きだ。「みんな」というのは、それを称揚するひとたちも、それに対する過剰な反発をするひとたちも含めて。 しかし、著者が書くようにすべての女性が輝かしく働いて子どもを産み育て、社会で活躍したいわけではない。どちらか片方で充分という女性もいれば、バリバリ働きたくもないし子育てもしたくないという女性もいるのは当たり前である。それに、家庭環境や教育水準、先天的な個人的要因などの諸条件によっては、そもそも活躍する可能性自体がない場合もある。 そして資本主義と結託したフェミニズムは、それらのひとたちを排除する。「活用」できないからだ。 本書が女性だけに限らない弱者を取り扱うのは中盤以降に多くなる。主に書かれるのはホームレスのことで、これは上に挙げた諸条件にあてはまりやすい属性である。 内容としては学術書ではないのでむずかしくない。 なにより、著者の言語感覚が優れていて小気味好く読める。
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「私たちはみな資本主義という恒常的な災害の被災者である」というフレーズに惹かれて。1,2部は著者の体験と理論が見事に複合されていて素晴らしいと思った。 しかし、3部についてはクエスチョン。 タネさんのエピソード。タネさんの死が「犬死」であることの意義について著者は力説するが、それ...
「私たちはみな資本主義という恒常的な災害の被災者である」というフレーズに惹かれて。1,2部は著者の体験と理論が見事に複合されていて素晴らしいと思った。 しかし、3部についてはクエスチョン。 タネさんのエピソード。タネさんの死が「犬死」であることの意義について著者は力説するが、それは決してタネさんの声ではない。著者とタネさんという人物との個人的な(書かれていないことも含めての)関係性に裏打ちされた記述なのだとは思う。それでも。「無駄な死なんてないと思い込もうとする心性を憐れむように死んだ」や、「誰よりも~」というような記述は過度にタネさんという人物を美化しすぎているとしか思えない。それを第三者である学者が書くという暴力性(著者は無論その点にも自覚的ではあるのだが)。 (ちなみに犬死に上等!という著者の「意見」には賛成。タネさんの人生にそれを語らせてはいけないとやっぱり思うけど) その点、ヤスさんとのエピソードは極めて示唆に富み、インターセクショナル•フェミニズム/セーファースペースについて考える上でも重要だと思う。
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