商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 白水社 |
| 発売年月日 | 2021/02/23 |
| JAN | 9784560090664 |
- 書籍
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もう死んでいる十二人の女たちと
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もう死んでいる十二人の女たちと
¥2,200
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商品レビュー
3.4
12件のお客様レビュー
文体の癖が凄すぎて時々話についていけなくなる。 言いたいことはあるんだろうけど、その独特な文体のせいで伝わってこないし、読みづらかった。 この作者(パク・ソルメ)は正直私には向いていないと感じました。
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『大事なことをしっかり心に刻みつけていればこそ、ものごとは容易に運ぶのだ。世の中には大事なことがいろいろある。人は生きている限り心をこめて歌わなければならないし、自分が歌っている歌が何なのかわかっていなければならないし、もう一度考えて それが何なのかわかっていなくてはならない。マ...
『大事なことをしっかり心に刻みつけていればこそ、ものごとは容易に運ぶのだ。世の中には大事なことがいろいろある。人は生きている限り心をこめて歌わなければならないし、自分が歌っている歌が何なのかわかっていなければならないし、もう一度考えて それが何なのかわかっていなくてはならない。マイクを握ったらベストを尽くさなければならない』―『そのとき俺が何て言ったか』 興味を惹いた本のリストに本書を入れたのは5年も前のことなので、その時、自分が何を考えていたのかはもう覚えていない。曖昧な気持ちのまま本を読みだすことはままあることなので気にしないのだが、物事をはっきりと指し示さない本書の作家の文体と、そんな読み手の心持ちはやや相性が悪い。それは全編を通して感じる不穏さに由来するのか。その不穏さは、個人と社会の仕組みとの齟齬と総括できそうな、しかし、そんな齟齬を生むほどの確たる個の存在する危うくなるような漠然と全てを覆い尽くす「不確かさ」。 『すべてを遠くに見るために、すべてのものが澱んでおり、果てしなく下へと沈んでいくここへ来たのではないか。それに気づくのに一か月の時間がかかったが、だからといって変わるものはなかった。ただ、私がふたをして過ごしてきた世界の方へ歩み寄っていくばかりだった。それが変わることだというのなら、変わったのかもしれないけれども』―『海満』 表題となっている作品を含めて、どの作品も何かしらの社会的問題を背景とした事件を扱っているようにも読めるけれど、作家はそれを直接的に指し示したりはしない。時に事件の中心に視点を置いたり、周辺をぐるぐると巡ったりするけれど、そこに書き連ねられている第一人称の言葉は曖昧なまま。確かに世の中に完全なる悪や善というものは存在し得ないのかも知れないけれど、立ち位置の定まらない主人公ばかりの小説を読むというのもしんどい。いや立ち位置は定まっていなくともよいのだけれど、主張らしい主張がない、ということがこちらの受け止め方を難しくしている、というべきか。 『もしかしたらさらに一、二杯飲んだかもしれない。とにかく私はそこに立つ人ではなかったし、そこに立つのは誰か言える人でもなく、光州がどこにあるか指すことのできる人でもなく、ただ手のひらを空中に差し出す人だった。あそこに立ってると言って引返して歩いてきて、一人言を言う人。雨だれを集めてに流し込む人』―『じゃあ、何を歌うんだ』 この短篇は「光州事件」というテーマが比較的はっきりとしているけれど、その他の作品で取り上げられている「事件」らしきものは異国の読み手にはぴんとこないこともあり、小説への自分の立場が定まらないままに読み進めることになる。そう言い表して見て気付くのだけれど、ひょっとすると、作家は読み手がある程度テーマに関して何かの考えをもっていることを前提として、そこへの挑戦としてこの独特の文体を差出しているのかも知れない。と考えてみたら、何となく意図が見えた気にもなる。 『キム・サニが交通事故で死んだ後、彼は少なくとも十二回以上また死ぬことになる。彼は五人の女たちを強姦殺害したのだが、彼の死後、もう死んでいる女たちが彼を探し出して何度も殺したのだ。彼に殺害されたのは五人だったが、彼と犯行手口の似た殺人者に殺害された七人の女が加勢して、合計十二人の女たちが彼を改めて殺す。キム・サニはもう死んでいるが、死んだ後でまた殺される場合も痛みや苦痛は減らない。だが、だからといって十二人の女たちがしっかり復響できたといいづらいのは、どういってみたところで女たちが死んだこと、彼らが先に殺されたことは無念であり、それはどんな方法でも取り返しがつくとか仕返しできることではないからだ』―『もう死んでいる十二人の女たちと』 最後に表題作。解説を読んで三人称の指し示すものの混乱について漸く理解する。そう言えば最近の小学生の女子は自分を僕と呼ぶ方が多いらしい。だからと言って大袈裟にジェンダー問題などと取り上げている訳ではないけれど、書かれているテーマには社会における女性の不如意さが滲み出る。こういう小説は、感受性の鈍った年寄りには少々読みこなし難い、というのが正直な感想。
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不思議な作品だった。最初の作品は理不尽な暴力で読んでいて辛いけれど、どの作品もどこか捉えどころがないような不思議な話。読んでいる間は浮遊感があるけれど、思い返してみるとずっしりと重い。光州事件や原発事故、女性が殺された事件などの社会問題が、少し読みづらいひっかかるところのある文章...
不思議な作品だった。最初の作品は理不尽な暴力で読んでいて辛いけれど、どの作品もどこか捉えどころがないような不思議な話。読んでいる間は浮遊感があるけれど、思い返してみるとずっしりと重い。光州事件や原発事故、女性が殺された事件などの社会問題が、少し読みづらいひっかかるところのある文章でクネクネと綴られている。熱く語るのでも冷笑するのでもなく、自分なりに向き合った結果、中くらいの温度が保たれているように思っていたら、解説では「独特の距離感を保ちながら語り進める」とあり納得した。
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