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ホモ・ルーデンス 改版 中公文庫
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ホモ・ルーデンス 改版 中公文庫

ヨハン・ホイジンガ(著者), 高橋英夫(訳者)

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ホモ・ルーデンス 改版 中公文庫

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 中央公論新社
発売年月日 2019/01/22
JAN 9784122066854

ホモ・ルーデンス 改版

¥1,320

商品レビュー

3.6

17件のお客様レビュー

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2025/08/08

人間の文化は遊びに由来し、遊びとして持続する。そして近代は、遊びの精神を“ルール”ではなく“計算”に置き換えがち。 ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)の回復が、文化の健全さを取り戻す鍵だと説きます。

Posted by ブクログ

2025/06/03

先日、ずっと興味があった「哲学対話」に参加できるという機会を得た。 テーマが「遊びとは?」ということだったので、張り切って予習しようと手を出したコチラ。 超相対性理論の遊び回でも、ほんのれんラジオのどこかでも話題にあがっていた「遊び」と言えば…の古典らしいのだが、 うん、ちょっ...

先日、ずっと興味があった「哲学対話」に参加できるという機会を得た。 テーマが「遊びとは?」ということだったので、張り切って予習しようと手を出したコチラ。 超相対性理論の遊び回でも、ほんのれんラジオのどこかでも話題にあがっていた「遊び」と言えば…の古典らしいのだが、 うん、ちょっと背伸びしすぎたね。 500頁超えの超大作。 「ホモ・ルーデンス」とは遊ぶ人という言葉だが、本書はまさに人間にとって遊びとはなにか、ということを古代から中世、近世にかけてその言語の語源から、いろんな地域での神話や書籍、ときに絵画や芸術作品など、ジャンルも広大で膨大な資料をもとにしながら、「遊び」に連なる人類の文化史をダイナミックに掘り起こしつつ紐解いていく。 本当に読むのしんどかった! そして途中まで無謀にも音読して録音してたから余計に時間がかかった。 図書館の貸出期限いっぱいでようやく読み切った。 さて、哲学対話でその予習の成果が出たかと言えば、思ってもみなかった方向に話が転がるのでその場ではほとんど使えなかった笑 ただ、ここで言われている遊びの定義については、対話の中でも感じて、 「それ自体を目的化すること、それ自体を楽しむことが遊びの要件」 というのに、読んでいた時もそうだけど、話ながらも改めてそうだな、と思った。 しかし、遊びっていうのはなぜこんなにも定義される範囲が広いんだろう。 この本の中でも、呆れてしまうほどいろんな文化的要素がすべて遊びという名に回収されていくように思える。 「遊び」の対義語として「真面目」というものがあるが、この本の中ではときに対義語になり、ときに極まっては同化するような部分もあった。 ルールの中で真面目にそれ自体に取り組むのも遊びなら、真面目なルールをはみ出すスキマに根付くのも遊び。 この「遊び」というテーマ、本当に奥が深くて考えれば考えるほど沼る。 この部分は哲学対話の中では残ってしまった問いではあるんだが、参加者の方が「やっていたことが結果的に遊びになる」というようなお話もされていて、この「遊び」という言葉の懐の深さはそういう部分にも起因があるのかもしれない、と後から思った。 ホイジンガの言っている、文化の中に遊びがあるのではなく、遊びの上に文化が築かれた、という意味にちょっと近いような気もするのだ。 めちゃくちゃ読むの大変だったし、本当に難しかったけど、哲学対話の前も後もこの本から学べることがたくさん出てきたので、対話を100%以上楽しむには正解だったと思う。 いやぁ、いい遊びをしたなぁ…。

Posted by ブクログ

2025/05/01

 古典的名著という看板にひるんでいたので、読み終えることが出来たのがまず嬉しい。言っていることはシンプルに1つ、遊びがあらゆる文化的行為の基にあるということ。それを、それぞれの文化の各事象を証拠に説いていく。作者ホイジンガの言う遊びの定義をまず分かってないといけないが、要は面白い...

 古典的名著という看板にひるんでいたので、読み終えることが出来たのがまず嬉しい。言っていることはシンプルに1つ、遊びがあらゆる文化的行為の基にあるということ。それを、それぞれの文化の各事象を証拠に説いていく。作者ホイジンガの言う遊びの定義をまず分かってないといけないが、要は面白いことを突き詰めているかということかなと感じる。あとルール、競技性が大事らしいってこと。法律や詩、哲学の、なぜか相手を打ち負かそうとする感じ、仰々しく装飾過多な感じ、あれは遊びだとすると、なるほど、そういうことかと思う。  終盤は時代毎の文化と遊びの関係を語るが、19世紀になるまでは遊びがしっかり影響していたのが、産業化が進んだ以降は遊びの要素がなくてつまらないと言っている。粋じゃなくなったってことかな。わかる。現代のこの余裕のない世界を見たら、ホイジンガは本当に人間の文化は終わったって思うだろうな。  「遊びが人間の本質」という一点突破型の論調で、ちょっとこじつけかも…と思いつつ、豊かな引用に幻惑されて、そうかも…と思い直してしまう。言葉の成り立ちをもとに、そこに遊びという意味合いがあるかどうかなど、さまざまなエビデンスとなる引用の幅が広い。それらに目を通していらっしゃる訳者の高橋英夫さんも素晴らしい。  面白かったのは、神話の中にあるさまざまな遊び的要素の存在。神話は人間が作った文化なんだなということがわかる。あとは豪快な贈り物合戦ポトラッチ。これは驚きの文化。江戸っ子の宵越しの金は持たねぇより遥かに豪快。  造形遊びの課題のために読んだのだが、十章「芸術の遊びの形式」で、造形美術は遊びと遠い芸術の様式だと言っているのでどきっとした。いわく素材に縛られ、限定されるので、詩や音楽のようには自由ではないと。作品の制作行為、目的はごく真面目であり、遊びの要素がないと。しかし一方で、こうした造形美術は祭儀に取り入れられていること、競技性があることから、やはり遊びの要素を見いだそうとする。  これを読めたので次はカイヨワ?中世の秋も面白そう…。

Posted by ブクログ