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この宇宙の片隅に 宇宙の始まりから生命の意味を考える50章
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この宇宙の片隅に 宇宙の始まりから生命の意味を考える50章

ショーン・キャロル(著者), 松浦俊輔(訳者)

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この宇宙の片隅に 宇宙の始まりから生命の意味を考える50章

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 青土社
発売年月日 2017/11/01
JAN 9784791770205

この宇宙の片隅に

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2024/03/24

宇宙は、物理学の法則(素粒子や力、量子的現象の領域)で説明ができる。我々が住む地球も、我々自身も。我々人間も粒子の集合体にすぎず、物理的現象の領域を外れる存在ではない。 では、我々も物理的法則が支配する領域の中で、単に物理的な反応として生命活動を行っていることになるのだろうか?そ...

宇宙は、物理学の法則(素粒子や力、量子的現象の領域)で説明ができる。我々が住む地球も、我々自身も。我々人間も粒子の集合体にすぎず、物理的現象の領域を外れる存在ではない。 では、我々も物理的法則が支配する領域の中で、単に物理的な反応として生命活動を行っていることになるのだろうか?そこに、生きる意味や価値があるのだろうか? 理論物理学者である著者は、意味や価値がある、と考えている。確かに我々は原子の集合体として物理の法則に則って動いている。だからといって我々の成す物事の是非、目的、価値などは無価値ではない。著者は、決定論と目的論の中道を行き、折り合いをつける考えとして「適宜自然主義」(適宜=poetic/表現内容にふさわしい言葉を工夫・創案する)を提唱している。世界の語り方はひとつではない、ということが本書の趣旨かと思う。 決定論と目的論に折り合いをつけるという着想には共感できる。が、一読して私には折り合いをつける論旨がどうも見えてこない(もしくは、私には理解ができない)。。我々は物理的法則に則って動いてる粒子の塊に過ぎない一方、現に生活をして、考え、感じて、またふと生きることへの意味を考えてみたりすることに疑いの余地はないという。疑いの余地を挟まないのは、科学的な姿勢としてありうるのだろうか?神の存在に疑いの余地はないという考えと同列にならないか・・?そうはいっても、確かに私たちは感じ、考えながら生きていることを自覚している。これらはそれぞれの世界の語り方であり、どちらも受け入れるべし、ということなのだろう。

Posted by ブクログ

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