商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 岩波書店 |
| 発売年月日 | 2013/06/17 |
| JAN | 9784006032616 |
- 書籍
- 文庫
戦争とたたかう
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戦争とたたかう
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商品レビュー
3.8
5件のお客様レビュー
大変貴重な体験談として読ませていただいた。しかし、インタビュアーが久田に徴兵忌避を徹底しなかったことを問いただし、久田が当時のできうる限りの忌避をしたと弁明めいたことを述べるくだりにはげんなりした。 インタビュー当時にとっては儀式みたいなものだろうか。いちいちこんなやりとりをしな...
大変貴重な体験談として読ませていただいた。しかし、インタビュアーが久田に徴兵忌避を徹底しなかったことを問いただし、久田が当時のできうる限りの忌避をしたと弁明めいたことを述べるくだりにはげんなりした。 インタビュー当時にとっては儀式みたいなものだろうか。いちいちこんなやりとりをしないと自らが戦後社会における平和勢力であることを示せなかったのだろうか。または、正当な憲法学者であることを名乗ることができなかったのだろうか。 同じような場所で同じような経験をした大岡昇平が、積極的には戦争に反対せず時勢にながされるがままに徴兵されたことについて、深く自責として捉え省みている姿勢とは何か違う気がする。真に戦争とたたかうとは、どのようなことだろうか。
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憲法学者であった久田栄正は、ルソン島で九死に一生を得て帰還し、戦争放棄を含む平和憲法の誕生に感激し、その後の人生を憲法成立史に注ぎ、北海道での自衛隊を巡る闘争の弁護をつとめ平和憲法の普及に残りの人生を捧げた。本書はその久田がルソン島でメモしておいた記録をもとに書いた自費出版の書『...
憲法学者であった久田栄正は、ルソン島で九死に一生を得て帰還し、戦争放棄を含む平和憲法の誕生に感激し、その後の人生を憲法成立史に注ぎ、北海道での自衛隊を巡る闘争の弁護をつとめ平和憲法の普及に残りの人生を捧げた。本書はその久田がルソン島でメモしておいた記録をもとに書いた自費出版の書『戦争と私』に感激した本書の著者水島が、久田に何度となくインタビューをし、久田が戦時中置かれたルソン島での攻防を戦史の中で位置づけるとともに、他の生き残った人たちの記録と突き合わせ、より正確な本にしたものである。ぼくは久田が、ぼくの妻の実家である石川県の鶴来町に生まれたということでまず親しみを感じた。もっとも、かれは4歳の時に北海道で旗揚げしようとした父について北海道へわたった。久田は軍人が嫌いで、どうすれば徴兵を免れるか考え、せっかく入った銀行を途中で辞めたりしたが、結局そのあとに入った小松製作所で徴兵された。その久田の見た軍隊は暴力と非合理性の横行する世界であった。かれはその中で自分の良心になるべく忠実に生きようとした。人を殺したくないということで、かれは会計と物資をあつかう主計課を選び、最後まで渡り歩いた。かれが最後まで生き残った一つの要因だが、かれの部下たちの大部分が戦死したことを考えると、生死はやはり紙一重と言わざるを得ない。かれは、満州を経てルソン島へ派遣されるが、そこでの戦いは熾烈を極めた。その中でかれが見たものは戦場から我先に逃げだそうとする上官であり、物資の少ない中で、肉をよこせだのリンゴをよこせだのと迫る上官たちのみにくい姿であった。かれは、主計係としてそうした要求を断固拒否した。これは軍の中では勇気のいることであったろう。戦記物を読んでいていつも思うのは、上に立つ者が無能なことである。そもそも、兵の死などなんとも思っていないのではないか。こんな上官に命令されて死んでいった兵たちはなんと哀れなことか。(こうした上官は結局生きて帰ってくるのである。そして、多くは自分のやったことを正当化する)久田が戦後憲法学者になる萌芽は、捕虜時代に法律論争をやり、それを克明にメモしたことだ。久田は帰還後も、まだ戦争が起こり、戦争に行かされるのではないかという不安に襲われたという。その霧が晴れたのは,平和憲法の発布であった。ぼくは憲法はこのままでいいとは思わないが、当時の人々がそれをどんな気持ちで受けとめていたかを知ることは大事なことだろう。/ 気になって買い、しばらく積んでおいた本だが、最近気になって読んで見た。いい本である。ただ、フォントが小さいのは最初苦痛で、読むのをやめてしまおうかと思ったほどだ。
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戦後、憲法学者になった久田と若い憲法学者の水島の対話による久田の回想で、とくにルソン戦が中心となる。間に主に水島の調べた戦史が挟まれ、久田の主観と久田のおかれていた状況が俯瞰できるため、戦争への客観的な理解を助けている。 なぜ、久田は憲法学者になったのか。天皇の戦争責任追求には...
戦後、憲法学者になった久田と若い憲法学者の水島の対話による久田の回想で、とくにルソン戦が中心となる。間に主に水島の調べた戦史が挟まれ、久田の主観と久田のおかれていた状況が俯瞰できるため、戦争への客観的な理解を助けている。 なぜ、久田は憲法学者になったのか。天皇の戦争責任追求には首肯できない部分もあるが、やはり軍隊経験者それも兵卒(久田は最終的には少尉)の証言は重い。 さらに非合理的な精神主義、兵站無視の御都合主義、絶対的な上下関係や死を当然と受け止める風潮。そうした指摘は多いが、それらは『敗戦』の反省にすぎず、戦争の悲惨さをくりかえし述べること自体は、根本的な反省にはいたらないと言う指摘には考えさせられる。
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