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はだしのゲン わたしの遺書
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はだしのゲン わたしの遺書

中沢啓治(著者)

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はだしのゲン わたしの遺書

1,430円

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 朝日学生新聞社
発売年月日 2012/12/17
JAN 9784904826799

はだしのゲン わたしの遺書

¥1,430

商品レビュー

4.8

13件のお客様レビュー

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みんなの感想まとめ
  • 戦争体験
  • 平和の価値
  • 家族の絆
  • 原爆の恐怖
  • 人間のたくましさ
  • 未来への教訓
  • 戦争の愚かさ
  • 忘れられない記憶
  • 被爆の真実
  • 感動的なメッセージ

戦争や原爆の恐ろしさを描いた作品は、ただのフィクションではなく、実際の悲劇に根ざした現実を伝えています。著者は自身の被爆体験を通じて、戦争の愚かさや人間のたくましさを力強く語り、読者に深い感動を呼び起こします。特に、戦争がもたらす悲惨な状況や、無実の人々が受ける苦しみを描写することで、心に残るメッセージを届けています。家族や愛する人々を守ることの大切さを再認識させられ、平和の価値を強く訴えかける内容は、読者にとって忘れられない体験となるでしょう。作品を通じて、私たちは過去の教訓を胸に、未来を見つめることの重要性を感じることができます。

※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。

2026/08/12
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

8/6.7の2日間で読み切った。 読んでいる途中、ふと窓から空を見れば 青々とした空に大きな雲が浮かんでおり、 とても穏やかな1日があった。 81年前のこの日には、このような地獄があったのだと 改めて苦しい気持ちになった。 子どもの頃、学校の図書コーナーにあった はだしのゲンを読み漁っていた。 子どもの頃はゲンに感情移入していたけれど、 大人になり家庭を持ち子供を産んだ身としては 母親に感情移入し過ぎて本当に辛かった。 夫と子供を複数人亡くしてもなお、 残った子どもたちを育てるために 必死に頑張り続け、どこまでも強い女性だと思った。 母親が死に、火葬後に骨を拾おうとすると 放射能に骨の髄まで侵されており、頭蓋骨すら 残っていなかったというエピソードは なんともやりきれない気持ちになったし強烈だった。

Posted by ブクログ

2025/09/22
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

はだしのげんの作者の一生の手記。まあいかに原爆が恐ろしいかがよくわかる。そしてそんな中でも一生懸命生き抜いて、後世に原爆の恐ろしさを伝えてくれた作者はすごい。怒りが原動力になっての根性やな

Posted by ブクログ

2022/08/06

 実を言うと、私は『はだしのゲン』が読めていない。最初に読んだ時の原爆を被爆した姿が恐ろしかったので続けて読むのをさけた。私は、ホラー系の映画なども嫌いだ。怖がりなのだ。原爆被害をテーマにして、漫画にするってすごいことだと思う。でも、詠めない。  自伝として、本書は書かれている。...

 実を言うと、私は『はだしのゲン』が読めていない。最初に読んだ時の原爆を被爆した姿が恐ろしかったので続けて読むのをさけた。私は、ホラー系の映画なども嫌いだ。怖がりなのだ。原爆被害をテーマにして、漫画にするってすごいことだと思う。でも、詠めない。  自伝として、本書は書かれている。中沢啓治のことをほとんど知らなかった。1939年広島市生まれ。1945年8月6日、小学1年生の時に被爆する。中沢啓治の家は、爆心地から1km余、離れているところにある。投下された原爆で、父親、姉、弟を亡くした。そして、原爆の衝撃で、8月6日に早産で生まれた妹も、4ヶ月で亡くした。中沢啓治は、通学途中で、壁と樹木があったので奇跡的に生き残った。そして、原爆症の症状も出て、苦しむ。原爆投下の後の街の風景が、真っ黒こげの死体がゴロゴロしていた。小学1年生の目には地獄絵のような有様が、焼き付けられた。そして、手塚治虫の漫画を読んで、漫画家になろうと決意するのだった。中学卒業後、母親の細腕で支えられている貧しい家庭だったので、中学を卒業して、看板屋に就職する。漫画を投稿し続け、22歳の時に、漫画家のアシスタントとして状況。原爆症であることを同僚に打ち明けると、白い目で見られる。原爆症が伝染するという誤った情報があった。そのため、一切原爆や原爆症のことを語らなかった。母親が脳溢血で倒れた。しかし、原爆症の指定病に該当しないと言われた。兄弟で捻出して、母親の病院代を負担する。1966年著者27歳の時に母親の死なれる。そして焼かれた遺骨がほとんどなかった。原爆は母親から骨まで破壊した。その時に感じた原爆への怒りが、原爆について漫画で表現しようとする。『黒い雨にうたれて』と言う漫画を書いたが、どの漫画会社も採用してくれなかった。  1973年から、週刊少年ジャンプで『はだしのゲン』の連載を始める。その頃の漫画は『ハレンチ学園』『ど根性ガエル』が人気だった。『はだしのゲン』の連載が始まると、漫画家仲間からは、「お前の漫画は邪道だ。子供にああいう残酷なものを見せるな」と批判された。  そうか。週刊少年ジャンプで読んでいたのだ。そのころは青年になっているのに、怖くて読めなかった。その原爆の投下後の残酷なシーンは、自らの体験であり、その中でも家族思いで前向きの漫画を書こうとしていたのだ。  ふーむ。この本を読みながら、はだしのゲンは著者の自分の体験だったことを知った。原爆の持つ恐ろしさ、そして人体実験のようなアメリカによる調査など、怒りはアメリカに向けられ、原爆に向けられ、平和を願う。至極真っ当な生き方であり、表現だったのだ。本書も、最初の頃の説明は、実に原爆の悲惨さを描いている。それが、原爆被害の事実なのだ。

Posted by ブクログ

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