商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 白水社 |
| 発売年月日 | 2012/02/09 |
| JAN | 9784560081952 |
- 書籍
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パウル・ツェラン詩文集
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パウル・ツェラン詩文集
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鈍な詩的感性しか持ちあわせていない僕には、何度読んでも「死のフーガ」しかピンと来なかった。 いや、そればかりか、唯一心に響く詩であったはずの「死のフーガ」さえも、僕の中で大きな変質を被ってしまったように思える。/ 【あけがたの黒いミルク僕らはお前を夜中に飲む 僕らはお前を昼...
鈍な詩的感性しか持ちあわせていない僕には、何度読んでも「死のフーガ」しかピンと来なかった。 いや、そればかりか、唯一心に響く詩であったはずの「死のフーガ」さえも、僕の中で大きな変質を被ってしまったように思える。/ 【あけがたの黒いミルク僕らはお前を夜中に飲む 僕らはお前を昼に飲む死はドイツから来た名手 僕らはお前を夕方に朝に飲む僕らは飲むそしてまた飲む 死はドイツから来た名手彼の眼は青い 彼は鉛の弾丸(たま)を君に命中させる彼は君に狙いたがわず命中させる 一人の男が家に住む君の金色の髪マルガレーテ 彼は自分の犬を僕らにけしかける彼は僕らに空中の墓を贈る 彼は蛇どもをもてあそぶそして夢想にふける死はドイツから来た名手 君の金色の髪マルガレーテ 君の灰色の髪ズラミート】 (飯吉光夫編・訳 『パウル・ツェラン詩文集』 より)/ 一番激しく変質を被った部分は、「死はドイツから来た名手」の箇所だ。 現在、イスラエルがガザでパレスチナ人に対して行なっている虐殺や、イスラエルが建国以来行なって来た暴虐の数々を踏まえてこの詩を読むとき、初読の際には感じなかったどうしようもない苦さから逃れることが出来ない。 現在の状況に照らせば、明らかに「死はイスラエルから来た名手」と言わざるを得ないのだ。 ツェランがこの詩を書いた一九四五年の三年後のイスラエル建国に際しては、約七五万人のパレスチナ人が強制的に故郷や居住地を追われるナクバ(大災厄)が起きている。 ナチスの強制収容所で父母を亡くしたユダヤ人ツェランは、ナクバを見てどんな感懐を抱いたのだろうか? また、ツェランは六九年にイスラエルを訪れ、その翌年五十歳でセーヌ川に投身自殺を遂げているが、自殺に至った彼の心境はどのようなものだったのか? 多くの詩は最後までよそよそしい表情を崩さなかったが、僅かにこれらの謎が今後の読書への宿題となった。
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「死のフーガ」から始まるツェラン詩集。 “明け方に飲む黒いミルク”を、わたしはずっとアウシュビッツで捕虜たちが「コーヒー」と呼んでいた黒い液体だと思っていたが。 本屋でしゃがんだまましばらく立ち読み(しゃがんでいるのに立ち読みとはこれいかに)していたら、あまりの言葉の重さにやられ...
「死のフーガ」から始まるツェラン詩集。 “明け方に飲む黒いミルク”を、わたしはずっとアウシュビッツで捕虜たちが「コーヒー」と呼んでいた黒い液体だと思っていたが。 本屋でしゃがんだまましばらく立ち読み(しゃがんでいるのに立ち読みとはこれいかに)していたら、あまりの言葉の重さにやられて動けなくなった。
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石原吉郎さんの詩を初めて読んだとき(全詩集でなく、どこかに発表されていた詩や代表作)シベリアに強制収容されていてその上強制労働につかされ帰還した方だと知った。 並んでドイツの詩人、パウル・ツェランが語られることがあるということだったが、そういうことをいつどうして知ったかも覚えが...
石原吉郎さんの詩を初めて読んだとき(全詩集でなく、どこかに発表されていた詩や代表作)シベリアに強制収容されていてその上強制労働につかされ帰還した方だと知った。 並んでドイツの詩人、パウル・ツェランが語られることがあるということだったが、そういうことをいつどうして知ったかも覚えがなかった。 別な本を読もうとして、そこにパウル・ツェランの詩の一節が引用されていた。それで読む前の参考にとこの本を読んでみた。 全詩集ではなく代表作を集めたものだった。、特に、その特徴は、思いがけない災厄に出合ったこの詩人の作品のなかから、東日本大震災で被害にあった方たちの心に響く作品が選ばれたということ。 ツェランがユダヤ人で、ナチスに両親が殺され、自分も強制労働につかされた、悲惨な過去が詩の底にあること、そういったものを集めてこの詩文集が編まれている。 参考までにドイツの詩人はと、調べてみるとハイネが出てきた。「ローレライ」の歌詞を書いた人である。 パウル・ツェランの詩は日本の戦後詩に当たる時期に書かれたといえる。サルトルだったか、詩人の言葉で「水車」といっても、それは現実に思い浮かべる「水車」ではない、と言うようなことが述べられている。 パウル・ツェランも言葉をメタファーとして使う詩人であり、言葉にどういうイメージが含まれているか、詩の中に詩人は何を現したかったのか、あるいは訴え、表現したものは何だったのか。 読んでいるうちに深く打たれるものがある。 パウル・ツェランの詩はその技法に慣れて、読んでいると、奥深く潜んでいる原体験、非常に深い傷跡が読み取れる、 詩篇は不思議なリズム感があるが、悲しみと、それとともに両親への追悼の心が、悲しい響きを伝えてくる。 読むうちに、破綻のない詩の形に偉大な詩人が死を見据えた魂の声を聞くことができる。 解説は後部に、一編ずつつに対してつけられ、詩文集は彼の少ない講演の記録や文章を集めている。 代表作「罌栗と記憶」の中の「詩のフーガ」が冒頭にあるが、それではなく、趣旨に沿って 「ひとつのどよめき」を ひとつのどよめきーーー いま 真実そのものが、 人間どもの中に 歩みいった、 暗喩(メタファ)たちのふぶきの さなかに 訳者解説 「暗喩たち」というのは、詩の代名詞と考えていい。詩について喋々喃々している間に「どよめき」が(災厄)が持ち上がった。 石原吉郎さんの詩も(手持ちの名詩集から) 泣きたいやつ おれよりも泣きたいやつが おれのなかにいて 自分の足首を自分の手で しっかりつかまえて はなさないのだ おれより泣きたいやつが おれのなかにいて 涙をこぼすのは いつもおれだ
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