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なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか 講談社現代新書
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なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか 講談社現代新書

想田和弘【著】

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なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか 講談社現代新書

880

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 講談社
発売年月日 2011/07/16
JAN 9784062881135

なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか

¥880

商品レビュー

4.1

33件のお客様レビュー

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2024/08/15

以前、ドキュメンタリーについて学ぼうと読み始めたら、後半、映画『Peace』についての話になっていたので、そちらを鑑賞後に読もうとして5、6年経ってしまいました笑。 ドキュメンタリー映画についてというより、想田監督の制作日記的な側面があるので、映画を見て、裏話などが気になる方には...

以前、ドキュメンタリーについて学ぼうと読み始めたら、後半、映画『Peace』についての話になっていたので、そちらを鑑賞後に読もうとして5、6年経ってしまいました笑。 ドキュメンタリー映画についてというより、想田監督の制作日記的な側面があるので、映画を見て、裏話などが気になる方には楽しく読めると思います。

Posted by ブクログ

2019/07/20

(01) 観察、そして参与観察という問題が、著者のドキュメンタリーの中心として語られる。当然、観察にともなる加害者性や暴力についても言及されている。 人間の「やわらかい部分」を撮影(*02)し、公開することにおいて、被写体の同意があるとはいえ、著者も含め、ドキュメンタリー作家には...

(01) 観察、そして参与観察という問題が、著者のドキュメンタリーの中心として語られる。当然、観察にともなる加害者性や暴力についても言及されている。 人間の「やわらかい部分」を撮影(*02)し、公開することにおいて、被写体の同意があるとはいえ、著者も含め、ドキュメンタリー作家には罪悪の意識がともなわないわけではない。そのような加害性のある映像についての著述は、贖罪にもなりうるし、言い訳のように読めることもある。 (02) ドキュメンタリー映画もフィルムからデジタルへと技術が転換し、低予算で多くの撮れ高を生産できるようになったことが、ドキュメンタリーの再興につながったと説明されている。また、編集作業は、観察映画にとって発見の過程であるとされる。二次三次にわたる取材内容の点検が作品の質に寄与しているが、それ以前の多産性は、ドキュメンタリーのより大きな可能性につながるように思える。映像素材の量的な氾濫は、ドキュメンタリーのみならず、映画の変革を促すのかもしれない。

Posted by ブクログ

2019/07/12

2019年7月12日読了。 ●観察映画の源流となっているのは、1960年代にアメリカ で勃興した「ダイレクトシネマ」と呼ばれるドキュメン タリー運動である。それは、ナレーションなどの力を極 力借りずに、撮れた映像と現実音で全てを直接的に (ダイレクトに)語...

2019年7月12日読了。 ●観察映画の源流となっているのは、1960年代にアメリカ で勃興した「ダイレクトシネマ」と呼ばれるドキュメン タリー運動である。それは、ナレーションなどの力を極 力借りずに、撮れた映像と現実音で全てを直接的に (ダイレクトに)語らせる方法である。 →『大統領予備選挙』ロバート・ドリュー監督/1960年 ●ダイレクトシネマ 「生の素材=現実や登場人物に雄弁に語らせる」ことを 主眼にした、一種の思想運動と捉える事が出来る。 「現実に耳を傾け、何かを謙虚に学ぶための装置」 ●毎回1人の人物を取り上げる20分間のドキュメンタリー 『ニューヨーカーズ』NHK ●『戦艦ポチョムキン』エイゼンシュタイン/1925年 →モンタージュ理論 ●観察映画で発揮すべき作為とは「無作為の作為」。 作り手の「ああしよう、こうしよう」という作為を 可能な限り消すこと。 ●マース・カニングハム ニューヨークを拠点に活躍した、ダンス界の巨人。 前衛音楽家のジョン・ケージと親交が深かった彼は 1950年代、サイコロや易を使ってダンスの振り付けを 始める。偶然性を基盤に振り付けを行う「チャンス・オ ペレーション」と呼ばれる手法を確立。 ●ドキュメンタリーとは、「偶然の出来事の連なりをとら え、作品に昇華される芸術」 ●本 『ドキュメンタリーは嘘をつく』森達也 「ドキュメンタリーもフィクションである」佐藤真 ●世界初のドキュメンタリー映画 『極北のナヌーク』ロバート・フラハティ/1922年 ●『A』森達也/1997年、『阿賀に生きる』佐藤真/1992年 ●原一男は自らのドキュメンタリー作りを「冥府魔道に入 る」(踏み越えるキャメラ)と表現し、佐藤真は「あら ゆるドキュメンタリー作家は、いかに善人ぶったふりを していようと、本質的には悪党である」(ドキュメンタ リー映画の地平)と書いた。 ●会話を入れ込むヒントとなった映画 『フォーエバー』エディ・ホニングマン/2006年 ●師匠・中村英雄 日テレの『すばらしい世界旅行』などを制作。

Posted by ブクログ

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