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シャエの王女
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シャエの王女

槙佐知子(著者), 赤羽末吉(著者)

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シャエの王女

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 偕成社
発売年月日 1981/12/01
JAN 9784039631503

シャエの王女

¥1,494

商品レビュー

4.6

7件のお客様レビュー

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2023/01/18

本書は、「今昔物語集」の中の、「ハシノク王の娘 金剛醜女のこと(巻三の十四話)」をヒントにして作品化したもので、今昔物語は未読ですが、王女やその夫(大臣)の内面の描写を、とても事細かく描いており、その葛藤に読んでいて思わず、胸が熱くなりました。 物語は、インドや西域が天竺と呼ば...

本書は、「今昔物語集」の中の、「ハシノク王の娘 金剛醜女のこと(巻三の十四話)」をヒントにして作品化したもので、今昔物語は未読ですが、王女やその夫(大臣)の内面の描写を、とても事細かく描いており、その葛藤に読んでいて思わず、胸が熱くなりました。 物語は、インドや西域が天竺と呼ばれていた遠い昔の、まさしく昔話を思わせる内容で、今の時代と比較して、やや時代錯誤に感じられるかもしれません。私も最初、そう感じました。しかし、ここで訴えかけているものの深い部分には、おそらく、子供の頃には感じ得なかったであろう、戸惑いの中にも試行錯誤していく、王女の繊細な心の機微があったのです。 好んで周りの国々に戦を仕掛ける、ハシノク王と、もの優しい后のマリ夫人の間に誕生した、一人の女の子。しかし、何故かその姿は・・ここには、戦の愚かさを表しているようにも思われたが、湖水に映った顔を初めて見たときの、王女の胸の内を思うと、言葉にならない悲しみと無常さが極まる。 『その赤ん坊は、膚がまるで毒蛇のようなうろこにおおわれ、太い髪は逆立ち、二目と見られない顔をしている。その上、血なまぐさいにおいが、呼吸のたびに漂う』 王女に限らず、誰でもこうした形で生まれてきたら、どう感じるのだろう? 今で言う、身体障害者の気持ちに立って心を寄せてみればと考えてみたが、本書の場合、少し主旨が異なるようで、酷なようだが、王女本人の気持ちが鍵になっており、王女も最初は絶望感に泣き暮れていたが、女官と乳母の言葉により、自ら考えるようになります。 『人は自分の力ではどうにもさけびようのない災いに出会うこと。ふりかかるそうした運命を、どのように切りひらいてゆくかが、その人の価値をきめること』 『たった一度の生命を、こんな姿かたちでうけるのは悲しいことだけれど、すでにそうなっているのをくやんだところでどうにもならない。もしかしたら、こんな私にも、何かなすべきことがあるのかもしれない』 そして、王女は自分の真実の姿を知ってから、深く物思うようになり、文章はさらっと書いているのですが、こうなるまでの葛藤がおそらく凄まじいのではと私は感じ、要するに、ありのままの自分を自分自身で受け入れることが出来たという、これが如何に大変なことか、私の人生と比較出来るものではありませんが、私にとても大きな勇気をくれました。 更に王女にとって、生きる勇気を与えてくれたのは、こんな姿でも捨てなかった王と后、そして、傷つけまいと耐える夫の存在であり、特に夫に対しては、その内に秘めた思いを悟ることで、王女であることを忘れてつかえようという、この思いに、純粋で気高い愛を感じさせられ、そんな気持ちが王女の雰囲気にも表れていたのでしょう。決して見た目だけでは分からない、内面の深みに浮かんでいる美しさを夫は感じ取り、夫もそうした姿勢で妻として心からそう感じている、そのお互いに慈しみ合う姿には、槇佐知子さんの美しくも切ない文章が重なり、恒久的な夫婦の素晴らしさを見た思いでした。 『目もとに微笑をたたえて語りかける妻を、大臣はいとしいと思いました。妻の眸に燃える真心の火に打たれました』 この『真心の火』という表現が私は好きで、火というと、大抵は熱く想いの力を誇示するようなイメージがあるのですが、何か熱さではなく、真摯な温かさがあるけれど、決して何者にも挫けず消えない火というか。そんな火を絶やさず持ち続ける王女の心に、私は惹き付けられました。 それから、王女はついに、自分の為すべき事に気付く出会いを果たしますが、これにハッとさせられたのは、その立場や状況が変わることで、王女は幸せだったのだと気付くことが出来た事であり、そこにはもう以前の、自らの悲しみを嘆くばかりの王女の姿はなく、今と未来を頭に描いている王女の姿があり、しかも、夫や世の中のことも考えている姿には、もし私がこの世界に生まれてきた理由があるのだとしたら、おそらく、こうした形で出会うのだろうなと感じさせるのに十分な共感を、私に抱かせてくれました。 また、これを知ることが出来れば、人生どれだけ幸せなんだろうといった思いも抱き、もしかしたら、本書の世界に於いては、王女にこうした視点で世の中を見て、真の慈しみに溢れた世界を築いて欲しい、そんな御仏の願いが、王女の姿をそうさせたのかもしれないなんて考えると、どんな環境や状況でも、諦めずに生きていく大切さを、知った思いがいたしまして、自分自身の存在意義について考えさせてくれる、素晴らしい作品だと思いました。

Posted by ブクログ

2020/08/15

以前から、読みたいと熱望していた絵本 やっと、読める機会を与えられました。 近所の図書館にはなかったけれど、市内の他の図書館で予約出来ました。 「この本と巡り合うのにあたり まず、5552さん、nejidonさんのアドバイスを仰ぎ手にとれた感謝とお礼を この場を借りて申し上げたい...

以前から、読みたいと熱望していた絵本 やっと、読める機会を与えられました。 近所の図書館にはなかったけれど、市内の他の図書館で予約出来ました。 「この本と巡り合うのにあたり まず、5552さん、nejidonさんのアドバイスを仰ぎ手にとれた感謝とお礼を この場を借りて申し上げたいと思います  本当にありがとうございました。」 槇佐知子 文 赤羽末吉 絵 この絵本を開く前に、赤羽末吉さんの表紙の 絵が飛び込んでくる。素敵な装丁だ。 何だか一瞬にして子供の頃の ワクワクして絵本を開く前の気持ちに似て… そっと頁を開く 何だろう、この感覚 他のどの頁の絵も、味わいを持って自分に迫ってくる。 この物語りを一言で表すのは、とても難しいが、 「崇高な…」って言葉が浮かぶ。 しかも、崇高であるのは、 数奇な運命に生まれ落ち、過酷な人生を歩むことになる主人公の王女だけではなく、大きな希をもって産まれた王女(自分の娘)の醜い姿を見て「殺してしまえ」とまでうめいた王さえも…そして后(マリ夫人) (絶望のどん底にいながらも、我が子を庇い守ろうとするこの父、母もまた。)王女に付き添う、かしこい女官や愛情深い乳母、そして伴侶となる王子(大臣)もそうだ。 何不自由なくと思われた王女が何故、こんな運命に翻弄され、醜い姿で産まれ落ちなければいけないのか…何も知らずに、すくすく成長していった王女が 湖水に写る自分の姿を発見した時の衝撃と悲しみには、察するに余りある。 そんな王女に言い放つ女官の言葉には胸を打たれた「人間に生まれてくるのはとりわけ尊いことです。人として生まれたからには、それに値することをしなければ、人として生まれたかいがありません(中略) あなたさまがいたずらに天地を恨み嘆かれるなら、姫さまほどつまらない人間は、この世にいないことになりますよ」 愛情をもっていなければ言えない言葉だ。 そして、どんな姿であろうとも、王女のまわりにいる(父母、夫、女官、乳母)人達には 人間の尊厳さと愛情を深く感じ、その愛情があるからこそ、その愛情に応える王女の存在があると思えた。 慈しみある愛情を捧げ支えてくれる者には 感謝と愛情をもって自分も応えていかなければ…。 王女さまの美しく優しい心は、そんな崇高な思いを持った人間に育てられたからなのだと思った。 でも…きっと、王女さま自身崇高な人間であったからこそ、それをちゃんと受け止めることが出来、報われたのであろうと思う。 この絵本についての思いはまだまだ、本当はもっといっぱいある 私がうまく言葉に出来ないだけだ。 この絵本の中のあまりにも短い文の中に込められた物語に深い意味を集約している著者は 本当に尊く、素晴らしい。 私の中には この本の意味するところが  もっと深いところにあるのを感じる。 王は、国も栄え、優しい人柄ではあったが、戦好きであったがため、血生臭かった 無憂樹の血のような赤い花が咲いた日 マリ夫人は月みちて一人の女の子を産む 王女に起こったことに起因する物語。 色んな思いが巡る本だ 子ども時代に読んだ時、大人になって読んだ時にも 様を変え息づくような 読み継がれる絵本であってほしいと願う(残念ながら絶版になっているとは寂しいことだ) しかし、何度も繰り返し、この絵本の中に溢れる思いを読み 心に浸透させたい本。 シャエの王女に起こった運命のいたずらを嘆くというより 王女と王女を取り巻く人達の 優しさに涙した物語りだった。 どちらかと言うと、最近は、小説や映画の世界に偏り気味な私だが、久しぶり読んだ絵本に心洗われた気がしました。

Posted by ブクログ

2020/06/05

父王の罪業により醜女に生まれた王女は、不条理なこの世において如何に生きるかが己の価値となると女官に教えられます。以来、深く考え続けた王女は、乳母たちの自分に注いでくれた愛、見捨てず育ててくれた両親の愛、寄り添うような夫の愛に気づきます。そして、愛を注がれて育った私は愛を注ぐことで...

父王の罪業により醜女に生まれた王女は、不条理なこの世において如何に生きるかが己の価値となると女官に教えられます。以来、深く考え続けた王女は、乳母たちの自分に注いでくれた愛、見捨てず育ててくれた両親の愛、寄り添うような夫の愛に気づきます。そして、愛を注がれて育った私は愛を注ぐことで世の中を良くしていこうと決心したのでした。すると、心の美しさに合わせて外見も美しくなっていくのはありませんか。「今昔物語」の金剛醜女縁起を現代人も共感しうる物語に変え、静謐でありながらもディズニーのようなファンタジーに仕立てています。

Posted by ブクログ

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