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大拙と幾多郎 岩波現代文庫 社会208
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大拙と幾多郎 岩波現代文庫 社会208

森清【著】

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大拙と幾多郎 岩波現代文庫 社会208

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 岩波書店
発売年月日 2011/01/14
JAN 9784006032081

大拙と幾多郎

¥1,496

商品レビュー

4.2

5件のお客様レビュー

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2020/12/10

大拙と幾多郎、2人の学者的な仕事を見るというよりは、その人間関係に触れ当時の人々の関わりについて書かれた本だと思う。 最初はあまりに淡々としているので、もっと深く突っ込んで書いてほしいなと思っていたが、読み終わると著者の思い入れを書き込みすぎないその距離感がとても適切に思われた。...

大拙と幾多郎、2人の学者的な仕事を見るというよりは、その人間関係に触れ当時の人々の関わりについて書かれた本だと思う。 最初はあまりに淡々としているので、もっと深く突っ込んで書いてほしいなと思っていたが、読み終わると著者の思い入れを書き込みすぎないその距離感がとても適切に思われた。大拙と幾多郎の生涯という、長いスパン(幾多郎75歳、大拙に至っては95歳!)を見通す良書。 最後まで読むと、100年近いその時間の長さがしみじみと感じられた。 読んで驚くのは大拙の巨人ぶり。あの時代にこのようなコスモポリタン的な人物がいたのだなぁ。 幾多郎の感情的な部分にも寄り添われて書かれており、これも大変良かった。 幾多郎は時代によって、幾多郎→西田→寸心と呼称が変わっているのに対し、大拙はずっと大拙と書かれているのが端的に2人の性格を表しているように思う。

Posted by ブクログ

2014/10/26

[ 内容 ] 石川県金沢とその近くで同年に生まれ、第四高等中学校で同級生だった鈴木大拙(一八七〇‐一九六六)と西田幾多郎(一八七〇‐一九四五)。 本書はその二人の友情と交流を軸に、禅でつながり、近代日本を創建した明治の青春群像を、日記・書簡や証言等を引きながら丹念に描いた心温まる...

[ 内容 ] 石川県金沢とその近くで同年に生まれ、第四高等中学校で同級生だった鈴木大拙(一八七〇‐一九六六)と西田幾多郎(一八七〇‐一九四五)。 本書はその二人の友情と交流を軸に、禅でつながり、近代日本を創建した明治の青春群像を、日記・書簡や証言等を引きながら丹念に描いた心温まる評伝である。 これから西田と大拙を読む人の入門書としても格好の書。 [ 目次 ] 序章 ある墓所の物語 第1章 幾多郎、貞太郎たちの青春 第2章 上京―旅立つ若者たち 第3章 禅、海を渡る 第4章 門に立つひとびと 第5章 在アメリカ 第6章 三井集会所 第7章 憂いの大正時代 第8章 冬から春へ 終章 世界を駆ける [ 問題提起 ] [ 結論 ] [ コメント ] [ 読了した日 ]

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2011/08/28

禅を海外へ広めた大拙・鈴木貞太郎、日本独特のと言われる哲学を開いた寸心・西田幾多郎。この2人を軸に、多くの明治の人たちが出会い、絆を深め、助け合い、影響しあう。思い入れを含めた部分もあるが、全体としてはむしろ事実を淡々と記すことによって、薄墨色の中から奥行きの深い世界が見えるよう...

禅を海外へ広めた大拙・鈴木貞太郎、日本独特のと言われる哲学を開いた寸心・西田幾多郎。この2人を軸に、多くの明治の人たちが出会い、絆を深め、助け合い、影響しあう。思い入れを含めた部分もあるが、全体としてはむしろ事実を淡々と記すことによって、薄墨色の中から奥行きの深い世界が見えるような気がした、そんな本であった。 思い入れといえば、書き出しの部分。 「明治は国興しの時代であり、また心おこしの時代であった。/その時代に国を興し心おこそうとするひとの多くは、西洋に傾倒した。しかし、日本、東洋の文化を主軸にいきようとするひとたちもいた。/その中に、禅を守護してしかも禅を海外に伝え、西洋にも深く学んで生涯を送った禅魂洋才のひとたちがいる。そのひと群れのひとたちは、明治から昭和にかけて友情を養い、死してなお一つの墓所に憩っている」 「序章」のタイトルにある「ある墓所の物語」は、文字通り、北鎌倉駅に近い東慶寺の墓所の一角に眠る人たちの紹介から始まる。プロローグとしては、満点の舞台装置だ。 自安・安宅弥吉=安宅産業の創始者であり財団法人松ヶ丘文庫設立をはじめ大拙や幾多郎を財政的に支援。和辻哲郎▽岩波茂雄▽安倍能成▽実業家野村洋三▽学者野上豊一郎・作家野上弥生子夫妻▽出光興産の創業者・出光佐三▽松ヶ丘文庫の初代文庫長を務めた古田紹欽▽これらの人びとを結びつけた釈宗演――というわけだ。 書籍紹介の文には次のようにある。 石川県金沢とその近くで同年に生まれ、第四高等中学校で同級生だった鈴木大拙(一八七〇‐一九六六)と西田幾多郎(一八七〇‐一九四五)。本書はその二人の友情と交流を軸に、禅でつながり、近代日本を創建した明治の青春群像を、日記・書簡や証言等を引きながら丹念に描いた心温まる評伝である。これから西田と大拙を読む人の入門書としても格好の書。 その伝でいって、興味深かったのは、大拙と幾多郎のそれぞれの歩んでゆく道の違い、環境の違いから父親の支配から脱することのできず初めの結婚・第一子の出生にあたって曖昧に送られた幾多郎の実生活と、一方でアメリカに長いこと済むことになった大拙が妻を外国で迎えたことなど、その素顔が垣間見える。 本では夏目漱石、新渡戸稲造や南方熊楠はじめ乃木希典,近衛文麿なども登場、そのつながりが伺える。 記事の中で「大夢・土屋元作」という人に関する記述に出会った。私の祖父がこの人の晩年、葬儀の仕切りをしていることがわかっていたが、どのような人かよく分からなかった人だったからだ。記事は、野村洋三という人が東慶寺で参禅するに至った経緯についての流れの中だ。 この洋三参禅は、新渡戸の勧めによるという説のほかに、のちに洋三の妻美智の妹をめとった大夢土屋元作の勧めによるものではないかという説がある。洋三の娘を貰っている元駐英大使西春彦の考えである。理由は詳しくかいていない。 大夢は慶応2年に今の大分で生まれている。高橋是清に英書で英語を学び、今北洪川に禅を、易を高島呑象(どんしょう)に学んだ。明治25年にはアメリカにいた。だから、その夏に帰国しあ洋三とアメリカで会っていたかも知れぬ。渡米前に大夢は、円覚寺の正法庵に始終出入りしていた。正法庵は、その頃居士林であった。洋三と大夢がアメリカで会って、円覚寺の居士林でしばらく過ごしてみたらと大夢がいっておかしくない。大夢は、それから5年たった明治30年、日本に帰った。 その後、大夢はジャーナリストになった。欧州へ5度、アメリカへ3度、アジアをまわること6度という、国際ジャーナリストの草分けとなった。国際人ということでは、洋三とよい勝負である。肌合いが似ているから、おそらく機が合ったであろう。 そういう下りで、大夢は昭和7年に亡くなっている。 目次を記しておく。初出は朝日選書であった。 序 章 ある墓所の物語 第一章 幾多郎,貞太郎たちの青春 第二章 上京――旅立つ若者たち 第三章 禅,海を渡る 第四章 門に立つひとびと 第五章 在アメリカ 第六章 三井集会所 第七章 憂いの大正時代 第八章 冬から春へ 終 章 世界を駆ける あとがき 岩波現代文庫版あとがき

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