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「私たちの世界」がキリスト教になったとき コンスタンティヌスという男
3,850円
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 岩波書店 |
| 発売年月日 | 2010/09/22 |
| JAN | 9784000257749 |
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「私たちの世界」がキリスト教になったとき
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商品レビュー
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3件のお客様レビュー
面白かった!一言にまとめて「冷静な本」という感想。 この本を読むにあたっては、西洋世界(西洋人の原著者からして“私達の世界”)がキリスト教になったとき、という視点で読まねばいけない。(たとえば異教=キリスト教以外、とか) 世界がキリスト教になる……それは正月の瞬間に年が変わるよう...
面白かった!一言にまとめて「冷静な本」という感想。 この本を読むにあたっては、西洋世界(西洋人の原著者からして“私達の世界”)がキリスト教になったとき、という視点で読まねばいけない。(たとえば異教=キリスト教以外、とか) 世界がキリスト教になる……それは正月の瞬間に年が変わるように「今日からキリスト教世界です」なんてものではないのは、歴史に少しでも興味のある人間なら既知のこと。 古代の偉大なるローマの皇帝としての、当時らしく、カリスマらしく、そしてインテリらしい行動原理を、「聖人伝的」でも「過度に非/反聖人伝的にしようとする歴史家」でもない冷静な視点で分析し、具体的な「ローマへのキリスト教導入」の手法と動機が書かれているのが前半。 これは大体要点をまとめれば、コンスタンティヌスは(他宗教を表立って迫害せず、かわりに)キリスト教徒になる利益を皇帝の名の元に示し、ついて来させることで思想、心、精神というレベルから、皇帝としての功績として誇っていた「平穏」のうちにキリスト教を広めるという計算性、そしてまた、皇帝の名の元に示す利益は神から与えられている、自分は愛され選ばれているカリスマであるという、非常に時代と階級に沿った「信仰的な」自信を持っていた、という感じ。 (“ごらんのとおり、私はコンスタンティヌスを至純の宗教者に仕立てようとする者ではないが、コンスタンティヌスをただ計算高い政治家としか見ない歴史家はさして深く事態を見きわめられないだろう。”本書P74。過度に無難か、あるいは聖人伝的な文脈で語らないとき、書き手の色々なキリスト教あるいは古代〜中世批判の手垢が付きがちかと思うのだが、この方はそういうきらいがないなと思った。) 後半は、キリスト教や宗教そのものの分析と、当時〜現在の宗教との関わりにおける社会の分析。本書はこの二部構成で西洋世界を分析している。 宗教そのものの分析の場面では旧約聖書や旧約聖書舞台周辺のオリエントの神々について知っていると話がわかりやすい。 当然ながらキリスト教は西洋世界の専売特許ではない(むしろオリエントだとかが正しい気がする)がしかしそのように見なしてしまう日本人だからこそ読む意義もあるなぁと感じた。 善行も悪行もとにかくキリスト教の名に帰されがちな西洋の諸々において、実際は冷静に見ればなんのことはなく、キリスト教の教えがどうあれ時代の慣習は続いたし、かといって何もかも昔のままではなく影響したりしなかったりしたのだろうなぁ、と思っていたところを、西洋人から見てもこうして特筆されるとあって興味深かった。 難しかったので数カ月かけて、気力が余っているときだけのごく希にしか読み進められずだったが、面白いのでなんとかついていったというところ。 ☆マイナス一つの理由としては、ここのレビューや他のレビューサイトにも散見されますが、確かに翻訳が雑だということ。なんていうか、全体的に不親切かな……。たとえばP131の“『カンタベリー物語』の巡礼のような巡礼は”とか。難しめの本なのだから不要に難易度を上げられるのは辛いところ。しかし、訳者あとがきは初めに読みたいくらい日本人が読むための導入として優れているかと思う。
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ポール・ヴェーヌは古代ローマ史を研究する碩学(せきがく)とのこと。はっきりと断っておくが面白くない本である。にもかかわらず、私が長らく抱いていた疑問が解けた。それは「いつからキリスト教が西洋のスタンダードになったのか?」というものだ。 http://sessendo.blogs...
ポール・ヴェーヌは古代ローマ史を研究する碩学(せきがく)とのこと。はっきりと断っておくが面白くない本である。にもかかわらず、私が長らく抱いていた疑問が解けた。それは「いつからキリスト教が西洋のスタンダードになったのか?」というものだ。 http://sessendo.blogspot.com/2011/06/blog-post_9806.html
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対訳が、非常に問題あるような気がするなあ。ローマの宗教を「異教」と書いてしまうのは違和感あるし(なんに対しての「異」なんだよっていう)、カエサルを「カエサル」とだけ書いてしまうのも不親切な気がするなあ。というかさ、なにより肝心のこと、すなわち〈「私たちの世界」がいかにキリスト教に...
対訳が、非常に問題あるような気がするなあ。ローマの宗教を「異教」と書いてしまうのは違和感あるし(なんに対しての「異」なんだよっていう)、カエサルを「カエサル」とだけ書いてしまうのも不親切な気がするなあ。というかさ、なにより肝心のこと、すなわち〈「私たちの世界」がいかにキリスト教になったか〉がちーともわからん。ってアレか、多神教=無宗教に限りなく近いわけで=白紙のキャンバスに対して=一神教というインキをたらせば=じょじょにその色に染まっていったというカンジかな。 【興味深かったところ】コンスタンティヌスがキリスト教を国教にさだめた理由として→現代の政府・大臣にとっては、住民の大半に好ましいとされている古めかしいアカデミズムよりも前衛芸術を支持するほうがずっと格好よく、ふさわしいことになる。 キリスト教は宗教であり、社会・政治綱領ではない。キリスト教は社会にたいして変えるべきなにものも持っておらず、そのことでキリスト教に不満を抱いてはならないのは、あの世の魂の救済について配慮しないとしてマルクス主義者を非難してはならないのと同じことだ。
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