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崩壊
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崩壊

オラシオ・カステジャーノスモヤ【著】, 寺尾隆吉【訳】

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 現代企画室
発売年月日 2009/12/10
JAN 9784773809107

商品レビュー

3.9

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2025/11/27

1960年以降のホンジュラスと隣国エルサルバドルを舞台に、ある架空の名門一家の女性と、その家族の愛憎劇が描かれる。 第一章は、そのレナ夫人の激烈な罵詈雑言から始まる。ひとり娘が"よりにもよって"隣国の共産主義者(しかも20も年上だ)と結婚するのだという。生ま...

1960年以降のホンジュラスと隣国エルサルバドルを舞台に、ある架空の名門一家の女性と、その家族の愛憎劇が描かれる。 第一章は、そのレナ夫人の激烈な罵詈雑言から始まる。ひとり娘が"よりにもよって"隣国の共産主義者(しかも20も年上だ)と結婚するのだという。生まれてすぐ亡くなった双子の妹を引き合いに娘をこき下ろし、娘の結婚を止めることもなく何なら自身は浮気をしていた夫のことも散々にやっつける。娘はレナ夫人の理解を求めるが叶わずエルサルバドルへの移住を決め、夫は妻との意思疎通は諦めて夫人の言葉を聞き流すばかり。2年間ともに過ごした孫も当然のことながら娘と共に隣国へ出国してしまう。 第二章では、両国間の紛争を背景に、一度はホンジュラスへの帰国の可能性が浮上するもそれも叶わず。 第三章では、ずっと呪いのごとき罵詈雑言を吐き続けていた夫人が、それでもいつか家族が揃って過ごせるよう、山の中に屋敷を建て暮らしているさまが描かれる。しかし、ずっと寄り添ってきた夫は先立ち、娘は戻らず、最愛の孫も寄りつかない。そして夫人は亡くなり、屋敷も最後には売却されることになる。夫人が亡くなったときに集合した家族も、没後の各種手続きが終わればまた三三五五に離散していく…。 第一章以前が語られないので、なぜこの家族がここまで上手くいかなくなったかははっきりとは分からない。 しかし物悲しいのは、激烈な怒りを爆発させ狂気を宿したかのような夫人は家族が揃って暮らすことを夢見、外に愛人を作り政治家として多数の交友関係を持つ夫も最後まで夕飯までには家に帰り夫人と共に過ごし、娘も本当は母親に結婚を認めてもらいホンジュラスで暮らしたかったはずである。 お互いがお互いに理解を求めて寄り添いたかったはずなのにそうならない。 そんな人間関係の不条理が、国家間の分かり合えなさという政治状況に重ねて描かれた作品だった…と理解した。 第一章は小説の文体だが、二章は手紙の記録という形で政治的不安が生む緊迫感を表現し、三章では夫人の屋敷の家政婦の語りを通して客観的に家族の様子が描かれる。 この文体の変遷も物語の雰囲気を作っていた。 さて、そんなこんなでテンポも良く、あまり馴染みのないホンジュラスの現代史にも触れられて、いい読書体験だったとは思うのだが、小説として楽しめたかというと……。レナ夫人の怒りが狂気を纏いすぎていて、入り込みづらかったというのが正直なところ。自業自得の観が拭えないのであった。

Posted by ブクログ

2018/06/17

なんとなくとっつきにくそうなイメージがあって何年も敬遠していたが、いざ読んでみるととてもリズムが良く、読みにくいどころか全くページから目を離させてくれないほどだった。 読み終わって、これは家族の歴史の物語だったのかなと思ったが、少し腑に落ちない感覚があった。物語が終わるのは家族...

なんとなくとっつきにくそうなイメージがあって何年も敬遠していたが、いざ読んでみるととてもリズムが良く、読みにくいどころか全くページから目を離させてくれないほどだった。 読み終わって、これは家族の歴史の物語だったのかなと思ったが、少し腑に落ちない感覚があった。物語が終わるのは家族が崩壊した時では無かった。父と母の関係なら物語が始まる時既に崩壊しているし、母と娘の関係は二章の終わりで崩壊した。三章で母は死ぬが、娘と孫が残っているので家族全員の関係が崩壊したわけではない。 物語の終わりは、土地が分譲されて亡き母の名前がついた小さな農園が残るというものだ。とするとこれは、家族というよりも土地の歴史だったのかもしれない。そういえば、物語は土地を離れては語られない。娘が暮らすエルサルバドルでの様子は、手紙から伺えはするものの視点はエルサルバドルまで行くことは無い。 マルケスの「百年の孤独」も家族と土地の話だった。最後は家族全員が土地とともに死んで終わった。しかし「崩壊」では土地は無くなっても娘と孫は生き残った。母の印象的なセリフがあって、人は帰る土地も持たずに生きていて良いことなんてあるはずない。と言う。昔の人間は皆それぞれ土地に根を張って生きていた。だからこその「百年の孤独」の終わり方だろうし、土地と共に死んだ母のセリフだったろう。でも新しい世代である娘や孫は土地から離れ、これからも生きて行くのだ。そう考えるとこれは、昔の生き方が崩壊し、新しい世代の生き方が示される物語とも取れそうだ。そして言うまでもなく私たちは、その新しい世代の行く末を生きている。 土地を守り続けた母が、死んで小さな農園にその名をひっそりと残すというのは、素敵な終わり方だなと思う。現代日本の例えば東京で、土地を持たずに生きている私たちの周りにも、誰かの名を残した地名や建物なんかがある。今私たちが生きている世界の下には、レイヤーのように昔の人たちの生き方があったんだなと思いを馳せるきっかけになった。

Posted by ブクログ

2017/07/19

ホンジュラスとエル・サルバドル、隣国の二国が戦争に至った時代に、両国の国民感情、戦争へ向かう緊迫感、戦争下の混乱をホンジュラスの名門一家の手紙や報告書により描いた作品。 冒頭はホンジュラスの名門政治家ミラ・ブロサ家のレナ夫人が夫エラスモに浴びせる罵詈雑言から始まる。 彼らの一人...

ホンジュラスとエル・サルバドル、隣国の二国が戦争に至った時代に、両国の国民感情、戦争へ向かう緊迫感、戦争下の混乱をホンジュラスの名門一家の手紙や報告書により描いた作品。 冒頭はホンジュラスの名門政治家ミラ・ブロサ家のレナ夫人が夫エラスモに浴びせる罵詈雑言から始まる。 彼らの一人娘のテティが寄りにもよって”エル・サルバドル人の共産主義者”で”最初の結婚で3人の子供をつくった娘より倍も年上の男”と結婚するのが耐えられないのだ。 レナ夫人は、赤子を亡くし、夫は家庭の外に癒しを求め、生き残った娘のテティは”知性も感性もゼロ、親の金で遊びまわるだけの脳味噌の腐った尻軽女”で今は母親の許さない相手と結婚しようとしている。 娘のテティは、そんな母のレナの毒々しい口撃と頭ごなしの支配から逃れるために隣国エル・サルバドルの男と結婚して移住することにしたのだ。 しかしテティがエル・サルバドルに移った後の次第に両国の国家関係は悪化していく。 1969年サッカーワールドカップの試合をきっかけに起こった「サッカー戦争」、隣国でありながら両国は相手の国民を憎み合う様相、戦争前の緊迫した両国の様相がテティと父のエラスモ・ミラ・ブロサの手紙により語られる。 しかし諍いに火をつけるようにレナは国際電話でテティへの罵りは増すばかり。盗聴されているかもしれない電話で、ホンジュラスからエル・サルバトルへの罵詈雑言は、娘のテティの命さえ危険に晒すというのに。 両親のエラスモとレナ夫人は、テティにホンジュラスへ戻るよう勧める。 しかしテティはレナ夫人に人生を支配され、自分や夫を否定されて生きていくことはできないと苦悩の末敵国となったエル・サルバドル、夫の国で生きていくことにする。 そしてテティの夫のクレメンテが巻き込まれたアル中更生会が絡んだクーデーターと殺人。 長い年月がたち、ミラ・ブロサ家の使用人マテオは、レナ夫人とテティとその子供たちの事、そしてミラ・ブロサ家の相続の顛末を語る。 人を罵り続けるレナ夫人の元へは客も家族も訪れない。 しかしそんな家でレナ夫人は、いつだれが来てもいいようにいつも家族を想い居心地の良い家を保っていたのだ…

Posted by ブクログ

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