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街道をゆく 新装版(25) 中国・びんのみち 朝日文庫
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街道をゆく 新装版(25) 中国・びんのみち 朝日文庫

司馬遼太郎【著】

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街道をゆく 新装版(25) 中国・びんのみち 朝日文庫

748円

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 朝日新聞出版
発売年月日 2009/02/28
JAN 9784022644787

街道をゆく 新装版(25)

¥748

商品レビュー

4.3

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みんなの感想まとめ
  • 歴史探求の旅
  • 中国文化
  • 船と海の物語
  • 四川省の魅力
  • 雲南省の独自性
  • 司馬遼太郎の視点
  • 学びの多いエピソード
  • 倭寇の新視点
  • 松浦諸島の役割
  • 深い歴史的洞察

歴史や文化の深淵を探求する旅が描かれており、特に海や船にまつわるエピソードが印象的です。奥地の四川省や雲南省に焦点を当てることで、地域ごとの独自の魅力が際立ち、読者は中国の多様性を感じることができます。著者の知識は豊富で、呉音と漢音の違いや元寇の歴史的背景など、専門的な視点から語られる内容は、学びの多いものです。また、倭寇についての新たな視点や、松浦諸島の役割が紹介されることで、歴史がより立体的に浮かび上がります。全体を通して、司馬遼太郎の視点が織りなす中国の歴史と文化に対する深い洞察が、読者に新たな発見をもたらします。

※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。

2025/07/10

糸杉はスギ科ではない ヒノキ科 中国では柏(かしわ) 呉音は漢音とは大分違う(日本にははじめ呉音が来た) マルコポーロは泉州に来た 一回目の元寇は高麗の船で南中国のしっかりした船ではなかった その為にに混乱で少しの風雨ですぐ沈没 二回目の元寇は本当に台風に助けられた;しかし元は元...

糸杉はスギ科ではない ヒノキ科 中国では柏(かしわ) 呉音は漢音とは大分違う(日本にははじめ呉音が来た) マルコポーロは泉州に来た 一回目の元寇は高麗の船で南中国のしっかりした船ではなかった その為にに混乱で少しの風雨ですぐ沈没 二回目の元寇は本当に台風に助けられた;しかし元は元々騎馬民族であり 海上での指揮系統が海上での戦いができなかった 倭寇と呼ぶが実際には日本人は1/10で後は福建省か浙江省出身 日本では松浦諸島が倭寇の基地で、実際には貿易業

Posted by ブクログ

2024/03/04

司馬遼太郎さんの中国への知識や歴史的文化的視点の深さは敬服するばかりです。 中国の閩は福建省の地域名です。以前に読んだ街道をゆくシリーズの蜀・雲南、江南とそれぞれ違った歴史や文化があって、中国は広く面白いなと思いました。

Posted by ブクログ

2024/02/17

▼(以下本文より抜粋) 唐代、東西文明の交流は、ほぼ平和のうちにすすんだ。ただ一度だけ戦争の形態をとった。唐の遠征軍とイスラム軍が大規模な会戦を演じた「タラスの戦い」(七五一)である。 タラスは、いまはソ連領内(ソ連邦カザフ共和国)にある。この会戦では、唐軍が敗北し、得るところが...

▼(以下本文より抜粋) 唐代、東西文明の交流は、ほぼ平和のうちにすすんだ。ただ一度だけ戦争の形態をとった。唐の遠征軍とイスラム軍が大規模な会戦を演じた「タラスの戦い」(七五一)である。 タラスは、いまはソ連領内(ソ連邦カザフ共和国)にある。この会戦では、唐軍が敗北し、得るところがなかったが、イスラム側は巨大な文明史的な利益をえた。紙を知ったのである。捕虜の唐人のなかに紙漉工がいたために、製紙はたちまち西へつたわった。 ▼(以下、本文より抜粋) いうまでもないことだが、日本漢音には、呉音と漢音がある。最初、呉音が渡来した。たとえば、「正月」 という。これは呉音である(漢音なら、むろんセイゲツ)。元旦も呉音で、ゲンタンとはいわない(ただし元日といったときは、呉と漢がまじっている)。「明けの明星」も呉音。大阪に明星高校というカトリックの学校があるが、メイセイは漢音である。明治のキリスト教は、呉音をきらった。理由は、呉音が主として仏教経典の音で「坊さんよみ」ともいわれていたからである。このためキリスト教は徹底的に漢音を用いた。聖書は、呉音──坊さんよみ──なら聖書だが、むろんセイショ。「関西」の西は呉音である。大阪の私学の関西大学はむろん土地の慣習音どおりカンサイだが、キリスト教系の関西学院大学にかぎっては、呉音をきらい、カンセイという。 呉音の呉は、揚子江下流の地域をさす地理用語で、必ずしも呉ノ国ということではない。  ▼(以下、本文より抜粋) 隋・唐帝国の成立以前、中国はながく不統一状態がつづいていた。そのころ、揚子江流域に興亡したいわゆる六朝の文化が、もっとも高かった。この地方が「呉」である。だから呉音は、六朝時代の代表的な音だった。 当時、朝鮮半島は三国にわかれ、黄海に面した百済はさかんに六朝(呉地方)と交通し、その文化を吸収していた。五、六世紀のころ、日本は百済を通じてはじめて漢字を入れた。百済音だから、当然、呉音である。このため『古事記』の仮名も呉音が基調だし、万葉仮名もそうである。経典にいたってはすべて呉音だった。   ところが、隋・唐が中国を統一してから、日本はじかにこれと交流するようになった。このときはじめて、呉音が一地方音だったことを知った。 奈良朝の日本は、新音(当時正音といった)を学ぶようになった。それが、漢音(この場合の漢は、華北というほどの意味)である。そのくせ、聖武天皇などと呉音で諡名したのは、呉音の勢力がいかにつよかったかを思わせる。奈良朝のある時期、朝廷では「漢音で統一しよう」としたらしいが、興福寺などの大寺の僧侶団が反対しておこなわれなかった。僧侶たちの無意味な反対のおかげで、われわれはいまなお呉漢両用という言語上のわずらわしさをかかえているのである。 ▼今回旅するのは、中国の南部の海沿いの方。福建省のあたり。なんとなく「呉」と呼ばれる地域です。船の話。文明の話。世界史と日本史。オモシロイ。僕は大好きです。

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