商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 亜紀書房 |
| 発売年月日 | 2009/02/03 |
| JAN | 9784750509013 |
- 書籍
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ベスト・オブ・谷根千
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ベスト・オブ・谷根千
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今から40年以上前、年1、2回1週間休みを貰えて少しずつ泊まりがけの一人旅を始めた。その最初期に選んだのは東京だった。つまりお上りさんだった。 未だ考古学にも博物館にも目覚めていない私は、浅草、上野、東京タワーを巡った後は、寄席に行き、歌舞伎一幕見席を体験して少なからぬカルチャ...
今から40年以上前、年1、2回1週間休みを貰えて少しずつ泊まりがけの一人旅を始めた。その最初期に選んだのは東京だった。つまりお上りさんだった。 未だ考古学にも博物館にも目覚めていない私は、浅草、上野、東京タワーを巡った後は、寄席に行き、歌舞伎一幕見席を体験して少なからぬカルチャーショックを受けた。その後その2つは続けながら東京行きを数年続けていく中で、歩いたのは漱石、鴎外などの文学碑巡りだった。その途中、如何にも下町然とした小さな店に置いていたパンフのような雑誌が、「谷根千」だった。その頃既に15号ぐらいまでいっていただろうか。32頁ほどの中綴じ冊子の中にびっしりと文字と虫眼鏡で見ないとわからないような詳細な町の絵解き。私は時間を忘れてバックナンバーを読み続け、5冊ほど見繕って旅の最大の土産にした。以降、谷根千(谷中・根津・千駄木)は私が必ず訪れるところとなった。 雑誌「谷根千」に何故惹かれたのか。私は大学で大学新聞を作っていた。その経験から見れば、3、4人(森まゆみ、仰木ひろみ、山﨑範子)だけで取材、原稿、編集、配布・販売で独立採算が取れているのが奇跡としか思えなかった。特に驚いたのが、中身の濃さである。ジャーナリストの鉄則に「足で書く」という言葉があるが、彼女たちは谷根千を縦横に歩き、8割がた住人や店主から声を聞き書き、それを店に置かせてもらい、なんと数万部の発行部数を誇るという(季刊)。当時、全国に地域情報雑誌がありカラー印刷でおしゃれなものはたくさんあったが、こちらが遥かに情報面で質も量も凌駕していた。私は羨ましかった。ホントはこんな仕事がしたかった。と思ったのだろう。ただ、数年歩いて読んで分かったのは、これは日本最高の人口を誇る東京だからできたということだ。取材対象も歴史も販売経路も、この密度があってこその雑誌だった。 ふと物凄く懐かしくなって、この本を紐解いた。1984年に誕生した「谷根千」は、本書発行年の2009年93号で最終号となる。それを記念してのベスト本である。 のちにSNS仲間から「あの文章嫌いだ」という声を聞いた時にはびっくりしたけど、私は谷根千活動から作家デビューした森まゆみの文章が好きだった。ジャーナリスティックで文学的。無駄な文が無いように思えた。その秘密は、取材時の「発見の感動」と、徹底した聞き書きの妙にある。その一つの典型が、4号から7号、そして時々続いた千駄木3丁目「平和地蔵」記事だろう。 葬式時に使う水晶ローソク工場移転を聞いた編集部は、店主奥さんに戦中戦後の地域の歴史を聞きにいく。戦中、すぐそばの防空壕に爆弾が落ち19人(後に21人に訂正)が亡くなったことを書く。それを記念した平和地蔵が地上げで無くなりそうということで7号で特集をつくっていた。記憶を基にした手書きの近所地図がとても詳細。富田パン(イモ→せんべい)、ベルメゾン千駄木(牛乳店)、松沢葬儀店(れんたん店)などの店名(説明)が生々しく、『残穢』ではないが、ほんの数年で人々がどんどん移り変わっていたのがわかるのも面白いし、一人ひとりの犠牲者の名前がきちんと立ち現れていた。地上げに対して「裏路地の通行権を争う裁判」の資料にもなったという事も「追記」として読んだ。とても興味深い。 私は谷中の「蛇道」が、下町のドブを暗渠にした跡だと、この雑誌で初めて知って、その場を歩いた。 この頃は未だ団子坂を下向いて歩く鴎外の姿を覚えている古老などもいた。「森さんの旦那が考えながら通るよ」。 まるで歴史遺産のような建物、串揚げ「はん亭」は都度都度話題になっていたようではあるが、遂に入ること叶わなかった。今はどうなっているのだろう。 私の蔵書「谷根千」(15冊?)は、その小ささ薄さが災いして、今はどこに隠れているのか失っているのか不明。当時は実にマイナーな情報ばかりあるので、表紙にある全体地図以外はあまり参考にならかったが、今ならば「昭和歴史散歩」として貴重な資料になるに違いない。もう一度探してみようかしら。
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